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それって、本当に事故ですか?


 アラスター・クオーツ侯爵令息。


 彼は、幼い頃からジルコニア公爵家へと両家の交流という名目で通わされていた。行くたびにディアーナから出来損ないと蔑まれ、彼の自尊心は傷つけられていった。


 そんな彼も学園でアイリーンと出会ってから、自分が自分でいてもいいと認められた気がして、少しずつ自信を取り戻していく。


 アイリーンの御陰でクオーツ侯爵家内の問題も解決し、彼は笑顔を取り戻すことができた。


 そんなアイリーンがディアーナから容赦ない暴力を受けていることがわかり、アイリーンを護るために、彼はディアーナを断罪しようと決意する。



 ――そんな、物語だった。





 学園から戻ると、すでに父が帰宅していた。

 相変わらずのほわっとした笑顔で両手を広げ、私を抱きとめる準備をしている。

 私は小さく笑うと、ぎゅうとしがみつくように抱きついた。


「おや? リニー。何かあったのかい?」


 確かに嫌なことはあったけれど、それ以上に衝撃的な事実を思い出したので、帰りの馬車の中は彼のことで頭がいっぱいだった。


(そうだ! お父様なら彼のこと、何か知ってるかもしれない)


 地方を巡って仕事しているので、彼の家柄についても詳しいはず。

 私はいかにも悩んでいます、という表情で父の顔を見上げた。


「気になっていることがあるの」


 私の憂いを帯びた顔を見た父は目を見開いた。


「言ってごらん」


 ――ヨシッ!


 私は心の中で拳を握りしめると話を切り出した。


「お父様はクオーツ侯爵家と交流がございますか?」

「クオーツ侯爵家? ああ、浄化を家業としている家だな。知らないこともないが……どうかしたのか?」

「私と歳の近い御令息がいらっしゃると聞いたのですが……」


 父の顔色が一気に変わる。

 初めて見る変化だった。まるで私が禁句を口にしてしまったような。


「誰から聞いた?」


 今まで、父のこんなに低い声を聞いたことがない。私の心臓が鼓動を速める。答えられるはずのない問いに私の身体は硬直した。


 父は腕の中の私が小刻みに震え出したことに気づいたのか、少し身体を離し、出来る限りの優しい笑みを浮かべて、私の顔を覗き込んだ。


「場所を変えて、少し話そうか」


 いつものような笑みではないことに、安心どころか不安でいっぱいになった。

 真実を話すことになれば、私が本当のアイリーンではなく、転生者であることも話さなければならなくなる。中身が本当の娘ではないと知った父は、私をどうするだろう。


 今までの記憶もすべてあるからこそ、真実を知った時の両親の気持ちが慮られる。


 移動した先は父の執務室だった。普段私があまり足を踏み入れない場所。接客用のソファに父が腰掛け、私にも座るよう促した。


「クオーツ侯爵家の令息については、箝口することが不文律となっている。だから、リニーがどこでその話を聞いたのか気になってしまってね」


 私が座ったのを見届けて、父が話し始めた。


「深くは追及しないよ。だから、そんなに怯えなくていい」


 私の心を読んだかのような言葉にビクリと肩が揺れた。父はフッと短く息を吐き、私を安心させるように優しく微笑む。


「やれやれ、リニーに嫌われてしまったかな?」


 父は苦笑いして、肩を竦めた。しかし、その後すぐに浮かべていた笑顔を消した。


「アラスター・クオーツは亡くなっている」


 父の発した言葉に、私は衝撃のあまり声を失った。


「事故で亡くなったのだけれど、ジルコニア公爵家と関わりがあってね。詳細は誰も口にしないという暗黙の了解ができたのだ」

「そんな……」


(ジルコニア公爵家が関わってるって……どういうこと?)


 確かに彼はジルコニア公爵家からの帰り道で馬車の事故に遭うが無事だったはずだ。亡くなったのは轢かれてしまった少年で――


「お父様。それはどんな事故でしたの?」


 父は顎に手を当て、当時を思い出すかのように視線を下げた。


「確か……馬車の事故だった、と」

「アラスター様以外にお怪我をされた方はいらっしゃったのですか?」

「御者が大怪我を負ったが助かったと聞いている」


 私は思わず眉を顰めた。

 私の知っている物語と違っている。今まで登場した人物のすべてが違っていたから、あり得ることだとは思うけれど、もしディアーナが転生者で、彼が事故に遭うことを知っていたら、何とか回避させたはずだ。


 だって、彼はその事故をきっかけにディアーナへの復讐を決意したのだから。


 あれほど断罪されることに怯えていた彼女が、アラスターだけを邪険に扱うとは思えない。現にフレデリック殿下やディルク様、カイルスには過保護なまでに護られているわけだし。


「その他にはいらっしゃらなかったのですか」


 父は首を傾げる。私が何を知りたいのか掴もうと、同じ色の瞳をジッと合わせてきた。


「ああ。単独の事故だった、と」

「単独……? 馬車は、どうして事故を起こしたのでしょう?」

「リニー、何が気になっているのだい?」


 物語の中で馬車は飛び出してきた少年を避けきれずに横転し、亡くなったのは轢かれてしまった少年だけだった。アラスターと御者は大きな怪我をするものの、助かっている。


 そもそも、単なる御者の運転ミスによる事故ではなかったのだから。


 ディアーナによる御者への暴力。それが本当の原因だった。御者は事故に遭う前から怪我を負っていた。だから、少年を避けきれずに轢いてしまったのだ。後にそれが判明し、アラスターは怪我を負ってしまったことでさらに侯爵家での居場所をなくし、ディアーナへの復讐心を募らせていく。


 学園で再会し、アイリーンへの直接的な暴力と嫌がらせを目の当たりにしたことでディアーナへの怒りが再燃する。そうして、アラスターはアイリーンを護るようになり、フレデリック殿下たちとともにディアーナが行った数々の悪事を断罪するのだ。


 ただ、今は――アラスターがどうして亡くなったのか、知る必要がある。


「本当に事故だったのでしょうか?」

「どういうことだい?」

「お父様。お願いがございます。なぜアラスター様が亡くなったのか、もう少し詳しく調べてみてくださいませんか?」





「リニーは一体、何を隠しているのだろう」


 アイリーンの口からクオーツ侯爵令息の話が出るとは思ってもみなかった。それも彼の死因について調査してほしい、などと頼まれるとは。


 普段から全くと言っていいほど、我儘を言わない娘が珍しくした願いを叶えてやりたい。

 しかし、内容はかなり難しいものだ。


 十数年前の出来事なうえ、公爵家と侯爵家に関わることで箝口されているものを調査し直す、など。


 当時、クオーツ侯爵家の馬車による単独事故として処理されていた。

 意識が戻った御者からは何かを避けようとした、という証言はあったものの、当たった形跡はなかった。

 馬車の窓が開いていて、投げ出された令息はみるも無惨な姿になっており、髪と瞳の色、そして、着衣でアラスターと判断された。


 ジルコニア公爵家は亡くなったクオーツ侯爵令息が自家からの帰路だったこともあり、少なからず責任を感じ、クオーツ侯爵家を気にかけ、今現在も支援していると聞く。


「調査してみるか」


 アイリーンのことを信じていないわけではなかったが、調査していくうちに疑問点がみつかった。


 クオーツ侯爵家の執事は令息の検死後、いくつかの疑問を訴えていたそうだ。


 アラスターの髪と瞳の色は黒。珍しいことではないが、クオーツ侯爵家としては異色だった。なぜなら、彼の父親も母親も黒ではなかったからだ。

 しかし、浄化能力は持っていたため、彼がクオーツ侯爵家の血筋であることは確かだったし、屋敷内での出産で取り違えの可能性もなく、間違いなくクオーツ侯爵夫人から生まれていた。


 アラスターの検死の際、投げ出された衝撃で状態が悪かったため、確認できたことが彼の髪と瞳の色、そして、衣服だけだった。


 ただ、アラスターが幼かった頃から身の回りを世話していた執事は彼の検死を側で見て違和感を覚えた。

 その執事は何度もクオーツ侯爵に訴えたが、息子が亡くなったことでジルコニア公爵家が半永久的に支援してくれることが決まり、執事の言葉に耳を貸そうとしなかったらしい。


「リニーの言った通り、完璧な事故処理がされていたわけではなかったのだな」


 生温い調査と検死。疑問点が残ったまま、箝口された事故。


「リニー。私のお姫様は何を知っているのかな?」


 ロードナイト伯爵はその美麗な顔に柔らかい笑顔を作り出した。



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