残酷な日々と覚醒⑥
ある部屋の前でピタリと止まった。握りしめていた魔法具の共鳴が一段と強くなる。
見覚えある扉の模様。あの本の挿絵にあった通り。
ここは――アラスターの部屋だ。
私はぎゅっと拳に力を込めた。
ここに導かれたということは、すなわち――レオがアラスターとしてこの部屋で監禁されている、ということを示している。
「リニー」
父の優しい声に呼ばれた。父の手が私の唇にそっと触れる。
「気持ちはわかるが、力が入りすぎだよ」
私は思いの外、強く唇を噛み締めていたみたいだ。下唇が切れ、父の指には拭った血が滲んでいた。
「入ろうか」
父が扉を開いた。その部屋の中は薄暗く、物音一つしない。
暗さに目が慣れてきたと同時に、私の瞳に恐ろしく無惨な光景が映し出された。
「……レオ!!」
両手足をベッドに固定され、ピクリとも動かない、変わり果てたレオの姿があった。
息をするのを忘れてしまうほど、身体が硬直する。
「嘘……」
私は覚束ない足取りでベッドへと近づく。
「……起きて、レオ。目を開けて」
父は黙ったまま、レオの拘束を解いていく。
「ほら、もう大丈夫。だから、いつもみたいに右手で頭グリグリしてよ」
ベッドサイドに跪くと、だらりと力の入っていないレオの右手をギュッと握りしめた。まだ――温かい。
「何で……? どうして、レオがこんな目に遭わないといけないの?」
もう、物語なんて関係ない。
主人公とか、転生者とか、異世界とか、そんなの、どうでもいい。
私は――今までずっとレオに救われてきた。
(だから、今度は――私がレオを救ってみせる!!)
私が握りしめていたレオの手に額をつけると、その隙間から眩い光が漏れ始めた。
やがて、その光はレオの身体全体を包み込む。
「……リニー?」
向かい側にいた父が大きく息を吸った。
私は瞑っていた目をゆっくりと開き、レオの手から額を離すと、視線を父へと向けた。
「許せません」
身体の奥底から黒い感情がボコボコと止めどなく湧き出てくる。
父の瞳が大きく見開かれた。
「私の愛する人を傷つけたこと、絶対に許しません」
父は大きく息を吸い込んで、はぁと吐き出した。
「いつかこんな日が来るのではないかと思っていた」
父は私の隣に来ると、なだめるように私の肩にポンと手を置いた。
「発現したての力は、制御が難しい。これから学ぶといい。今回のことは、私に任せなさい」
「でも……っ!」
私が父の顔を見上げると、父は小さく首を振った。
「リニー。今の君の力はとても不安定だ。レオナルドを救うことはできたけれど、いつ暴走してもおかしくないのだよ。それこそ、怒りに任せて使えば、大変なことになる」
いつの間にか治っていた下唇を噛み締めた。
「今はレオナルドをここから連れて帰ろう」
「……わかりました」
「いい子だ」
父は私の頭をポンポンと撫でると、レオの側へ行き、抱き上げた。そして、屋敷の外へと運び出した。
「ロードナイト様」
先ほどクオーツ侯爵を運んでいった執事に呼び止められる。振り向いた父が彼と目を合わせた。
「閣下の心配は不要。二日ほどで目覚めるだろう」
執事はホッと胸を撫で下ろしていた。
ただ――きっと、その間に次の職探しをしたほうがいいとは思うけれど。
走り出した馬車の中。私は蹄の音に交ざって聴こえてくる、すうすうという寝息に安堵していた。
あのままレオを失っていたのではないかと思うと、背筋が凍る。しかし、それがきっかけで、聖女として覚醒するなんて。今でも信じられない。
私はふわりと温かくなった両手を、ぼんやりと見つめていた。




