不測の日々と希望①
アイリーンパパ(ロードナイト伯爵)視点です。
そこまで広いとはいえない馬車の中。
婚約者の頭を膝の上に乗せ、愛おしそうに彼の髪を撫でる娘の姿に、大きくなったな、と成長を感じた。
多少、複雑な気分ではあるが。
それにしても――ずっと懸念していたことが今日、まさに現実のものとなってしまった。
(まさか――聖なる力と闇の力、両方同時に発現させてしまうなど……)
――規格外もいいところだ。
もちろん、闇魔法を受け継ぐ父親と聖女である母親のもとに生まれ、その可能性があったからこそ、外部に出さず、幼少期を過ごさせた。
発現した際、幼すぎると力の制御が上手くできず、暴走しかねないからだ。
私が四六時中ずっと側についていることは難しい。だから、娘には可哀想だが妻と一緒に領地で過ごしてもらっていた。必要最小限の交流で済むように。
(やはり学園になど行かせるべきではなかった。無能だとは思っていたが、まさかここまでとは……)
学園での不当な扱いや周囲の低能さに娘の心は乱されるばかり。そして、終には闇魔法の発現に必要な“怒り”の黒い感情まで呼び起こしてしまったのだから。
今日もあのままの状態が続けば、暴走しかねなかった。リニーに触れることで何とか安定はさせたが。
後悔の念と共に吐き出された息に、娘が反応した。
「お父様……?」
視線を上げると愛する娘が不安そうな顔をして、私を見つめていた。
反射的に目尻が下がる。
「何でもないよ。久しぶりに闇魔法を使ったからか、少し疲れたのかもしれないね」
「くれぐれも無理しないでくださいね、お父様」
私を見つめる瞳が心配の色に変わると、胸の奥がジンと温かくなるのを感じた。
(心配するばかりでなく、たまにはされるほうも悪くないものだな……)
「ありがとう。少しの間、休ませてもらうよ」
そう返事すると、娘の顔がパッと明るくなり、「それがいいです」と笑みを浮かべた。
私はゆっくりと目を閉じた。そして、頭の中で今後の策を練り始める。
今回のクオーツ侯爵が起こした一件は、私が『闇魔法』を使って、直接罰するまでもない。
王国の法律に則り、正当に裁かれるだろう。
せっかく、貴族として生き残れる逃げ道を用意してやったというのに、愚かにも自ら手放したのだから。
問題は――ジルコニア公爵家だ。
先日、クオーツ侯爵家をジルコニア公爵とその娘が訪れていたということ、そして、昨日、ジルコニア公爵家をクオーツ侯爵が訪れていたこと。
この状況からみて両家がこの件に関して、まったくの無関係とは言い難い。
それどころか、ジルコニア公爵家がクオーツ侯爵を唆した可能性も否めない。
レオナルドやリニーが以前、私たちに話した内容から、ジルコニア公爵令嬢が“テンセイシャ”であること、そして、舞踏会でレオナルドがアラスターであると気づいたことで、彼をクオーツ侯爵家に戻そうと考えたのかもしれない。
(しかし、一体――何のために?)
彼を取り戻す方法ですら、あまりに稚拙すぎて考えが及ばなかったというのに、それを示唆したかもしれない者の考えなど、私の頭に浮かぶだろうか。
理由を考えても無意味だと早々に結論付け、何とかジルコニア公爵家もクオーツ侯爵と共に断罪する方法がないものかと思案していた。