曖昧な日々と記憶③
ディアーナ視点です。
クオーツ侯爵家からの返事が来ると、公爵様は私を執務室へと呼んだ。
「これからクオーツ侯爵家へ行く。ディアーナも一緒に来なさい」
「はい、お父様」
先日、調査の結果を聞いた。
馬車の事故に関しては不審な点はなかったとのことだったが、ガーネット伯爵家については、その息子が一時期行方不明になっていたと教えてもらった。
さらに、彼が発見されたのはアラスターが馬車の事故に遭って亡くなったとされた数カ月後だという。
(やっぱり! 間違いなんかじゃない。彼がアラスターなんだわ!)
おそらくディアーナである私が転生者で、公爵様やディルクとの関係を改善させていたため、物語が変わってしまったのだ。
それに馬車事故の直接の原因となるのは、確かディアーナが御者に暴行を加えていたからだったはず。
もちろん、私はそんなことをしていない。
公爵様と一緒に乗り込んだ馬車が速度を落とす。
最近、照りつける陽射しが強くなった。馬車の窓から見える風景も、空と雲の境目がはっきりとしていて、黄色い向日葵が太陽を向き、元気いっぱい咲いている。
蹄の音がピタリと止んだ。
馬車を降りると、黒に近い灰色の髪の紳士が頭を下げていた。彼がゆっくりと顔を上げる。
(アラスターのお父様ね……)
私と視線が合うと、クオーツ侯爵様は淡いブルーの瞳を細めた。髪の色と瞳の色は違っているが、その顔は挿絵のアラスターに似ている。
もちろん、先日会ったレオナルドとも。
「急に伺い、申し訳なかったな」
「いえ。緊急のご用件とあらば。どうぞ、こちらへ」
応接室へと通される。先に公爵様が要求していたのか、すぐに人払いを済ませた。
公爵様は胸ポケットから小さな石を出すと、コトリとテーブルに置いた。
「悪いが念のため、防音させていただく」
クオーツ侯爵様は小さく頷いた。そして、私に視線を向ける。
「本日はご令嬢をお連れになっていらっしゃるのですね。それが防音の理由でしょうか」
「理由の一つではある」
クオーツ侯爵様の視線が私から公爵様に移る。
「貴殿はガーネット伯爵家について、何か御存知か?」
「ガーネット伯爵家、ですか。“管理”の家柄ですね」
「ああ。娘と同じ歳の令息がいることは?」
何を話そうとしているのか趣旨を汲み取れず、疑問を感じているかのように少し首を傾けながら、侯爵様は肯定した。
「彼と直接会ったことは?」
「ないと思いますが……それが何か問題なのでしょうか?」
侯爵様はますます怪訝な顔をした。
「驚かずに聞いてほしいのだが……先日行われた王家主催の舞踏会で、娘が貴殿の令息であるアラスターを見たと言ったのだよ」
目の前の瞳が大きく見開かれる。
「私は娘にアラスターの身に起こった出来事を話しておらず、娘はただ疎遠になっていただけだと思っていたのだが――」
「まさか、御冗談でしょう? そのような悪い冗談はやめていただきたい」
「冗談でこんな話、するわけがないだろう!」
あまりの剣幕に私はビクリと肩を震わせた。公爵様はハッと小さく息を吸うと、私を気遣うようにそっと背中に触れた。
「声を荒らげて悪かった。しかし、どうか最後まで話を聞いてほしい」
公爵様は調査結果をまとめた書類を彼に手渡し、口頭で報告する。
侯爵様は手渡された書類を震える手でめくりながら、話に耳を傾けていた。
「事故に何か不審な点はなかっただろうか。よく思い出してみてほしい」
侯爵様は書類をテーブルに置くと、頭を抱え込むようにして目を閉じた。
しばらくして、ゆっくりと瞳を開き、彼は小さく首を横に振った。
「何も……何も覚えていることはありません」
彼は首を振り続けた。
「あの、アラスター様は浄化の能力をお持ちでいらっしゃいましたね?」
「え……?」
「ディアーナ?」
突然、話し始めた私にクオーツ侯爵様だけでなく、父である公爵様も驚き、視線を向ける。
「それも……侯爵様とは違い、一度、体内に吸収してから浄化するという能力を」
「何故、それを……!」
私が隣に座る公爵様に視線を移すと、すでにこちらを凝視している瞳と交わる。
「お父様、お話ししてもよろしいでしょうか?」
公爵様は仕方がないというように頷いた。
「私には少し先の未来を視る能力があります。でも、見たいものが見れるわけではございませんのであまりお役には立てないのですが……」
正面に座る侯爵様の喉がゴクリと鳴った。
私の能力について、どこまで伝えてもよいか、すでに公爵様と相談済だ。知られてしまうことで都合よく使われてしまう可能性があるため、すべてを話すわけにはいかない。
「私、視たのです。アラスター様が生きていて、彼がクオーツ侯爵家を繁栄させる未来を」
呆然としたままの彼に、公爵様が話を続けた。
「調査の通り、ガーネット伯爵家の令息はアラスターが事故に遭った数カ月後に保護されている。万が一、彼が事故で記憶をなくしていたアラスターだとして、幼かった彼が新しく用意された環境に順応するのは早かったことだろう」
困惑し始めた侯爵様の様子を伺うように、公爵様は問いかけた。
「どうだろう? 一度、彼に直接会ってみては?」