特殊な日々と断罪④
ロードナイト伯爵視点です。
「お父様……」
厳粛な雰囲気の漂う議場に足を踏み入れた御令嬢は、自身の父親の姿を見つけると、助けを求めるかの如く瞳を潤ませる。
心の中が驚くほど凍てついているのを感じた。令嬢が自分の愛娘を苦しめた元凶かと思うと、漆黒の闇の底に沈めてしまいたい衝動に駆られる。
しかし、それをグッと押し殺し穏やかな表情を浮かべてみせた。
「クオーツ侯爵の証言が正しいのかどうか、御令嬢に伺うとしましょう」
ジルコニア公爵は唇を噛み締めると、眉間のシワを深めた。
「ジルコニア公爵令嬢。あなたには本当に未来を視る能力があるのでしょうか?」
御令嬢は瞳を潤ませ、俯いた状態で返事もしない。
「クオーツ侯爵が話していたことは事実ですか?」
唇を横に引き結び、黙秘している。
それでも一向に構わない。どちらにしても、彼らの破滅はすでに決まっているのだから。
「答えられないということはすべて事実であり、共謀してガーネット伯爵令息を誘拐、監禁したと判断させていただきます」
「待ってください! 私の能力は本当です。そして、ガーネット伯爵令息がクオーツ侯爵令息アラスター様であることも事実です。でも、まさかクオーツ侯爵様が彼を誘拐して監禁するなんて、思っていなかったんです!」
こちらの思惑通りに話してくれたことに、心の中で笑った。
「ならば、その証拠は?」
「え……証拠……?」
御令嬢は呆気に取られた顔をする。
何事にも証拠は必要。
そんなこともわからない小娘の言いなりになっている公爵も、そして、フレデリック殿下らも、どれほど浅慮なのか。呆れて物が言えない。
「ええ、証拠です。それがなく、あなたの言っていることだけで判断できるはずもない。本当にあなたが未来を視る能力を持っているのか、そして、ガーネット伯爵令息が本当にクオーツ侯爵令息なのか。その証拠があるからこそ、クオーツ侯爵に彼のことを伝えたのでしょう?」
しかし、そんな証拠はどこにもない。
なぜなら、すべて『消滅』させたのだから。唯一の証人である老執事は現在ロードナイト伯爵家にいる。
“未来を視る能力”についても証明は難しいだろう。リニーから聞いた本来の物語とはまったく違う展開になっているのだから。
万が一、証明できたとして、ジルコニア公爵は娘に発現した能力を故意に隠匿し、報告を怠った罪になり、娘に関しても、無責任で一方的な発言でクオーツ侯爵を唆し、侯爵がガーネット伯爵令息を監禁、拷問した罪、さらに馬車の事故も侯爵が指示し、御者を死なせるという罪を導因させたのだから、同罪である。
能力の証明をできなければ、虚偽の申告でクオーツ侯爵を惑わし、誘拐させて、レオナルドを命の危険に晒した罪になる。
「まさか証明もできず、証拠もないのにクオーツ侯爵に“亡くなった息子が生きている”と、おっしゃったのですか?」
大げさに首を振り、苦悶の表情を浮かべてみせた。子どもを持つ父親として、そんな酷なことはない、と言わんばかりに。
御令嬢は美しい瞳に涙を浮かべ、「どうして、こんなことに……」と呟いている。
――当然だ。愛する娘を苦しめた元凶なのだから。むしろ、生ぬるいくらいだ。
結局、何の証明もできず、ジルコニア公爵は爵位を剥奪、公爵令嬢においても隣国アンドロスの国境近くにある修道院へと送られることとなった。アンドロスでは今、内戦中で治安は最悪だ。移送の道中、無事を願おう。
クオーツ侯爵の処分も決まった。レオナルド誘拐と殺人未遂、及び、御者の殺害教唆の罪で爵位を剥奪の上、幽閉。死ぬまで出られないということにはなったのだが、正直、もうそんなに長くないと思う。
ジルコニア公爵領はアルカディア王国から管理者が派遣され、クオーツ侯爵領は光魔法を発現させたことにより浄化能力を得たアイリーンが賜ることになったのだが、学園を卒業するまでは、その保護者であり、浄化の能力を持つ我が妻マリーがその責を担うこととなった。
ゆくゆくはアイリーンとレオナルドの子どもがクオーツ侯爵となるだろう。
無事に一仕事終え、帰宅の途につく。
「さて、我が愛しの姫君たちはこの結果に納得してくれるだろうか」
アイリーンはともかく、マリーには「ぬるい!」とお叱りを受けそうだ。
とはいえ、そんな怒り顔も愛おしいのだが。
頬を膨らませ、憤慨する聖女様の顔を思い浮かべ、思わずクスリと顔が綻んでしまったのだった。




