平穏な日々の裏側
ジュエライズ国王視点→フレデリック視点
「隣国アルカディアとの国境に異常は見られませんでしたが、もう一方の国境には少々厄介な問題がありましたので、こちらで対処いたしました」
「そうか、御苦労であった」
定期報告のために登城したロードナイト伯爵は下げていた頭を上げると、ニッコリ微笑んだ。
「もう一つ、御報告がございます。娘の婚約が決まりました」
「何と! それは喜ばしいな。それで相手は?」
「ガーネット伯爵家の令息です」
「うむ、そうか」
ジュエライズ国王は緩んでいた顔を引き締めた。
「また、急な話であるな」
「ええ、とても良い御縁がございまして。あと……少々早めなければならない事情もございましたので」
濃い桃色の瞳が国王の碧眼を貫くかのように見つめている。国王の瞳が僅かに揺れた。
「ところで」
国王は耐えきれず、肩を揺らした。背中には嫌な汗が音もなく伝う。
「どうやら彼らには“謝罪”という言葉の意味をご理解いただけていないようです。陛下、先日お約束いただいた通り、直接お話しさせていただく場を設けていただけますでしょうか」
国王は一度唇を真横に引き結ぶが、観念したようにゆっくりと頷いた。
◇
「はあ……」
あれほど注意したというのに、再度事を荒立てた愚息に溜め息を吐く。
ロードナイト伯爵から職務の定期報告を受け、その上、娘の婚約が決まったということも聞いた。
喜ばしいと思ったのも束の間、相手の家門を聞いて血の気が引いた。
(よりによって、ガーネット伯爵家だと?)
特殊な家柄同士の結びつきに危機感を覚えた。両家ともこの国にとって重要な役割を担っている。そこに縁故としての連帯が生まれたら、強大な勢力となる。
今でさえ、ロードナイト伯爵家は力を持っているというのに。
しかし、伯爵の言葉や態度からその婚約も本来意図したものではなかったという雰囲気が感じとれた。
愚息の話が出たことで、それを理解した。
彼らがとった行動の結果、娘が婚約しなければならなくなった、と。
ロードナイト伯爵の行動はすべて、あの愛娘を護るためのものなのだから。
王太子になってからその教育課程で学ぶ予定だった機密事項の一部を、今は一刻も早く、フレデリックに引き継がせなければ。せめて、ロードナイト伯爵家に関する事柄だけでも。
これ以上、彼らを怒らせてはならない。
この国を、存続させるためにも。
◇
「さて、殿下。そして、御令息方。なにゆえ私が皆様の貴重な御時間をいただいたのか、御心当たりはございますでしょうか?」
アイリーン嬢によく似た容姿。しかし、目前の御仁はその柔らかい見た目や仕草からは考えられないほど禍々しい空気を纏っている。
数時間前、父である国王陛下から呼び出しを受けた私は、この国におけるロードナイト伯爵家の重要性について聞かされた。
本来、伝えるべき時期ではないが、ロードナイト伯爵家に対する態度を改めなかった私たちに、彼が直接会いたいと言っていることから、前もって知っておくべきだと判断したようだ。
結果的に良かったと思っている。
それを知らないまま彼と会うか、知った上で会うか、では全く違う。
「大変、申し訳ございませんでした」
深々と頭を垂れる三人に凍てついた微笑みを浮かべたまま、ロードナイト伯爵は首を左右に振った。
「違いますね。謝るべきは私にではないでしょう? まあ、あなた方にはこれ以上娘に近づいてほしくないのでね。その謝罪を受け入れるとしますよ」
三人がホッと息をついて顔を上げる。
「実は先日、娘が婚約いたしまして。今、とても幸せそうなのです。私がお伝えしている意味、ご理解いただけておりますでしょうか?」
伯爵の顔から微笑みが消えていた。
三人はゴクリと喉を鳴らした。
「娘に近づかないと、約束してくれますね?」
声も出せないほどの恐怖に、三人は深く頭を下げることしかできなかった。