曖昧な日々と記憶①
ディアーナ視点です。
きらびやかなシャンデリアが照らすダンスフロアに楽団の生演奏が何事もなかったかのように音楽を奏でている。
(――そんなはずない! 彼は絶対アラスターなのに……どうして?)
ロードナイト伯爵家一行が去った後の舞踏会会場。その場に残された私はモヤモヤする胸を押さえた。
参加する予定ではなかった舞踏会にどうしても来て欲しいとフレディに懇願され、彼にエスコートされる形で会場に足を踏み入れると、すでにダンスが始まっていて、フロアに人だかりができていた。
中央で踊る一際美麗な男女に周囲の視線は釘付けになっていた。私もその視線の先を追う。
(なんで……彼がここにいるの?)
亡くなったと聞いていたアラスターの踊る姿に、呼吸が止まってしまいそうなほど驚いた。
けれど、彼が生きていたという事実が嬉しくなり、思わず彼に駆け寄って、いつもディルクやカイルスにするようについ抱きついてしまった。
(突然、抱きついたのは良くなかったわね……)
彼の驚いた顔を見て、私は少し恥ずかしくなった。
確かに公爵令嬢として、礼儀がなってなかったのは認める。でも――
「申し訳ありません、御令嬢。どなたかとお間違いではございませんか? 私はガーネット伯爵家のレオナルドと申します。初めてお目にかかるかと存じます」
彼の言葉で私の頭の中は真っ白になった。
彼はどう見ても、物語の挿絵にあったアラスターの姿そのものだったのに。
私に向かってはっきり人違いだと言った。そして、ガーネット伯爵家のレオナルドだと名乗った。そんな名前、物語には一切出てこないし、ましてや主人公の婚約者になるなんて。物語とは違っている。
でも、あの顔は忘れるはずもない。
物語の主人公を支える一人である美麗な青年。容姿端麗な彼らに囲まれ、護られている主人公アイリーンに何度嫉妬したことか。
フレディとカイルスは彼のことを知らないとしても、ディルクは幼馴染だったわけだし、アラスターの面影を覚えているはず。
「ディルク義兄さま。彼、アラスター様に似ていないかしら?」
そう言って様子を伺うも、ディルクはアラスターの名前に暗い顔をするのみで返事をくれなかった。
その後、フレディに連れられ、国王陛下と王妃様にご挨拶に伺った。
「父上、母上。こちらジルコニア公爵令嬢ディアーナ嬢です」
「よく来てくれた。フレデリックから話は聞いている。近いうちに婚約を取り交わす場を設けよう」
「ありがとうございます」
陛下からのお言葉をもらい、下げていた頭を上げると、最初に目に飛び込んできたのは――真顔で、私を貫くように凝視する王妃様の姿だった。
背筋にヒヤリとしたものが伝う。
その隣に座る国王陛下の僅かな微笑みに安堵する。陛下のお顔はフレディによく似ている。だから、安心感があるのかもしれない。
今後、王太子の婚約者として王太子妃の教育を受けなければならないが、王妃様は私を快く思っていないことがわかった。きっと今まで社交をしてこなかったのがいけなかったのだろう。
それに本来のディアーナは悪役令嬢で、フレディの婚約者になったものの、妃教育は受けていなかった。物語の中でもきっと認められていなかったのだ。
主人公アイリーンにいたってはフレディの婚約者にさせるため、自分の遠縁の養子にするほど、王妃様は彼女を気に入っていた。
でも今、私は悪役令嬢ではないし、アイリーンにもすでに婚約者がいる。ただ、問題はそれがアラスターの容姿をした別名を名乗る人だということだけれど。
挨拶を終えて、ダンスフロアに戻ると、初めて公の場に出てきたこともあり、視線が私に集中していた。
(もしかしたら、あの誕生会にいた人もいるかもしれないのよね……)
そう思うと、気が重い。
思わず俯くと、エスコートしているフレディが私の顔を覗き込んだ。
「皆、君の美しさに見惚れているだけだよ。ディア、初めてのダンスは私と踊ってくれるかい?」
フレディはくるりと私の前でターンをすると、右手を胸に当ててお辞儀をした。
「ふふ。喜んで」
本物の王子様なのだけれど、どこか大袈裟な仕草に思わず頬が緩む。
思い通りの返事をもらった王子様は、私の手を取ると、嬉しそうに踊り始めた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、公爵家の馬車に乗り込む。
優雅な音楽や人々の話し声が響いていた空間から、急に夜の帳が下りた静寂に包まれる。
思い出すのは――“彼”のこと。
アラスター・クオーツ侯爵令息。
彼は生きていた。馬車の事故に遭って、亡くなったはずだったのに。
(待って。もしかして……馬車の事故に遭ったせいで、記憶を失っているの?)
それなら辻褄が合う。亡くなったとされていたのは幼い頃だし、記憶を失って、保護されたとすれば、彼が自分の名前をレオナルドだと思い込んでいる可能性もある。
もしそうだとしたら、クオーツ侯爵家に確認し、彼を引き合わせれば、彼を救えるかもしれない。
もしかするとアイリーンは物語通り、彼を救うために彼の婚約者になったのかも。
それなら、何としてもアイリーンより先に私が彼をクオーツ侯爵家に戻してあげないと。
そうと決まれば、善は急げ。
私はクオーツ侯爵家とどうやって連絡を取ろうか、頭をフル回転させていた。




