不穏な日々の存続②
きらびやかなシャンデリアがホールの隅々までキラキラと明るく照らし、楽団の生演奏が心地よい音楽を奏でる。
レオの腕に手を添え、揃いの装いで会場に足を踏み入れると、多くの視線が集中するのがわかった。
最近は魔法具に頼りすぎていて、この感覚がご無沙汰だったため、思わず身体が硬直してしまった。
「大丈夫、大丈夫。アイリーンが一番可愛いよ」
私の緊張が伝わったのか、レオが耳元でこっそりと囁いた。私のガチガチに固まった身体が一瞬でほぐれていく。
「うん、わかってる」
レオと視線を合わせると互いに微笑み合う。私たちの前には父もいる。何も恐れることはないのだ。
私は背筋をピッと伸ばすと、まっすぐに前を向いて歩き出した。
「あれは……誰だ?」
「前を歩いているのは、ロードナイト伯爵ですわね。では、あのお二人が例の……?」
会場のざわめきが大きくなる。
「二人とも公の場は初めてじゃないか?」
「ああ、確かに。あれほどの容姿なら忘れもしないだろうからな」
音楽にも負けないほどのヒソヒソ話が耳に入ってくる。興味や好意、それだけではなく嫉妬や悪意のあるものまで。これからはこの世界で立ち振る舞っていかなければならない。何事も経験と勉強が必要だ。
まずは国王陛下と王妃様にご挨拶させていただく。父に倣って私たちも深く礼をする。
「よく来てくれた」
国王陛下からの一言で、父と私たちは顔を上げた。優しい雰囲気の国王陛下はフレデリック殿下とよく似ている。しかし、その隣に座っている王妃様の顔を見て、私の背筋が凍った。
表情がごっそりと抜け落ちている王妃様に、以前の恐怖が甦る。
「ご招待いただき、ありがとうございます。本日は私の娘、アイリーンと娘の婚約者であるガーネット伯爵令息レオナルド卿をご紹介させていただきたく、拝謁いたしました」
私たちはもう一度、礼をした。
「そうか。今日は楽しんでゆくとよい」
「ありがとうございます」
再度、頭を上げると、私は王妃様からの視線を浴びていた。エメラルドグリーンの輝く瞳に見つめられ、思わず釘付けになる。
そこから目を離せずにいると、王妃様の唇がかすかに動いた。何を言っているのかはわからなかったが、その後、口角がグイッと上がったのが見えた。
「アイリーン」
小さな声が聞こえて、ハッと我に返る。
声のした方を見ると、レオがエスコートを促すように手を差し出していた。私がその手を取ると、レオは導くようにダンスフロアへと移動する。
父は国王陛下と王妃様の前で私たちの婚約を宣言することで牽制してくれたのだろう。
ただ、怖いのは最後に王妃様が見せた微笑み。この先も何かが起こりそうで不安がよぎる。
「リニー。レオナルドと踊っておいで」
私が不安そうにしているのに気づくのが早い父は、安心させるように微笑んで私の背中をそっと押した。
私はレオの顔を見た。
今まで一度もレオと踊ったことがないけど、大丈夫だろうか。
「足踏まないでね、アイリーン」
こちらも私の不安な気持ちをお見通しで、私の手を引き、ニヤリと笑っている。
「レオこそ、ステップ間違えないでよね!」
「僕の運動神経の良さ、知ってるでしょ?」
「ぐぬぅ……」
(そりゃあ、物語の登場人物の一人だし。当たり前にできるかもしれないけど! 私だって、主人公チートあるもんね!)
前の世界でも彼は運動神経が良かった。この世界でも主人公を囲う主要人物の一人なのだから、恐ろしく上手に決まっている。そんなこと、踊り始めてすぐにわかった。
曲が終わると、互いに礼をして微笑み合う。するとそれを待っていましたとばかりに、一瞬で囲まれた。
「次は私と踊っていただけますか? アイリーン嬢」
「レオナルド様、わたくしと踊ってくださいませ!」
方々からかかる声に困惑して、いつの間にかレオとはぐれてしまった。キョロキョロと辺りを探すも皆、自分より長身の人ばかり。まるで大きな壁に囲まれているかのようだ。
(どうしよう……)
私が途方に暮れていると、突然視界が開けた。
「おい、あれって……」
皆の視線が一点に集中している。
私もそれを辿って視線を動かす。
その視線の先にあったのは――ディアーナに抱きしめられているレオの姿だった。




