悪役令嬢は、今どこに?
それにしてもディアーナは今、どこにいるんだろう?
そもそも名簿に名前が載っていなかった。休み時間に他のクラスや他学年も見てみたがどこにもいない。
それに、ディアーナと関係のある物語の人物たちをそれとなく観察してみたが、何の問題も抱えていなさそうだった。それどころか皆、私の姿を見るなり、一様に嫌な視線を送ってきた。
確かに彼らの様子を伺いに行ったことは間違いないが、そこまで嫌われることをした覚えはない。話しかけもせず、ただ遠くから見ていただけなのに。
窓側にある自分の席でぼんやりと外を眺めていると、トントンと優しく肩を叩かれた。
「アイリーンさん」
「え……? あっ!!」
振り返ると、そこには昨日出会ったばかりの黒髪眼鏡くんがいた。
ずっと私の真後ろの席にいたの? 存在感なさすぎでしょ! その気配の消し方、ぜひ教えてほしい。
「昨日と雰囲気が違っていたので、少々驚きました」
「雰囲気……驚く……」
私の目立たないための努力は所詮その程度なのか、と肩を落としていると、眼鏡くんがワタワタと慌て出した。
「いや、あの、その……そちらの雰囲気も素敵です!」
「へっ……?」
「とても、似合っています!」
落ち込んだ理由を勘違いしたようで、私を元気づけようと一生懸命弁明する姿に、沈んでいた気持ちがふわりと浮かんだ。
「ふ、ふふっ」
思わず笑いが漏れると、目の前で必死に動いていた唇がポカンと開いたまま動かなくなった。
「なるべく目立たないようにしたかったのだけれど……うまくいかなかったみたい」
肩を竦め、ニコッと笑ってみせると、開いたままだった口は、ホッとしたように横に結ばれた。
「それにしても、その……何かあったのですか?」
眼鏡くんは気まずそうに言葉を選んで聞いてくる。
きっと先ほどのカイルスとのやり取りを聞いていたのだろう。昨日のフレデリック殿下との出来事だって近くで聞いていたのだから、私が彼らに何かしでかしたに違いないと思うのも無理もない。
何もしていないと話したところで信じてもらえるかどうかわからないし、私の返答次第では距離を置こうと考えているのかもしれない。
私だって逆の立場なら、問題を起こしている人と交流しようと思わないもの。
学園は最初の社交場。そして新入生は初めての人脈づくりなのだから、行動をともにする人や仲を深める人は慎重に選びたいに決まっている。
“眼鏡くん”ことレオナルド・ガーネットは伯爵令息なのだから、なおさらだ。
正直に話して、信じるかどうかは彼次第。
初対面なのに、ある特定の人たちにだけ、先ほどのような態度を取られていること、その原因が全く思い当たらないこと、どうしたらいいのかもわからないということを話した。
眼鏡くんは時折、頷きながら、真剣に話を聞いてくれた。
「だから目立たないようにしたかったのですね」
「えっ?」
思いがけない返答に、今度は私が呆気にとられた。彼の言葉は、まるで私を信じていることが前提だったから。
相変わらず瞳は見えないが、眼鏡くんのオーラは全くといっていいほど私を疑っていなかった。私は彼を信用するか考えたというのに。
「私の言っていることを、信じてくれるのですか?」
「もちろんです」
「なぜですか?」
私を信じてくれる理由を問いかければ、逆に首をかしげられた。
「昨日出会ったばかりで、お互いのことをよく知らないのに、なぜ信じられるのですか?」
会ったこともない人にさえ、冷たい態度を取られているのに。彼は、どうして……?
「僕は自分が直接見たもの、感じたものしか信じません。昨日も今日も、あなたに非があるようには思えない」
隠れていた前髪の隙間から黒にほど近い赤色をした瞳が、じっとこちらを見つめている。吸い込まれそうなほどに深い、赤。
彼が眼鏡をくいと押し上げ、美しい瞳が隠れると、私はハッと我に返った。
「あの、失礼を承知で伺いたいのですが」
「何でしょう?」
「目立たない方法、教えてくれませんか?」
「……僕に存在感がないって言ってます?」
「!!」
(――だから先に断りを入れたのに!)
私が言いづらそうにうつむくと、眼鏡くんの口元がふるふると緩んだ。
「ぷっ……大丈夫です。狙ってやっていますから」
堪えられていない笑いをごまかすように話し出した。そして、思いがけない提案をする。
「放課後、お時間ありますか?」