残酷な日々と覚醒①
レオナルド視点です。
「んっ、んん……」
薄暗い部屋。少しカビ臭さが漂っている。
「ここは……」
カーテンの隙間から差し込む僅かな光を頼りに室内を見回してみると、見覚えのある調度品があった。
手足の自由が利かない。視線を左右に送ると、どうやらベッドの支柱に両手足を拘束されているようだ。
室内に人の気配はない。僕は心を落ち着けるように昨夜からの出来事を振り返ってみた。
昨日は豊石祭当日で、店を閉めた後、アイリーンと二人で祭りを楽しんだ。そして、彼女にペンダントを渡した。物語の中とは違う意味を持たせて。
『綺麗だったんだけどな……』
アイリーンが祭典に行くのを諦めているかのように馬車の中で呟いた一言がずっと気になっていた。
あの時、アイリーンはきっとあのイベントの挿絵を思い浮かべていたのだろう。
確認のために『あの石ってさ、“ロードナイト”だよね』と聞けば、観念したかのような顔で頷いていた。それで確信した。
今のフレデリック殿下とアイリーンの関係は、物語の中とはまったく違っている。そして、婚約者の僕という存在もいる。アイリーンが懸念しているイベントが起こるとは思えなかった。
だから、アイリーンには僕からプレゼントするよ、と言いかけて、やめた。
当日、サプライズで渡して、驚いたアイリーンの顔が見たかったから。
懸念していたことも起こらず、無事に渡すこともでき、思いがけないアイリーンの表情も見られて大満足だったというのに。
幸せの絶頂で、奈落の底に突き落とされた気分だ。
アイリーンをロードナイト邸まで送った帰り道。僕を乗せた馬車は事故に遭った。
横転した馬車から這い出てみると、御者はピクリとも動いておらず、おそらく事切れていたと思われた。確認しようと近づいたところで、僕は背後から殴られ、意識を失ったため、本当のところはわからない。
そして、今。この場所に、この状態で気がついた、というわけだ。
ドアを隔てた廊下がバタバタと騒がしくなると、突然、ガチャリと扉が開いた。
「やあ、お目覚めかな。ガーネット伯爵令息殿。いや――久しぶりだな、アラスター」
僕は顔を顰めて、彼を睨みつけた。
「これは一体、どういうことですか、クオーツ侯爵。明らかな犯罪行為ですよ」
クオーツ侯爵は「ふん」と鼻で笑う。
「犯罪行為をしていたのは、ガーネット伯爵だ。私の息子を自分の息子として拉致し、洗脳して育てていたのだから」
「何をおっしゃっているのですか?」
怒りに満ちた顔に変わり、理由のわからないことを言い出した侯爵に説明を求めた。
「お前はアラスターだ。幼い頃、馬車の事故に遭い、記憶を失っていたところをガーネット伯爵に拾われ、そのままさらわれた。ほら、ここは昔、お前が使っていた部屋だ。見覚えがあるだろう? 早く思い出せ」
僕の身体から急速に力が抜けていく。
「僕は……レオナルドだ……」
胸が苦しい。グッと締め付けられる感覚にぎゅっと目を閉じると、目の前にいる侯爵が大きな口を開けて笑った。
「自分の息子がわからないと思うか? お前は間違いなくアラスターだ!」
「違う!!!」
僕は目を見開き、力いっぱい否定した。
すると、侯爵は突然真顔になり、僕にグイッと顔を近づけた。
「苦しいだろう? 私のそばにいるのは」
僕はドクリと鳴った鼓動を隠すように平静を装う。
「私が気づいていないとでも思っていたのか? アラスターの能力は、穢れを一度吸収してから浄化するというもの。私の近くにいることが一番苦しかったのだろう? お前にとって、私は“最も穢れているもの”だったのだから」
「おっしゃっている意味がわかりません。早く拘束を解いてください」
僕は精一杯、侯爵を睨みつけた。
「記憶を取り戻せたら、な」
クオーツ侯爵は短く鼻で笑い、そのまま部屋を出ていってしまった。
彼が遠ざかると、先ほどまでの息苦しさがいくらかマシになった。
まさか、こんなことになるなんて。思ってもみなかった。
物語通りになったのが、こっちだったなんて。