残酷な日々と覚醒②
(あれ? レオはお休みなのかな?)
昨日は元気そうだったし、帰り際には「また明日、学園で」と言って別れた。
その後に体調でも崩したのだろうか。
確かに、最近はずっと学園と仕事を両立させていたから、無理が祟ったのかもしれない。
私はレオの様子を伺うため、帰りにガーネット伯爵家へ行ってみることにした。
◇
「え……? レオが……行方、不明……なのですか?」
「昨夜、何時になっても帰ってこず、ロードナイト家に伺ってみようと従者を遣わしたところ、その道中で横転している馬車を発見したのだが――」
私が「レオは……?」と、話の続きを急かすように問いかけると、ガーネット伯爵は、力なく首を左右に振った。
「その場に姿はなく、御者はすでに亡くなっていた」
「そんな……」
私はその言葉を信じることができず、口を覆った。そして、もう片方の手で胸元のペンダントをぎゅっと握りしめた。
昨日の夜、このペンダントを贈ってくれ、「これからもよろしく」と言ってくれたのに。
私からはまだ、何も返せていないのに。
肩を震わせている私の背中に、そっと優しく温かな手が触れる。
「大丈夫よ。もうすでにあなたのお父様が動いてくださっているから」
ガーネット伯爵夫人は、私を安心させるかのようにレオに似た笑顔を私に向けた。
「だから、心配しなくても大丈夫」
まるで、自分に言い聞かせているみたいに「大丈夫」と繰り返す。
私は顔を上げて、伯爵夫人を見た。化粧で隠してはいるが、うっすらと隈が見える。
私はハッとした。苦しいのは私だけじゃないのだ。
私が通されたのは応接室ではなく、家族が使うためのプライベートな談話室だった。ガーネット伯爵夫妻は、すでに私を家族の一員として扱ってくれている。ただの婚約者としてではなく。
私は溢れ落ちそうになっていた雫をグッと抑えると、すくっと立ち上がった。
待っているだけなんて、性に合わない。
父が動いているなら、私も動くまでだ。
「レオは絶対に見つけます」
驚いた顔をした伯爵夫妻を背に、私はガーネット邸を後にした。
◇
「お父様はいるかしら?」
ガーネット伯爵家から戻ると、私は早々に父の書斎へと向かった。
「やあ、可愛いリニー。その様子だとすでに聞いたのかな?」
父は私が来ることを知っていたようだ。
まあ、私の行動すべてが父に把握されているのだから、当たり前だといえばそうなのだけれど。
「ええ。お父様がこちらにいらっしゃるということはもうすでに何か掴んだのでしょう?」
私だって侮られては困る。この父の娘を何年やっていると?
父は爽やかな顔で笑った。
「あと一歩というところかな。リニー、その耳につけているイヤーカフを少し貸してもらえるかい?」
「イヤーカフを?」
私はイヤーカフを外し、父に渡した。父の手のひらで深い緑色がキラリと光る。
父はジッとイヤーカフを見つめ、しばらくしてから大きく息を吐いた。
「リニーはこれを魔法具だと認識しているね?」
それはもちろん認識しているし、認識阻害の魔法具だとわかった上で使っている。今まで何度、その効果に助けられてきたことか。父だって、それをわかっていたはずだ。なぜ今さらそんなことを確認するのか。
私は疑問に思いながらもコクリと頷き、肯定した。
「では、これが“対”であることは?」
「“ツイ”……?」
(それは、“一対”ってこと? “二つで一つ”って意味の“ツイ”……?)
私が首を傾げたからか、父の顔からスーッと表情が消えた。そして、小さくため息を吐くと、イヤーカフを乗せていた手のひらをグッと握った。
「まあ、今回はその御蔭で確証を得たのだから不問にするか……」
父の言葉とその表情に少々背筋が冷たくなったが、後に続けられた言葉に気が逸る。
「レオナルドの居場所がわかった」
「……っ!! どこですか!?」
私はレオから贈られたばかりのペンダントをぎゅっと握りしめた。
「クオーツ侯爵邸だ」
父は握りしめていた手を開き、私の元へ返すようにイヤーカフを差し出した。




