お友だち第一号、ですね?
「えっと、私は目立たない方法を教えてほしかっただけなのですが」
「ですから、こちらへどうぞ」
昨日、屋敷まで送ってもらったときもそうだったが、そのゆるっとした見た目からは想像もできないほど、彼は少々強引な人なのかもしれない。
私はまたもやガーネット伯爵家の馬車に揺られることとなった。
向かい合わせで座った馬車の中。少し開いた窓の隙間から甘い花の香りがふわりと入り込んでくる。
私は気持ちを落ち着かせるように大きく吸い込むと眼鏡くんに問いかけた。
「レオナルド様、この馬車はどちらに向かっているのでしょうか?」
「アイリーンさん。僕たちは同じ家格ですし、敬称は必要ありませんよ。クラスも同じですし、レオでかまいません」
突然の呼び捨て&愛称呼びは……大丈夫なのだろうか? まあ本人が許可しているのだからいいのかな?
「では、私もアイリーンとお呼びください」
「それなら敬語もやめようか、アイリーン」
「そうね、わかったわ。レオ」
記念すべきお友だち第一号は、黒髪眼鏡くん改め、レオということになった。
「アイリーンに対して失礼な態度を取っている人たちは、ジルコニア公爵家と関わりのある人ばかりだね。フレデリック殿下を除けば」
行き先には触れず、学園内でした話を考察していたレオがポツリと呟いた。付け加えられた最後の言葉に、私は驚いて顔を上げた。
「フレデリック殿下とジルコニア公爵家のディアーナ様は婚約しているのでは?」
だから殿下がジルコニア家と関係ないはずはない。
「いや? 確か婚約者候補として名前が挙がっているだけだったと思うよ。フレデリック殿下に今、婚約者はいないはず」
知らなかった。物語ではすでに二人は婚約していたから、私が知らないだけでこの世界でもそうだとばかり思っていた。
「そういえば、変な噂を耳にしたことがあるんだけど」
「変な噂?」
「うん。何でも、ジルコニア公爵令嬢がフレデリック殿下に婚約の条件を出した、って」
「婚約の条件?」
「そう。フレデリック殿下はジルコニア公爵令嬢と婚約したいけれど、彼女は卒業するまでの間に殿下の心変わりがなければ、という条件を出したんだってさ」
(――んん? それってディアーナから婚約を迫ったわけじゃなくて、殿下がディアーナに婚約を望んだってこと? また物語とは違う……何かが、おかしい)
呆然としていた私をレオは心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫? 馬車に酔った?」
「平気よ、酔っていないわ」
「ああ、よかった。もう少しで着くから」
馬車がゆっくりと速度を落とす。窓の外はいつの間にかたくさんの店が並ぶ大通りに差し掛かっていた。
「ここだよ」
先に降りたレオが私をエスコートするように手を差し出した。私はその手に自分の手を重ね、ゆっくりと段差を降りる。
レオは私の手を引いたまま扉を開け、店内へと案内した。
「ここって……」
店の外からはわからなかったが、中に一歩足を踏み入れて驚いた。ここは普通のお店ではない。
「……魔法具店……?」
キラキラと光る鉱石が埋め込まれた美しい品々が、整然と並ぶ。
思わず胸の奥底から「ほう」と深い息が漏れてしまった。美しいもの好きにはたまらない。
「……やっぱり、君は……」
「ん? 何か言った?」
「いや? 何でもない」
レオが何か言いかけた気がしたが、美しい魔法具に夢中で聞こえなかった。聞き返したが、ただ唇が弧を描いただけだった。なんだかはぐらかされたような気がしたが、目の前に現れた至極の誘惑には勝てない。
「これはどうかな?」
隅から順番にじっくり見ていると、レオがいつの間にか隣に立っていた。その手の中には、銀で縁取られた眼鏡があった。テンプルには編み込みの細工がしてあり、ヨロイに小さな赤い鉱石がはめ込まれている。
「綺麗……」
思わず口をついて出た。レオは満足げに口元を横に引くと、「かけてみて」と私に手渡す。
(――ん? これ、私がかけるの?)
私が首をひねると、レオも同じように首を傾けた。
「知りたかったんでしょ? 目立たない方法」
「……え?」
(それって、レオは魔法具を使ってるってこと?)
確かに彼は眼鏡をかけているけれど。まさかそれだけで気配まで消せるの? そんなの聞いたことない。
促されるまま眼鏡をかけ、自分が映る鏡を見ると――
「うそ……すごい……」
鏡の中の私は、まるで透明人間。映っては、いる。けれど本当に影が薄いのだ。
「気に入ってくれた? それならプレゼントするよ」
「え、大丈夫よ。自分で買うわ」
「僕に贈らせて。昨日のお詫びも兼ねて」
頭に直撃した枝のことをまだ気にしていたらしい。贈らせてもらえないと一生煩慮して生きていくことになる、なんて不穏なことを言い出したので、お言葉に甘えることにした。
綺麗に包んでもらい店を出ると、通りの反対側に私好みな雰囲気の書店が目に飛び込んきた。
「寄っていく?」
書店をじっと見つめていると、またしても隣から声をかけられた。やはり、レオの眼鏡は魔法具なのだ。それもかなり優良な。こんなに何度も彼の存在を忘れてしまうなんて、極上品にちがいない。
眼鏡を使うのが俄然楽しみになってきた。
「今日はもう帰るわ。眼鏡、プレゼントしてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。家まで送るよ」
何回かのやり取りでお互いに慣れたのか、二人の間のぎこちなさはもうなくなっていた。
スムーズに乗り込んだ馬車は橙色に染まった景色の中をゆっくりと走り始めた。