充足の日々の回想①
「私の母――つまり、リニーの祖母が隣国アルカディアの公爵家の娘だということは話したね」
私たちは視線を合わせると、大きく頷いた。
「魔法と神の守護があるアルカディア王国には、四大公爵家がある。四つの基本魔法を各公爵家が担っていて、母の家門であるアステリア家は風魔法を。そして、プレアデス家が水魔法。火魔法はグラフィアス家。土魔法はトゥレイス家が各々取り纏めている」
それは知っている。基本的なことは学んだから。
「表向きにはそう公表されているけれど。四大公爵家には“裏組織”があってね」
私とレオは顔を見合わせる。
「アステリア家は、闇魔法『破壊』もしくは『消滅』を継承する処理部隊なんだ」
私たちはゴクリと息を呑んだ。
この世界では魔法具が日常使いできるほどの魔力はほとんどの人が持っている。ただアルカディアほどの大国となるとその貴族の魔力は凄まじい。王族や公爵家ともなれば魔法具なしの詠唱だけで魔法を発動できる者もいると聞いていた。
その公爵家の家系だということは知っていたが、父にそこまでの力があるとは思っていなかった。
そんな私の思考を読んだかのように父はクスリと笑い、話を続けた。
「魔法が使えるようになるには、アルカディアの王立魔法学園に通わなければならなかった。だから、留学という形であちらの学園にアステリア家から通っていたんだ」
父の話によると、自分の守護神を召喚する儀式などがあるらしい。魔法についても詳しく学ばなければならなかったため、従兄と共に学園へ通ったそうだ。
「マリーと出会ったのも、その学園だった」
マリーは、私の母だ。
艷やかな黒髪に、黒い瞳。レオと同じで私にとってどこか懐かしくホッとする容姿。
アルカディア王国では黒髪、黒目は浄化能力が高いとされており、孤児だった母はアルカディアの教会で聖女として働きながら、学園に通っていたようだ。
今まで二人の馴れ初めを聞いたことはなかったけれど、その仲睦まじさはよく知っている。私もいつか、二人のようにいつまでも想い合っていられる人と夫婦になれたら、と夢見ていた。
私は目の前に座るレオにチラリと視線を向けた。
先ほどの衝撃的な光景が呼び戻される。
私はディアーナに抱きしめられているレオを見て、強いショックを受けたのだ。
あれは明らかな嫉妬。彼は私の婚約者であるという独占欲。それ以外の何ものでもない。
あの時は自分の胸の中に湧き起こった初めての感情に戸惑ってしまったけど、今ならわかる。
(私は――レオとずっと一緒にいたいんだ)
私の父と母のように。そして、前の世界での父と母のように。
私の視線に気づいたレオが私を見つめ、赤黒い瞳を細める。その顔を見て、胸がドクリと音を立てた。
私は気づいてしまった。隣に座る父が母の話をしている時と同じ表情だということに。