残酷な日々と覚醒⑤
レオナルド視点→アイリーン視点です。
あれから、どのくらいの時間が経ったのだろう。
薄暗い部屋の中で拘束されたまま、時折、クオーツ侯爵が食事と水分を持ってくる。
どう見ても、“浄化”が必要な食事を。
僕に浄化能力を使わせたいのだろう。こうなれば、根気比べだ。
クオーツ侯爵が諦めるか、もしくは、僕が――
飲まず食わずで生きていられるタイムリミットは、約七十二時間だと言われている。
もう身体に力が入らない。それでも生きてはいる。まだ七十二時間も経っていないのだろう。
時が経つのが、永遠のように長く感じる。
僕は閉じていた目を開いて、薄明かりが漏れている窓の方を見た。朝の光か、夕暮れの陽か、月明かりか、判別もできない。
「……ア、イ、リーン……」
かすれて、上手く声にならない。
瞳を閉じて思い浮かんだのは、思いがけないサプライズに頬をピンク色に染めて、恥ずかしそうに笑った愛しい婚約者の顔。
今、どうしているだろう。きっと僕のことを探しているかもしれない。もしかしたら、泣いているかもしれない。愛莉だった頃も、意外と泣き虫だったから。皆の前では強がっていたけど、いつも陰に隠れ泣いていた。
(――僕が気づいていないと思う?)
小さく息が漏れ、口元が緩む。
『……から、……ない!』
何だか屋敷内がざわついている。遠くで何か揉めている。クオーツ侯爵の声が聞こえる。
『……だと……きさ……て……』
意識が朦朧としていて、何を言っているのか、よく聞き取れない。
大きな物音がしたような気がする。
そして、しばらくして、静寂が戻ってきた。
『……レオ!!』
(一番聴きたかった愛しいこの声は、幻聴か――?)
どうやら、もう限界らしい。最期に耳に残ったのが愛する人の声でよかった。それだけで充分幸せだ。
僕の意識は、そこで――ぷつりと途切れた。
◇
「クオーツ侯爵。こちらで娘の婚約者を保護してくださったようで……ありがとうございました。今後は、我がロードナイト家で治療いたしますので。今すぐ、彼に会わせていただけますか」
父は半歩前に立ち、クオーツ侯爵と対面している。
父としては、クオーツ侯爵にも貴族としての逃げ道を用意してあげ、最大限に譲歩したつもりだろう。私としては、クオーツ侯爵が物理的に消えていなくならないか心配していたのだけれど、そこは大人な対応で安心した――のだが。
「さあ……貴殿が何を言っているのか、まるで理解できない」
その寛大な措置を自ら壊すとは。
「ああ、説明が必要だったでしょうか。では――よくお聞きください。三日前、私の娘アイリーンの婚約者が我が家からの帰路で馬車の事故に遭い、行方不明になりまして。探していたところ、こちらにいると判明いたしましたので、心配で居ても立っても居られなかった娘共々、こうして伺った次第です」
ちらりと見えた父の笑みが深くなっていく。
私の背筋がゾクリと冷たくなった。
「御令嬢の婚約者、ですか……そのような者はここにはおりませんね」
あくまで否定し続けるクオーツ侯爵に、父の笑みが一層深まった。この漏れ出る狂気を彼は感じていないのだろうか。それとも、彼の能力ですぐさま浄化してしまっているのか。
「それはおかしいな。ああ、そうか。もしかして、娘の婚約者を御存知ない? 今、こちらに滞在しているガーネット伯爵令息レオナルド卿のことですよ」
「だから、そのような者はいない!」
侯爵の返答が少し苛ついた言い方に変わった。
「そうですか。クオーツ侯爵は、どうやら私のことも御存知ないようだ。御案内いただけないのであれば、捜索させていただくまでです」
「何だと? 貴様、何の権限があって――」
私が恐る恐る見上げると、表情がごっそりと抜けた父の顔があった。
「《闇魔法》『呪縛』」
目の前のクオーツ侯爵が硬直し、バタリと倒れた。
あまりに突然の出来事に、クオーツ侯爵家の執事や従者たちが慌てふためく。
「旦那様……!」
駆け寄った執事に、父はにっこりと微笑んだ。
「どうやら閣下は、相当お疲れだったようだ。寝室へ運び、しばらく休ませて差し上げるといい」
執事は何人かの従者と共にクオーツ侯爵を寝室へと運んでいった。
「さあ、リニー。私たちも行こうか」
私はコクリと頷くと、対になっていると知ったばかりの魔法具を握りしめ、それに導かれるまま屋敷内を進んだ。




