これは、主人公チートですか?
登場人物たちに対する違和感の正体が判明したことで、もやもやしていた気持ちが随分軽くなり、前向きになれた。
今は物語とは関係なく、純粋にこの世界を楽しめることにむしろ喜びを感じている。
決められた未来なんて、つまらないもの。
お昼休みが終わり、スッキリした顔で教室に戻ってきた私に、レオが首をかしげた。
「なにか良いことでもあったの?」
「うーん。嫌なこともあったけど、結果的に気持ちは吹っ切れたから良かったかな」
「へえ……そう。それなら良かった」
レオの顔を見て、昨日気になった書店を思い出す。――そうだ、帰りに寄ってみよう。
昨日はキラキラの魔法具に見惚れて時間を忘れてしまい、立ち寄る時間がなかった。今日はまっすぐあの書店に行きたい。
「レオにお願いがあるの」
「ん? なに?」
「昨日のお店への行き方を教えてくれない?」
「もちろん、構わないよ」
レオの口元は大きな弧を描いた。
◇
知ってるよ。うん、わかってる。思いっきり自覚もある。確かに今の私は、私から見ても可愛い。恐ろしく可愛い。だって悪人でさえ、庇護欲をくすぐられるようで怖い目にあったことなど一度もないのだから。主人公チートだよ、きっと。
だから――
「あの……私、“行き方を教えてほしい”って言ったのだけど?」
またもや、私はガーネット伯爵家の馬車に揺られている。真向かいには口元に微笑みを浮かべている黒髪眼鏡くんが座っていた。
「だから送ってあげてるんだよ」
満足気な口元に少々苛立つ。
「行き方さえ教えてもらえれば、自分で行けるわ」
私はそんなに子どもではないし、自分の家の馬車だって手配できる。御者同士が場所を伝え合えばいいだけのことだ。
「ほら、アイリーンは何をしても目立ってしまうからね。目立たない僕が側にいれば、何かと役に立てるだろう?」
「うっ……」
まだ根に持っていたのか……そこを突かれると何も言えなくなる。確かに失礼な発言だった、けど!
「それに……昨日の魔法具店は目印にはならないよ」
「それ、どういう意味?」
「あの書店に行きたいんだろう?」
「そう、だけど……」
「それならやっぱり僕の案内が必要だね」
私の頭の中は疑問符だらけだったが、レオは笑いながら「行けばわかるよ」といい、詳しく説明してくれなかった。
「あ、れ……? どういうこと?」
馬車が止まったのは、確かに昨日、通りの反対側に見つけた書店の前だった。……のだが。
書店側から見た通りの向こうにあったのは、テラス席のある可愛らしいカフェだった。
昨日行ったばかりの魔法具店の入口は、どこにも見当たらない。
「だからあの店は目印にはならないんだ。この書店に行きたかったら、今の道をつかうといいよ」
「……わかったわ、ありがとう」
魔法具店だけに消えちゃうお店なのか、もしくは、わからないように入口を隠しているのか。何にせよ、あんなに美しいものがもう見られないなんて……残念すぎる。
しょぼんと肩を落としていると、横に並んだレオがクスリと笑った。
「あの店に行きたくなったら、僕に言って。いつでも連れて行ってあげるから」
(一緒に、かぁ……)
書店への行き方がわかれば、いつでもあの魔法具店に一人で行けると思い、それも狙って道順を聞いたのに。なんだか見透かされていたみたいで悔しい。
あからさまにがっくりしている私を見て、レオは口元を押さえ肩を揺らした。
レトロという言葉が似合うその書店はまるで異世界に迷い込んだようだった。まあ……この世界自体が、私からすれば異世界なのだけれど。
木のぬくもりが伝わる温かい雰囲気。古い本の匂い。虫よけのお香がどこか懐かしさを感じさせる。
読んでみたかった本を見つけると、少し背伸びしてそっと手にとった。
「鉱石の本?」
気配もなく、突然背後から聞こえた声に私はビクリと肩を揺らした。
「あー、ごめん」
レオは気まずそうに肩をすくめ、私もそれに苦笑いで答えた。
眼鏡の存在を忘れて話しかけ、私をびっくりさせてしまうレオも、彼の存在感の薄さを指摘して、毎度驚いてしまう私も……まあ、お互い様だ。
私は手に取った本をペラペラとめくり、頷いた。
「石に興味があるの」
「石?」
正確にいえば、“この世界の石”について。
そもそも、私がこの物語を好きだったのは、綺麗な鉱石がたくさん出てくるからだった。前の世界でも、石にはいろいろな効果や意味があるといわれていた。それを調べるのも、実際にキラキラと輝く石を眺めるのも、好きだった。だから、この世界の石についても調べてみたいと思っていた。
だって、この世界には魔法石があるのだから!
前の世界にはなかったもの。それを実際に見ることができるなんて……幸せ以外の言葉が見つからない。
家でゆっくり眺めようと、その本を購入して書店を出た。
昨日よりはまだ早い時間なのか、魔法具店があった場所にあるカフェは、たくさんの人がティータイムを楽しんでいた。
「あっ……!」
その中の一人。ひときわ目を引く美しい容姿。透き通るような銀髪をさらりと靡かせた少女と目が合う。
彼女の傍らには変装しているものの、身に纏う美麗さを隠しきれていない三人の青年が優雅にテーブルを囲んでいた。
今の私は眼鏡をかけているはずなのに、なぜか彼女は私を認識できたようだ。
隣に座る美少女のこわばった顔にいち早く気づいた青年の一人が彼女の視線の先を辿る。
もちろん、その先にいるのは――私だ。
フレデリック殿下はガタリと席を立つ。彼の視線を追ったディルク様とカイルスも、私の存在を認識したようだ。
唯一の救いは通りの向こう側であったこと。
私はグイッとレオの袖口を引っ張ると、止めてある馬車へと急いだ。
なぜ行く先々に彼らがいるのか。なぜ物語の関係者たちが周囲にあつまってくるのか。
まさか――これは、主人公チートですか? そんなの、いらないんですけど!
馬車に乗り込む一歩手前で美形三人衆に捕まった。私の眼鏡の効力は、いったいどうなってるの?
「まさかこんなところにまでついてきたのですか? しつこいですね」
わざわざ自分たちから絡んできて、しつこいのはそちらのほうですけどね、と心の中でつぶやくと、私は頭を垂れて挨拶をしてから、弁明させていただくことにした。
「誤解をされております。わたくしはそちらの書店に行っておりました」
腕の中に抱えた本を見せ、その先にある店に視線を送った。三人はその書店をチラリと見る。
「そんな言い訳、通用するとでも?」
カイルスが腕を組み、小さく溜め息をついた。
いや、溜め息をつきたいのはこちらなのだけれど。無視すればいいのに、勝手に絡んできて言い訳も何もない。私はもう関わりたくないのに……はっきり申し上げて迷惑です。
この際、もう言いたいこと言っちゃっていいよね?
「私が皆様に、何か失礼をいたしましたでしょうか。私の知らぬところで失礼がございましたら謝罪いたしますのでご教示いただけますか」
三人は顔を見合わせた。
「それから私の行動は、私の自由です。それとも、私の予定すべてに殿下やジルコニア公爵家の許可が必要でしょうか?」
「そ、それは……」
「先日も本日も私から皆様にお声をかけてはおりませんし、何を勘違いされているかわかりませんが、私は皆様に興味はございません」
私の隣で気配を消していたレオの袖口を放すと、彼の腕をぐいっと引き寄せた。レオの唇が驚いたようにハクハクと動く。
巻き込んでごめんね。
「それに、私には同行者がおりますので」
三人の視線が私の右横に移動する。私が抱え込んでいたレオの腕がピキピキと硬直するのがわかった。
「彼が私の行動の証人です。皆様と関わろうとは少しも思っておりませんので、今後、私を見かけても今のように話しかけず、無視していただくのが一番かと存じます」
これ以上理由のわからない因縁をつけられるのは、まっぴらごめんだ。一方的に言われてモヤモヤするのも嫌だ。お互いの利害は一致しているよ? だから、これ以上敬遠しなくていいってば。
「では、失礼させていただきます」
一礼をし、ガーネット伯爵家の馬車に乗り込むと、呆然としたままのレオに早く出発させるよう促した。