不測の日々と希望⑤
クオーツ侯爵視点です。
「……一体、ここはどこだ……?」
見覚えのない部屋の中で目を覚ます。
「痛い……! 何なんだ、この寝台は!」
硬く粗末な造りのベッドで寝ていたせいか、身体中が痛む。
「おい! 誰か、いないのか!!」
呼び鈴もなく、大声を出してみても、扉の外に人の気配はない。
仕方なく起き上がり、辺りを見回してみる。部屋の壁は石でできており、冷え冷えとしている。
まるで、牢獄のようだ。
ベッドから降りようとしたところで、身体に上手く力が入らないことに気がついた。
ふらつきながらも何とか立ち上がり、壁伝いに扉へと近づく。
ドアノブを回すが、鍵がかかっているようだ。
「誰か来い! ここから出せ!!」
力を振り絞り、思い切り扉を叩いた。しかし、誰かが来る様子はない。
私は仕方なくベッドまで戻ると、腰掛けた。
気づけば身体中が汚れており、気持ちが悪い。浄化能力を使おうとして、ハッと気がついた。
「まさか……そんな……」
両腕と首につけられた魔法具。使えなくなった浄化能力。そして、この部屋――。
すべては――私が罪人として投獄されていることを示していた。
「私が何をしたというのだ!!」
置かれた状況を把握し、大声を張り上げたところで扉の鍵がガチャリと音を立て、開いた。
「お目覚めでしたか、クオーツ侯爵」
薄桃色の髪、瞳は赤に近い桃色。その柔らかな容姿とは似つかわしくない禍々しいオーラ。
浮かべた笑顔と優しい声色からは想像すらできないが、紛れもなく彼が今の状況を作った張本人だ。
「一体、私に何をしたのだ?」
きょとんと呆気に取られたような表情をしたロードナイト伯爵に対し、一気に怒りが込み上げる。
「こんなことをして、ただで済むとでも思っているのか? たかが伯爵家が、侯爵家に!!」
掴みかかろうにも、魔法具がつけられているうえ、なぜか身体に力が入らない。
目の前の呆気に取られていた顔が、憐れむような顔に変わり、はあ、と小さく息を吐いた。
「今は安静にされたほうがよろしいかと。裁きの時間まではまだ少々お時間がございますから」
「裁き、だと?」
桃色の髪をさらりと掻き上げ、「ええ」と微笑む。その美麗な姿に、ギリリと奥歯を噛み締めた。
この国で指折りの容姿をしており、自分に囁かれている言葉も把握していた。話題の中心にはいつも自分がいた。――彼が、留学から帰ってくるまでは。
ただでさえ、“クオーツ侯爵家”の重責に押しつぶされそうになっていたのを、必死に努力して築き上げてきたのに。
それが、たった一日で覆されたのだ。
優秀で美しい妻を連れ、伯爵家でありながら、王家や公爵家さえも手が出せないほどの権力を持ち、さらにはその容姿も端麗。
そして今、息子までもこの男に奪われそうになっている。
「あなたは、ガーネット伯爵令息を誘拐、監禁した罪に問われます」
「何を言っている。あれは私の息子アラスターだ!」
ロードナイト伯爵は呆れたように首を振ると、息を漏らした。
「いえ、彼はガーネット伯爵令息レオナルド卿です。何を根拠に彼を御自身の亡くなった御令息だと思ったのです?」
「それは……!」
私が思わず口を噤むと、勝ち誇ったようにロードナイト伯爵が口角を上げた。
「彼と初めて顔を合わせたのが、豊石祭の準備でガーネット伯爵家に伺われたときだったそうですね」
濃桃色の瞳がすべてを知っているかのように、こちらを見つめている。
「ガーネット伯爵から伺いました。今まで一度も屋敷に来たことのないあなたがあの日、急に訪ねてきた、と。そして、しきりに息子について聞いてきた、と」
私はゴクリと喉を鳴らした。
「さあ、あなたはどこでガーネット伯爵令息のことを聞いたのでしょう?」
コツリ、コツリと靴音を響かせながら、少しずつ、近づいてくる。
「一体、誰から、何を、聞いたのでしょう?」
ずいっと近づいた顔から表情が消える。
「《闇魔法》『暴露』」
限りなく赤に近い、透き通るような桃色の美しい瞳に吸い込まれるように、私は今までの経緯とすべてを話し出していた。