特別な日々と祭典②
『豊石祭』で主人公に起こるイベント。
まだそこまで親しくなかった主人公アイリーンと、その恋の相手であるフレデリック殿下との距離が急速に近づくイベントである。
例年、婚約者であるディアーナに無理やり連れ回されていたフレデリック殿下だが、そのたびディアーナが問題を起こし、祭典をめちゃくちゃにしていたため、今年は参加するのをためらっていた。
そんなフレデリック殿下に学園長からの依頼が舞い込む。これ幸いと、それを理由に今回はディアーナの同行を断ることができたのだ。
そして、豊石祭当日。
学園の仕事であれば仕方がない――などと諦めるようなディアーナではなく、まるでストーカーのように殿下の後を付け回していた。
もちろん、王族であるフレデリック殿下には護衛がついているため、随時報告を受けてはいたが、ディアーナが隣にいないということだけで、充分、彼の心は穏やかだった。
そんな中、依頼の一環で豊石祭に来ていたフレデリック殿下は、お忍びで侍女と祭りを楽しんでいた伯爵令嬢アイリーンと再会する。
彼の脳裏に、入学式の前日に出会い、他愛もない話をした時の光景が思い出される。
自分がする話に耳を傾け、時折、クスクスと微笑むその姿を美しいと感じた。そしてあまりの心地よさに時を忘れ、いつの間にか夕日が差し込んだ救護室は、何もかもが赤く染まっていた。
目の前で笑う彼女の顔も、そして、その瞳に映った自分の顔も。
あの時の鼓動が、彼の胸に蘇る。
迷子になった子どもに優しく語りかけている彼女の姿を、脈打つ鼓動を速めながら、ぼんやりと見つめていた殿下は、ハッと意識を取り戻し、そっと近づくと一緒に子どもの両親を探してあげることにするのだ。
無事、迷子を両親のもとに送り届け、一緒に探してくれた御礼をいうアイリーンに、フレデリック殿下は思わず、『友愛』という石言葉をもつ濃いピンク色の石がはめ込まれたペンダントをプレゼントする。
この時、フレデリック殿下はディアーナがその様子を監視していることを失念していた。
翌日からアイリーンにとって地獄の日々が始まる。
◇
「綺麗だったんだけどな……」
挿絵に描かれた満天の星空と濃桃色の石が埋め込まれたペンダントがキラキラと輝き、見つめ合う二人が心惹かれ始めた描写が思い起こされる。
ある意味、物語の重要なイベントであり、この先の私自身に必要なイベントではあるのだが、今の殿下との関係では起こり得ない。それにディアーナが転生者である以上、私が物理的に痛い思いをすることはないはずだ。
そう頭ではわかっていても、もやもやと心の中に何かが疼く。
「何が?」
思わず呟いていた一言に、レオが首を傾けた。
「ううん、なんでもない」
レオは「ふーん」と納得していない返事をすると、徐ろに髪を掻き上げ、眼鏡を外した。
「まあ、大抵のことは予想できるけどね」
深い緑の瞳を私に向けて一瞬で赤く染める。
「むぐぅ……」
レオの美しすぎる顔と神秘的な瞳に見つめられ、私は胸を押さえて悶絶する。
ロードナイト伯爵家へ帰る馬車の中、二人きりだからこそのレオの攻撃に、私は大打撃を受けた。
前髪モッサリのモブキャラからの急激な変化は本当にずるいと思う。
「あの石ってさ、“ロードナイト”だよね」
(やっぱり、お見通しか……!)
物語の中で殿下がくれたペンダントのことをレオは言っているのだろう。それなら多分、そうだ。
私はコクリと頷いた。
「物語では『友愛』という意味で贈ってたと思うけど……あ、いや。なんでもない」
急に口ごもったレオに、今度は私が首を傾げた。
言いかけて途中でやめるなんて、余計に気になってしまう。
私が追及しようと口を開きかけた、その時、それを遮るようにレオが話題を変えた。
「そもそも、今の殿下とアイリーンはそんな雰囲気の欠片もないでしょ。それにお祭りの運営側になれば、いろいろと回避出来るんじゃない?」
私もそう思っていた。それにレオの手伝いをするとなれば、あの店にまた行くことができる。やっぱり、好きなものの誘惑には抗えない。
「何より、今のアイリーンには僕がいるし、ね」
前髪を上げ、眼鏡を外した婚約者は、私を見つめて破顔した。




