残酷な日々と覚醒③
「クオーツ侯爵邸……? どうして……?」
父は顎に手をかけると、小さく息を吐いた。
「おそらくレオナルドの正体がバレたのだろう。少し前にジルコニア公爵が娘を連れて、クオーツ侯爵邸を訪問していたことは確認していたのだが、まさかここまで強引な手段に出るとは……あまりにも稚拙すぎて考えが及ばなかった」
父は呆れたように眉間をつまみ目を伏せた。
レオは無事なのだろうか。馬車の事故で怪我をしているのではないか。クオーツ侯爵家ではどうすごしているのだろう。もし事故に遭ったレオを偶然助けたのであれば、すでにガーネット伯爵家へと使いを出しているはず。そうしていないということは――考えたくないが、父の言った通りなのだろう。
次から次へとレオへの想いが溢れてくる。
「リニー」
目の前に座っていたはずの父が、いつの間にか私のそばに立っていた。
「大丈夫だよ。レオナルドは私たちの家族だ。どんな手を使っても、必ず救い出す」
「お父様……」
父は私の頬に手をあて、親指で雫を拭った。
「だから、もう我慢しなくていい」
「……っ!!」
(そっか……私、泣いてたんだ……)
一度溢れ出した雫は、堰を切ったように流れ出し、もはや留めることはできなかった。
私は父の胸に顔を埋め、わんわんと幼い子どものように声を上げて泣いた。父は黙ったまま、ただ私の頭を優しく撫でていてくれた。
父にはきっと、すべてわかっていたのだ。
私がガーネット伯爵家に行くことも。そこでレオの身に起こったことを聞くことも。そして――その場で私が涙を我慢することも。
◇
一頻り泣いた後、落ち着きを取り戻した私は自室に戻り、ごろりとベッドに横になった。
ぼんやりと天井を眺める。
(そういえば――アラスターがクオーツ侯爵に監禁される場面があったっけ……)
私は本の中でアラスターが関わっていた部分を重点的に思い出していた。
物語では、クオーツ侯爵にアラスターが監禁される場面がある。そして、それを助けるのが、聖女の力に目覚めたアイリーンだ。監禁されているアラスターを救い出し、弱っていた彼を神聖力で癒やし、彼の浄化能力をも向上させてしまう。
でもそれは、物語の中のアラスターであり、物語の中のアイリーンである。
今ここにいる私は、聖女として覚醒していないし、当然、神聖力も持っていない。
そもそも、物語のアイリーンが聖女になったのは、祭典のイベントが起こった後、ディアーナに命を脅かされるほどの加害行為を受けたことがきっかけだったのだから。
アラスターが父親に監禁されることになったのも、元はといえばディアーナが原因だった。それにもっと後のことだ。
今はもう、すべてが違っている。
とにかく、今の私ができることは――父と共にクオーツ侯爵邸に行くこと、ただそれだけだ。