それは、どういうこと?
「やあ、私の愛しいリニー。元気だったかな?」
ふわりと広げられた両腕に、私はつい嬉しくなって思いっきり飛び込んでしまった。
「お久しぶりです、お父様!!」
「あはは。リニーはいつでも可愛いね」
久しぶりに会う父との抱擁は最高の安定剤だ。最近の不安や苛立ちもすぅと消えてしまった。やはり父の力は偉大である。
「お母様はお元気でしたか?」
「ここに来る前に寄ってきたが、元気そうだったよ。でもリニーと離れているから寂しがっていたかな」
「ああ、お母様。私も寂しいわ……」
父の胸にグリグリと額を擦り付ける。
レオと魔法具店に行った後、家に戻ると父が帰ってきていた。
本当に久しぶりに会った気がする。
父は仕事柄、様々な場所を転々としている。母は伯爵家の領地におり、以前は私もそちらにいたのだが、学園に通い始めてからは王都にあるこのタウンハウスに私だけで暮らしていた。
父は仕事の報告がある時にだけ、この屋敷を使う。
「どこか寄り道でもしてきたのかな?」
私の行動はすべて報告が上がっているだろうから、きっと知っているはず。
にこにこと微笑んでいるが、私が本当のことを話すか不安なのかもしれない。
「ええ、お友だちとお店に寄っていたわ」
「お友だち、ね」
それがガーネット伯爵家の息子であることも調査済みだろう。
「どんなお店だい? 今度、私も連れて行ってくれないか?」
私は考え込んでしまった。あのお店はレオがいないと入ることはおろか見つけることさえできない。以前レオが言っていたとおり、今日の場所は前回の書店の向かいとは違っていたのだから。
「ごめんなさい。私は場所を知らないの」
「なるほど? それで消えてしまったんだね」
「えっ……? 消えた?」
(――誰が? 何が?)
私が不思議に思って首をかしげると、父はきょとんとした顔で私を指さした。
(そうか! 魔法具店に行ったとき、私の付添がお店に入れなかったんだ。一回目は無事に戻ってきたとはいえ、二回も私の消息がわからなくなったから、お父様が直接確認しに来たのね!)
「あ……あの、お父様……」
「大丈夫だよ。私も直接調べたから」
父は私の頭にポンポンと手を置いた。
「入学してまだ数日だというのに、随分不快な思いをしたみたいじゃないか」
私の後ろに束ねられた髪にサラリと触れてから、眼鏡を抜き取る。束ねた髪は解け、眼鏡は父の手の中に収まり、私は本来の自分に戻る。
「まあ、私の娘は美しすぎるからな。これだけしてもまだ不安ではあるが」
父はこの眼鏡が魔法具だと気づいている。私がこれを使っている理由もわかっているのだろう。
「レオ……レオナルド様は私を助けてくれたの」
「わかっているよ」
――にっこり笑っているけど、本当にわかってるのかな……
「あの店はガーネット伯爵家が経営しているからね」
「え……?」
「今日の買い物はロードナイト伯爵家からガーネット伯爵家へ支払いを済ませたよ」
(――え、どういうこと? あの魔法具店はレオの家の店だったってこと?)
「おや、知らなかったのかい? ガーネット伯爵家の家業は魔法石と魔法具の管理、販売なのだよ。リニーのお友だちは教えてくれなかったのかな?」
私は小さく首を振った。
レオはそんなこと、一言も言ってなかった。確かにまだ出会って数日だし、私だってすべてを話しているわけじゃない。だから仕方がない。――と、思おうとしているけど、何だか少し残念で、寂しく思っている自分がいた。
友だちだから言ってほしかった。父からではなく、レオの口から直接聞きたかった。私が勝手に裏切られた気持ちになっているだけなのはわかっている。それでも――
私は部屋に戻ると、綺麗に包装された包みを開く。箱の中には深い緑色をした石が光っていた。
角度によって黒く陰るその石はまるで自分の心の中を映しているようで。
「こんなに濃い緑のガーネット、希少価値が高いのに……この世界では違うのかな」
なんでレオはこれを私に選んだのだろう。
父の言っていることが本当であれば、レオは石にも詳しいはずだ。魔法石を扱うことのできる家柄だし、あの魔法具店がガーネット伯爵家の経営する店なら、取り扱っている石のことは把握しているはず。
「……あっ!!!」
私はレオに選んだ石のことを思い出して悶絶した。
好きな石を、と言われて、とっさに選んでしまったあの石は――私が前の世界で大切にしていた石と同じレッドガーネットだった。
『“変わらぬ愛”なんて素敵だよね』
『“一途な愛”って意味もあるみたいだよ』
『私も……パパとママみたいに“たった一人の人”から貰えたらいいな』
『それなら、僕がいつか緑色のを贈るね』
『いいの? でも緑は高いんだよ!』
『じゃあ、交換しよう? 君が持ってる赤いのと』
『うん! 約束、ね!』
『わかった。約束するよ!』
――あれ? これは……いつの記憶?
◇
「リニーは随分気に入られているようだね」
ガーネット伯爵家が経営する魔法具店からの請求書に記載された商品名を見て、ロードナイト伯爵は溜め息を吐いた。
アイリーンが突然姿を消したと連絡が入り、その後所在は確認できたものの、念の為とすぐこちらに向かっておいて良かったと思っている。
今日も同じくらいの時間帯と場所で、アイリーンの消息がつかめなくなった。直接調査してみれば、ガーネット伯爵家の馬車に乗り、その息子と一緒だったということがわかり、おおよそ場所の見当はついた。
アイリーンの様子は逐一報告されている。フレデリック殿下やジルコニア公爵令息、ジェイド伯爵令息との間にあったことも把握している。もちろん、ガーネット伯爵令息とのことも。
できれば誰とも関わりを持ってほしくないのだが、学園に通うのは貴族社会において義務に近い。ましてや伯爵家ともあれば、通わないという選択肢はありえない。子どもの頃の社交は親や家門のためという認識で控えることはいくらでも可能だったが、学園だけはそうもいかなかった。
渋々送り出したというのに、王家や公爵家令息からのあまりに一方的で無作法な振る舞いに、仕事の報告より先に抗議しようと考えていたところだった。
「イヤーカフ、ね」
これを贈る意味は――“あなたを護りたい”。
ガーネット伯爵令息がアイリーンのことを護りたいと思ってくれているのはありがたい。我々では学園内は見守ることしかできないから。
ただ気になるのは――はめ込まれた石の方だ。
請求書には“レッドガーネット”と記載されている。ガーネット伯爵家を思わせる石であり、“一途な愛”を表す石。それをアイリーンに贈ったとなると、今後、ガーネット伯爵家との付き合いも変わってくる。
こちらで支払っているとはいえ、あちらで用意されたもの、ということに変わりはないのだから。それが彼の意向、という意思表示だ。
「さて――どうするべきか……」
ロードナイト伯爵は口元に手を当てると、執務室の机をトントンと指で弾いた。
請求書の記載は間違っていません。
レオは自分の分だけを請求しました。
アイリーンの分はレオが支払い済みです。
伯爵様が色の違いに気づくのはまだ先です。
 




