不穏な日々の憂鬱①
ディアーナ視点です。
「私が……謝罪? どうして……?」
王城から戻った公爵様は、私を執務室へと呼び寄せた。そこには一緒に戻ってきたディルクとカイルスが並んで立っており、見るからに肩を落としている。
「ロードナイト伯爵家から王家とジルコニア公爵家に対して抗議を受けた」
「えっ? 一体、なぜ……?」
(私、何もしていないのに……)
ロードナイト伯爵家といえば、主人公アイリーンの家だ。その家門に抗議を受けるということは物語上の何かが起こったのだろうか。
私はアイリーンと接点をもたないように極力家から出ていないし、今まで二回ほど会っただけで、それも直接話したり、触れたりもしていない。
(それなのに、どうして? まさか――やっぱり物語には強制力があるの?)
私は両腕を抱え込むと、ブルリと身体を震わせる。そんな私を両側からディルクとカイルスがそっと支えてくれた。
「不快な思いをさせたアイリーン嬢に謝罪せよ、とのことだ」
「お父様。私は彼女に二回しかお会いしておりませんし、その際、一言も言葉を交わしておりません。それなのになぜ謝罪を?」
ジルコニア公爵様は眉間にシワを寄せると、顔を顰めた。
「だからだ」
「え……?」
公爵様は小さく息を吐くと、私を見つめた。
「ディアーナ。お前の持つ能力は人の未来を左右するものだ。不用意な発言でその未来が変わってしまう」
私はハッと顔を上げた。
確かに公爵様の言う通りだ。私はむしろその未来を変えようとしてきたのだから。
だた、それを周囲に伝えてしまったことで、今回のようなことが起こったのだろう。
「アイリーン嬢は初対面であるはずの王族や高位貴族の令息に高圧的な言動を受けたと。周囲からも同様の報告を受けている」
王族であるフレディや公爵家の令息ディルクにも影で見守る存在がいる。そちらからも証言が出ているのだろう。
私が悪役令嬢になり、断罪される未来を変えるために、これから起こる未来を彼らに話してしまったことで、アイリーンにとって初対面であるはずの相手から敬遠されるという状況を作ってしまった。
彼女の立場からすれば、理由がわからず困惑したはずだ。確かに謝罪は必要だと思う。けれど――
「それは、私が謝る必要ありますでしょうか」
どれも私が彼女にしたことではないし、私が彼女に謝ったところで、彼女自身も疑問に思うのではないだろうか。
だって、私はこの先の未来を知っていて、あなたに酷いことをして断罪されたくないから、彼らにその話をしてしまい、今回のようなことが起きてしまったの、ごめんなさい、なんて説明できるはずもないし。
「彼女は私の能力を御存知なのでしょうか」
「いや、国王陛下にもまだ話してはいない」
「でしたら、私が彼女に謝罪するのはおかしくありませんか?」
公爵様は少々考えてから、「わかった」と頷いた。
私はホッと胸を撫で下ろす。出来る限りアイリーンとは会いたくない。二回だけしか会っていないけれど、その時、胸の奥底からモヤモヤと黒く醜い感情が湧き起こるのを感じた。それはまるで、自分が自分でなくなってしまうみたいに。
私はもう悪役令嬢にはなりたくない。
区切りの関係で短めです。