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それ、謝罪じゃないよね?


 新しい魔法具をつけてからというもの、ほぼ誰にも声をかけられることもなく、平穏といえば平穏な日々を過ごしていた。

 それは同時に人脈作りもできなくなったことを意味していた。ただ一人、レオを除いて。


 なぜか私のことをレオは認識できるし、私はレオを認識できるようになった。


(――魔法具が同じだから共鳴してるのかな?)


 父から教えてもらったことはレオに話していない。その時が来れば、レオから話してくれると信じているから。彼にだってタイミングがあるだろうし。


「最近はどう? また絡まれたりしてない?」

「ええ。これをつけてからは、まったく」


 教室内でカイルスに睨まれることはなくなったし、カフェテリアや中庭でフレデリック殿下やディルク様を見かけはするものの、彼らがこちらに気づいている様子はない。


「あれ……? 三人?」


 私は妙な違和感を覚えた。


「アイリーン?」


 突然一点を見つめたまま固まる私に気づいたレオが、私の顔を覗き込んだ。

 私の目前に現れた黒く長い前髪の隙間からチラリと見えた瞳は()()()


「え……? レオの瞳って……」


 ハッと姿勢を正したレオが瞳を隠す。

 二人の間にしばらく沈黙が続いた後、レオは大きく深呼吸して、観念したように話し始めた。


「これは誰にも話していないことなんだ。だから……アイリーンにだけ、特別だよ」


 そう言って、彼はそっと眼鏡を外した。


「あ……れ……? なんで……?」


 正面から見た彼の瞳は――深い赤。

 以前、見たものと同じ色だ。でも、先ほど見たのは間違いなく深い緑だった。


「僕の瞳は特殊でね。見る角度によって瞳の色が変わるんだ」

「そんなことって、あるの?」


 レオはクスリと笑って小さく頷いた。


「さっきみたいに横から覗き込んでみて」


 私は言われたとおりに顔を傾けた。


「うわぁ……本当だ……」


 赤から緑に変化したレオの瞳がゆっくり瞬きした。


「綺麗……」

「え……?」


 思わず口をついて出た本音に、レオが目を見開き、驚いた顔で私を見る。


「やっとレオの表情が見れた」

「……!」


 今まで口元でしか彼の気持ちを判断することができなかったのをもどかしく感じていたし、友だちであるはずの彼の顔すらまともに知らなかったのだから。


 風で前髪がふわりと上がる。レオは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「気持ち悪がられると思ってた」

「まさか! むしろ、羨ましい」

「……はあ?」

「だって、かっこいいじゃない!」


 私は両手を胸の前でグッと握ると、また緑から赤に変わった瞳を真剣に見つめる。


「ぷっ……はははっ!」


 呆気に取られていたレオの顔が満面の笑みに変わり、キラキラと輝いて見えた。彼は笑いながら右手で右耳辺りの髪をクシャッと掴むと、こめかみを刺激するようにグリグリと擦った。





 父でも知らないレオの秘密を知ったことで、残念で寂しく思っていた気持ちは、あっという間にどこかへ消えてしまった。秘密と特別の効力は絶大だ。


 認識阻害の魔法具をつけていたにも関わらず、私にわかってしまったのはやはり同じ魔法具を身に着けているからではないか、という結論に至った。

 今後も今まで通り、眼鏡とイヤーカフを外すつもりはない、とレオはすぐに眼鏡をかけてしまった。


(もうちょっとそのままでもよかったのに……)


 彼の素顔は、物語の主役に混ざれそうなほど整っていた。勝手にモブ認定してゴメンナサイ、と私はレオに心の中で謝罪した。


「ここにいらっしゃったのですね」


 突然声をかけられ、私たちは硬直する。

 最近は絡んで来なくなったと安堵していた矢先の出来事に私は大きく息を吐き出した。


「何か御用でしょうか」


 空いていた椅子に三人が腰掛ける。私は眼鏡越しにフレデリック殿下の瞳を見つめた。


 美しい金髪碧眼。物語の王子様の姿そのもの。

 穏やかな仕草は主人公と恋に落ちる主役だけあって正義を纏っている。


 でも今の私からすれば、悪役令嬢の毒牙にかかった敵でしかない。彼らからしても私は護るべき大切な人を脅かす存在だと認識されているのだろう。それならそれでもいいから、もう放っておいてほしい。


「国王である父上からあなたへの非礼を咎められましてね。今日はこうして三人で謝罪に来たのです」

「ロードナイト伯爵令嬢。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」


 三人が深々と頭を下げる。


(いや、王族がそんな簡単に頭を下げちゃ駄目じゃないの?)


 私はどうすればいいのかわからず、ゆっくり視線をレオに送る。眼鏡の隙間から深い緑の瞳が大きく見開かれているのが見えた。


「あの、頭を上げていただけますか。私はもう何とも思っておりませんので」


 ――だからね、放っておいてください。


 そっと頭を上げた三人は安堵の溜め息を吐いた。


「しかし、驚きました。あなたにそこまでの力があるとは」

「はい?」

「どんな手を使ったのかはわかりませんが、私たちがディアを護ることに変わりはありませんから」


(うーん。結局そうなるのね。どうしたら信じてもらえるのだろう? やっぱり私に“たった一人の人”ができて、その人と婚約でもすれば、フレデリック殿下を狙ってないって信じてもらえるのかしら?)


 私は目の前に座る美形三人衆を見る。挿絵で眺めていたときは彼らの美しい容姿にうっとりしていたけれど、いざ現実の世界で実際に見るとそこまでの感情は湧いてこなかった。この中で美しいと思ったのは四人目のレオだけで――


 ――ん? ……四人目?


 私の身体からスーッと力が抜けていくのを感じる。私はなぜこんなに大事なことを忘れていたのだろう。


 私は両腕を抱え、うつむいた。その様子に目の前の四人が慌て始める。


「そうしてまた誰かの同情を引こうとされているのですか」

「私たちがあなたを責めているようにみえるでしょうからね」

「そこまでして私たちの気持ちを得たいのですか」


 三人が好き勝手に言い始めると、レオが黙って立ち上がり、後ろから私の腕をふわりと包みこんだ。


「謝りに来たのではなかったのでしょうか」


 レオの声が耳元で聞こえる。何だか懐かしくて安心する声。


「僕にはあなた方が心からアイリーンに謝罪しているようには思えません。国王陛下に指示されたから仕方なく形だけ謝ったのなら無意味なのでは?」


 私から三人の表情は見えない。


「あなた方がアイリーンを責めているようにみえるのではなく、責めているのですよ。彼女は何もしていないのに」


 三人が息を呑むのを感じる。


「具体的に何をしたのか、教えていただけますか? 僕にもわかるように。まさかこれからするかもしれない、ということはないですよね。してもいないことで責められるなどあってはならないと思いませんか? そんなことを言っていたら誰もが罪人になってしまいます」


 三人は押し黙ったまま。


「特に説明もないようですので、失礼させていただきます。さあ、アイリーン。行こうか」


 レオは耳元で「立てる?」と囁き、私が頷くと抱え込むようにして支えてくれた。


 ふらふらと覚束ない足取りで歩く私の頭の中は、彼のことでいっぱいだった。



 アラスター・クオーツ侯爵令息。


 まだ出会っていない、最後の登場人物だ。


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