不穏な日々の継続①
「はあ? 婚約解消って、どういうこと?」
王妃様の茶会で要求されたことをレオに伝えると、前髪で覆い隠された瞳がその奥でキラリと赤く光る。直接見ることはできないが、きっと今、レオの美しく整った尊顔は大きく歪んでいることだろう。
「フレデリック殿下と婚約してもらわないと困る、と言われたわ」
「それで? アイリーンはなんて答えたの?」
レオの口元は出来る限りの我慢を表すようにギュッと横に引き結ばれた。
「もちろん、私の一存では決められませんって言ったわ」
私の回答が不服とばかりにレオは唇を尖らせる。
「ええー。そこは、“婚約者を心から愛しておりますので”って、答えるところでしょ!」
「いや、違うでしょ! それに……あの場の雰囲気でそんな回答していたら、今ごろ私、ここにいなかったかもしれない」
あの後、何だかんだと理由をつけて、なかなか家に帰してもらえなかった。
あまりの遅さに痺れを切らした父が直接迎えに来たことでようやく開放されたのだから。そのまま監禁でもされるんじゃないかと思った。
私はその時のことを思い返し、あまりの怖さに両腕を抱え込んでぶるりと身を震わせた。
その様子に気づいたレオがそっと私の手を取ると、上から包み込むように優しく握る。
「大丈夫。僕は絶対に婚約解消しないし、アイリーンパパだってそんなこと許さないでしょ」
「うん……そうだよね」
でも、何だかとても嫌な予感がする。
王妃様はまるでそうなることが決まっているように話していたし、迎えに来た父と対峙しても、まったく恐れていなかった。
何より――たった一度だけ微笑んだあのエメラルドグリーンの瞳が忘れられない。
宝石のように美しい瞳。“エスメラルダ”という彼女の名前に相応しい。
『大丈夫よ、心配しないで。すべてはこの世界のためだもの』
彼女の言葉がリフレインする。
「そう、言ったの? 王妃様が?」
脳内でつぶやいたはずの言葉が私の口からポロリと溢れていた。それをレオが聞き逃すはずもなく。確認するように私の顔を覗き込んで問いかけた。
「うん。一語一句そのまま」
レオは口元に手をかけると、しばらく考え込んだ。
「今日はロードナイト伯爵家に直接行くから、一緒の馬車に乗せてくれる?」
「もちろんよ。そのままお父様と仕事?」
「うん、まあね」
私たちはロードナイト伯爵家の家紋が描かれた馬車に乗り込んだ。馬車がゆっくりと走り出す。
学園の敷地内から出たあたりで、レオは前髪を掻き上げると私と瞳を合わせた。
「アイリーン。前のこと、どのくらい覚えてる?」
「え……?」
(それって、この前、私がレオにした質問じゃ……)
まっすぐに正面から見ると黒い瞳。少し角度がつくと赤く、横から覗き込むと緑に変わる不思議な瞳。
その瞳が今、私だけを映している。
「あの時のこと、覚えてる?」
「……あの時……」
そんなの、一つしかない。
「僕らが死んだ時のこと」
覚えてるよ。
だって、あれは――私のせいだから。
区切りの関係でいつもより短めです。