充足の日々の回想④
「だって、私――『転移者』なんだもの」
母の爆弾発言に、私たち二人はポカンと口を開けたまま、動けずにいた。
そんな私たちの様子に「ふふっ」と笑うと、母は父に視線を送った。父が目を細めて頷く。
「私がこの世界に転移してきたのは、ちょうどあなたたちくらいの歳ね」
異世界から来る聖女の言い伝えがあるアルカディア王国の教会で秘密裏に行われた召喚の儀式。
それで転移してきたのが母だった。
「この世界に私の両親はいないわけだし、だから孤児という扱いになったのだけれど」
何の心構えもなく、突然転移させられた当初は現実を受け入れられず、怒ったり、泣いたり、塞ぎ込んだりと情緒不安定だったそうだ。
(まあ、そりゃそうだよね……)
私たちのように前にいた世界で死んだわけでもなく、この世界についての知識があるわけでもない。
突然、まったく知らない世界に放り込まれたら、私だってそうなるかもしれない。
「そこで教会の司祭様が私を学園に通わせることにしたの。年齢の近い人たちと交流したり、こちらの世界を知るにも都合がよかったから。それに私もあちらの世界で学生だったわけだし」
もちろん、魔法学園のため、魔力がある程度ないと入学できない。元の世界で魔法というものはなかったそうだが、なぜか膨大な魔力を持っていたそうだ。
「私は光魔法の適性があって、浄化や回復などの魔法が得意なの。だから、聖女としてこちらの世界に呼ばれてしまったのだけど」
母は少し寂しそうにため息を吐いた。そんな母の肩を父がそっと抱き寄せる。
「でも、そのおかげで君と出会えた」
濃い桃色の瞳が甘く母を見つめる。母はその瞳を見つめ返し、破顔した。
「私にはアシェルと釣り合うだけの後ろ盾がなかったから、アストリア家と婚約を結んでいたノックス侯爵家と縁組をしてもらったの」
アシェルは父の名前だ。ノックス侯爵家は従兄伯父の奥様の家門。ということは、母は従姉伯母の義妹ということになる。
母の話やその容姿から、母がいた元世界は私たちが生きていた前の世界と同じなのではないかと思った。
だから、母を見るとどこか懐かしく、ホッとしたのかもしれない。
「私もよく読んでいたの。異世界に転生する物語を。だから、あなたたちの話は理解できるわ」
優しく微笑む母の顔を見て、私のこわばっていた身体からゆっくりと力が抜けていく。
「問題は相手も転生者である、ということだよ」
力が抜けきる前に父が口にした言葉で、一気に硬直し、元に戻った。
「転移者である私はアシェルの闇魔法『消滅』の影響を受けないの。だから、彼に私が転移者だってことがバレてしまったのだけど」
母は小さく肩を竦めた。
「それは僕たち転生者も同じというわけですね。そもそも、僕たちは物語に載っている挿絵を見ています。ジルコニア公爵令嬢はアラスターの成長した姿を挿絵で見て覚えていた。しかし、幼馴染だったディルクは転生者ではないから、僕に気が付かなかった、ということですね」
レオの言葉に父が頷いた。
「彼女がこれ以上、余計なことをしなければよいのだが……」
父がキュッと唇を真横に結ぶ。
私たちは一抹の不安を抱えながら、更けていく夜を明かしたのだった。




