残酷な日々と覚醒④
ディアーナ視点です。
豊石祭で主人公アイリーンと、王子様であるフレデリックに起こるイベント。
今ではもうありえないとは思っているが、いまだに恐怖心が芽生えてしまう。
豊石祭当日、フレディに「一緒に行こう」と誘われたものの、やはり怖くて行けなかった。
そんな私に付き添うように彼はずっと一緒にいてくれた。それどころか「無理に誘ってしまい、すまない」と申し訳なさそうにうつむいていた。本当にフレディは優しい。
私はいつものようにフレディとディルク、カイルスとティータイムを楽しみ、夕暮れ後はバルコニーで街の方から聞こえてくる音楽や時折、上がる花火の音に耳を傾けていた。
物語では主人公アイリーンが王子様からペンダントを貰い、二人の距離が急速に近づく。それを見ていたディアーナはアイリーンに激しく嫉妬し、亡き者にしてやろうと憎悪を燃やす。
でも今は、私の目の前にフレディがいる。視線が合うとにっこりと甘く微笑んでくれる。
そして、義兄のディルクも、従者のカイルスも。皆、私の前にいる。
今、ここにいないのは――
(――アラスターは今、どうしているのかしら?)
私が物語を変えてしまったせいで、今はレオナルドと名乗っているけれど。
私のせいで変わってしまったのだから、私が何とかして彼を救うしかない。
元の物語では主人公アイリーンが彼の能力を引き出し、侯爵との確執を解決する。
でも、それはディアーナがアイリーンに危害を加えたことで覚醒した聖女の力を使って、だ。
今の私はアイリーンに危害を加えていないし、おそらく彼女は聖女として覚醒していない。
そうなると、クオーツ侯爵とアラスターの間の確執は私が『先読みの能力』を使って、侯爵に未来の話をし、説得すればいい。
もうすでに先日、布石は打ってあるのだから。
豊石祭の翌日。
クオーツ侯爵がジルコニア公爵家へとやってきた。
私は父である公爵様から同席するように伝えられ、応接室へと向かう。
「先日は貴重なお話、ありがとうございました。確認いたしましたところ、間違いございませんでした」
侯爵様は胸に手を当て、恭しく一礼した。
「それで……アラスター様は今、どちらに?」
私が問いかけると、侯爵様はアラスターに似た美しい顔で微笑んだ。
「我が家へ戻り、再教育中でございます」
私はアラスターが物語に出てきた場面を思い出していた。
クオーツ侯爵家の繁栄。それだけのために、自分の能力をひたすら磨いてきたクオーツ侯爵は、たった一人の息子に対しても、それを強いてきた。
侯爵自身、常にその重責に押しつぶされそうだったのだ。
だから、後継者であるアラスターの身体が弱かったことが許せなかった。
弱いのは、鍛錬が足りないから。
弱いのは、能力が足りないから。
能力が足りないのは――父である、自分の責任。
そうして、自分自身のことも、アラスターのことも認められず、少しずつ壊れていき、ディアーナがトドメを刺した。
『あなたの息子、本当に出来損ないね?』
それから、クオーツ侯爵は、能力を向上させるまで出ることは許さないと、アラスターを監禁した。
(まさか――そこまではしてないわよね?)
目の前で穏やかに微笑んでいる侯爵様から“狂気”のようなものは感じない。
だからといって監禁されていないという確証はないし、何より私にはアラスターの人生を歪めてしまった責任がある。
「私の能力については信じていただけたかと」
「もちろんでございます」
年齢を感じさせない眉目秀麗な顔が瞳を細め、口角を上げた。
「では、もう一つ。アラスター様は成長するにつれて吸収の許容量が膨大に増え、いずれはあなたを超える立派な侯爵になります。だから優しく見守ってもらいたいのです。そして、アラスター様が覚醒した後、すぐに爵位を譲り、侯爵様は領地でゆっくりと過ごしてください」
「……何ですと?」
侯爵様の顔から笑みが消え、真顔に変わる。
小心者の私は内心穏やかではない。今すぐにこの場から逃げ出したいという気持ちを何とか堪えた。
「それが私の視た未来。クオーツ侯爵家の繁栄の要件なのです」
侯爵様の美しい真顔からわずかに力が抜ける。
「わかりました」
私はホッと胸を撫で下ろした。
(これできっとアラスターは幸せになれるわ!)
私は舞踏会で出会ったアラスターを思い出す。
彼がアイリーンを見つめる瞳が忘れられない。あの瞳の先にいるのが私だったら……
そんな幻想を思い浮かべて、「あれ?」と首を傾げた。前にもあの瞳を見たことがある、と。
(そうだ……! あの時の――彼の瞳だ!)
前の世界で死んだ時、私の二つ前に並んでいた人。あの人が私の彼だったらな、と羨ましく思っていた。
彼が隣にいる彼女を愛おしそうに見つめる瞳。それと同じだった。
もしもこれでアラスターを救えたら、アイリーンはどうなるのだろう。
レオナルドと婚約しているけど、彼はクオーツ侯爵家のアラスターであるわけだし。そのまま婚約を継続することは不可能だろう。
(もしかして――)
そこまで考えて、それを断ち切るかのように、私は首を振った。