不測の日々と希望③
アイリーン視点→アイリーンパパ(ロードナイト伯爵)視点です。
レオの胸を借り、一頻り泣いて落ち着きを取り戻すと、はたと気がついた。
「ねえ、いつ意識が戻ったの? 私が言ったこと聞いてたなら、何ですぐ目を覚ましてくれなかったの?」
レオは「うーん」と唸るように腕を組んだ。
「僕も説明できない。何となく意識はあるんだけど、起きられないっていう感じかな? 聞こえてはいるのに、身体はまったく動かなかったんだ」
「そうなんだ……」
上半身を起こしたレオが、私の頭にポンポンと手を乗せた。
「僕の側で話していたことは大体聞いていたけど……僕を回復させるにはアイリーンママの神聖力でも数日かかるって言ってたよね?」
「うん。だから、レオのご両親にも回復するまで数日間、ここで治療させてもらう許可をもらったの」
レオは私の頭に乗せていた手を下ろし、再度、考え込むように腕を組み直した。
「ということは、今の状況は“不測の事態”ってことだよね」
「ん? どういうこと?」
レオは私をジッと見つめた。瞳の色が深緑から濃赤に変わった瞬間、ドキリと胸が鳴る。
先ほどのこともあって、あまり見つめられると動揺してしまう。
私が目を逸らしかけた、その時――
「アイリーンの力がアイリーンママよりもすごいってことだよ」
「へ……?」
考えてもいなかったレオの言葉に、一瞬思考が停止する。
私はただ、レオに早く目を覚まして欲しくて、そう願っただけなのに。
「それって、まさか……主人公チートなんじゃ……?」
「かもしれないね」
物語なんて関係ないと思ったものの、やはり色々なことが物語に連動して起きている。
私が主人公のアイリーンとは違っても、悪役令嬢が転生者であっても――結局、物語は進んでいく。
この先がどうなるかなんて、今はもうわからない。
私は不安な気持ちを何とか落ち着けようと、両腕を抱え込んだ。
◇
「まさか……! 本当に?」
「ああ、間違いない」
ロードナイト伯爵家の主寝室。
誰にも聞かれたくない話をするには、この屋敷の中で最も適している場所だ。
レオナルドがクオーツ侯爵家にいると確信するより前に、最悪の事態も考え、領地に戻っていた妻を王都へ呼んでおいたのだが――それがまさか娘に神聖力を伴う光魔法の使い方について学ばせることになるとは思ってもいなかった。
ただ、クオーツ侯爵家からレオナルドをあの状態のまま連れ出したとしても、間に合わなかっただろう。
結果的にアイリーンの神聖力が目覚めたことで救えたわけだし、妻がいることでその暴走の可能性を少しでも減らすことができるのだから正しい判断だった。
しかし、娘が闇魔法まで発現させてしまったことに、少なからず責任を感じていた。
自分の血筋だけに妻に申し訳なく、頭を垂れていると、妻の弾む声が聴こえた。
「私の娘は本当に物語の主人公だったのね!」
今にも躍り出しそうな声と笑顔に、安堵するどころか呆気に取られた。
どんな時も前向きに物事の良い側面を見つけ、常に良い方向に考え、最善を尽くす。
――そうだ。そんな彼女を愛おしいと思ったのだ。
「闇魔法って、どんなことが出来るようになるのかしら」「光魔法と闇魔法の両方が使えるなんて、私たちの娘は最強ね!」「孫はどうかしら? きっともっと凄い子が生まれるわ! 今から楽しみね、ふふっ」
と、矢継ぎ早に話す妻の姿に惚れ直す。
「でも」
妻の顔から一瞬にして、笑顔が消える。
「私たちの大切な家族を苦しめた方々にはお仕置きが必要よね、アシェル」
心底、怒っている時の彼女の顔だ。
そんな凍てついた顔すら愛おしいと思える私もどうかと思うが。
「もちろんだよ、マリー。先ほどガーネット伯爵にはこの件に関して私たちに一任する許可を得たんだ」
私の返答に、愛する妻は満足げに微笑む。
「さあ、物語の悪役たちにはそろそろ退場していただかないと、ね」
聖女の神々しい微笑みに、思わず息が漏れた。