特別な日々と祭典③
レオナルド視点です。
ロードナイト伯爵家から自分の屋敷へと戻る馬車に揺られながら、夕暮れの空をぼんやり見つめていた。
無事、ロードナイト伯爵に祭典を手伝う許可を得ることができ、喜びを抑えきれていないアイリーンの顔を思い出す。
「ふふ」
前世の記憶とは姿形が違っていても、やはり彼女は彼女なのだと感じ、思わず一人で笑ってしまった。
豊石祭を楽しみにしていると思っていたアイリーンが興味なさそうに話し始めた時は、「大丈夫か」と少々心配にもなったが、理由を聞いて、確かに彼女の言うことも理解できた。だから、参加しないという選択はアイリーンからすれば妥当な判断だと思った。
ただ、ガーネット伯爵家が豊石祭に関わっていると知った時、彼女が瞳を輝かせたのを見て、やはり好物には抗えないのだと吹き出しそうになったのを何とか堪えた。
「きっと、店に行けるのが楽しみなんだろうけど」
今までは放課後の限られた時間でしか好物を眺めることができなかったのだから。許可を得た今、思う存分に堪能できる。
ガーネット伯爵家が豊石祭で担っている仕事は魔法石や魔法具の管理や販売だけではない。
祭典の期間は他国からの往来も多く、その管理や街の治安、警備、清掃や浄化なども必要になってくる。それぞれを担う他家との協力体制を取らなければならない。
それに伴い、普段は参加していない会議にも出席する必要あるのだと、父であるガーネット伯爵から聞いていた。
もちろん、そこには浄化を家業とするクオーツ侯爵家も含まれる。
ガーネット伯爵家の敷地が近づき、目に飛び込んできた見慣れない光景の中に、見覚えのある馬車を見つけた僕は思わず、もたれかかっていた背を浮かした。
屋敷に近づくにつれ、鼓動が速くなる。
(大丈夫。今の僕は認識阻害の魔法具をつけているのだから……)
前髪で瞳を隠し、眼鏡とイヤーカフを確認しているとゆっくり馬車が止まる。それと同時に、屋敷の扉が開いた。
「御令息のお帰りかな?」
馬車の外から聞こえてきた覚えのある声に、反射的にビクリと肩が動く。
出迎えた従者が躊躇なく馬車の扉を開いた。
「お帰りなさいませ、レオナルド様」
「ただいま」
僕は背筋を正すと、屋敷の扉前に立つ父とその隣にいる人物に挨拶をする。
「ただいま帰りました。父上、お客様でしょうか」
父はにっこりと微笑むと隣に立っている人物を紹介した。
「ああ、レオナルドは初対面だったね。こちらはクオーツ侯爵。閣下、私の息子レオナルドです」
僕は「初めまして」と頭を下げる。
「そうか。君が噂の」
「噂……?」
父の反応に僕が頭を上げると、まるで品定めをしているかのようにじっくり見つめる視線が僕の体に突き刺さっていた。
「先日、王城で開かれた舞踏会での噂だよ。私は参加していなかったのでこうして今日、直接会うことができてよかった」
「そうでしたか。レオナルドが公の場に出るのは初めてだったからでしょう」
父が僕を見て微笑む。その様子を見ていたクオーツ侯爵が無表情から笑顔を作った。
「いや、彼が目を引くほどの美麗な青年だという噂でね。今は、認識阻害の魔法具でもつけているのか……ぜひ外してみてくれないか」
僕の背中にひやりとした雫が垂れる。
「これから公の場で会うこともあるだろう。君の素顔を知っておく必要があると思うが」
段々と語気が強くなっていく。強引で短気なところは今も変わっていないらしい。
同じ国の貴族であるし、いつかは対面する時が来ると覚悟はしていた。万が一、気づかれたとしても僕が否定する限り、相手も表立って手出しすることはできないだろう。
僕は覚悟を決めて、眼鏡とイヤーカフを外した。
「お見苦しい姿、大変失礼いたしました。改めまして、レオナルド・ガーネットと申します。今後ともよろしくお願いいたします、閣下」
胸に手をあて、目を伏せた。