君とした約束 〜レオナルド視点〜
昼休み。カフェテリアで食事をしようと席を探していた時、突然周囲がざわつき始めた。
何事かと思って辺りを見回すと、普段この場所では見かけない顔ぶれが、まるで誰かを探しているかのように目を配らせながら歩いている。
美麗な面々に女子生徒たちからの甘い吐息があちらこちらで聞こえていた。
僕には関係のないことだ、と背を向けた瞬間、ざわめきが大きくなる。
振り返ると三人は一つのテーブルを囲み、その席に座っていた生徒を移動させた。ただ一人を除いて。
(――あれは……アイリーン?)
例え目立たない魔法具をつけていたとしても、ピンポイントで視線が集中してしまえば、その効果は発揮されない。
いったん集まった視線は散らすことができず、彼女はうつむいて唇を噛み締めていた。
僕は自分が目立たないようにしてきたことも忘れ、彼女へと一直線に向かっていった。
その後、二人とも黙々と食べることだけに集中し、早々と席を立った。
アイリーンが考えていることは言わなくてもなんとなくわかった。何せ僕らは互いに“目立ちたくない”という同じ目的を持っている、いわば同士のようなものなのだから。
「本当にごめんなさい!」
教室に戻ってくるなり、アイリーンは僕に深く頭を下げた。僕は首を横に振る。
「別に気にしなくて大丈夫だよ。アイリーンが困っているように見えたから、僕が声をかけたわけだし」
自分でも驚いている。普段の僕だったら関わらないよう、むしろ気配を消して、そっと背を向けていただろう。それなのに、僕の足は自然とアイリーンに向かっていたのだから。
「ちょっと聞きたいのだけど……私の眼鏡、ちゃんと働いているかしら? レオさえ良ければ……もう一度、あのお店に連れて行ってくれない? 今度は私からお詫びがしたいわ」
魔法具の機能としては悪くないものだとは思うが、学園内で使うことを想定すると声をかけたり、視線が集中したときにまで影響が出るのは望ましくない、と思って選んだのだけれど――
「僕は構わないけど……本当にいいの?」
あの三人にアイリーンが絡まれているところをみるのは不快だが、何より彼女が僕以外の友人を作ろうと積極的に動いていることもなんとなく嫌だった。
「もちろんよ」
にっこりと僕だけに向けるいつもの微笑みに、僕は「わかった」と頷いた。
きっと――君は本当の意味をわかっていないと思うけど。
アイリーンは安心したように、ホッと胸を撫で下ろした。僕が放課後の予定を聞こうと口を開いた瞬間、ガラリと教室の扉が開き、カイルスが入ってきた。
「ガーネット伯爵令息と随分仲がよろしいのですね。先日も一緒にいらっしゃいましたし」
何だか嫉妬しているかのようにも取れる態度と言動に、一瞬イラッとして眉を顰めた。
「ええ、そうですね。最初にお友だちになってくださった心優しく礼儀正しい方ですわ」
アイリーンのその一言で、僕の眉間のシワは一瞬にして消え去り、カイルスの悔しそうな顔を見て、緩みそうな口元を必死に結んでいた。
◇
なるべく急ぎたいというアイリーンの希望もあり、もともと誘おうと思っていた放課後の予定が埋まる。
「この前の眼鏡より強力なものがほしいんだよね?」
店に着くなり、前回より強力な作用のある魔法具で身に付けられるものを選定し始めると、隣にいたアイリーンが口を開いた。
「私のよりも先にレオへの贈り物を選びたいのだけれど……」
実は、概ね目をつけていた魔法具があったのだが、それを勧めるにはどうにかして理由をつけなければと思っていた僕は、これ以上ないアイリーンからの提案に嬉しくなり、思わず口角が上がる。
「じゃあ、僕が自分で選んでもいい?」
「もちろんよ!」
しばらく店内を歩き回り、魔法具を選んでいる素振りをしながら、お目当ての品の前でピタリと足を止めた。そして、彼女を呼ぶ。
「アイリーン、これはどうかな?」
「これは――イヤーカフ?」
「そう」
好きな石をはめ込めるよう穴が空いた一対のイヤーカフ。そのうちの一つだけをアイリーンに見せた。
「アイリーンに入れる石を選んでほしいんだけど……いいかな?」
はめ込むことができる石の一覧表をアイリーンに手渡すと、彼女は胸に手を当てて、少し考え込んだ。
「難しく考えなくて大丈夫だよ。アイリーンが好きだと思う石を教えて?」
アイリーンは一覧表の中から一つの石を指さした。
(――そうか、やっぱり君は……)
僕は一瞬、短く息を吸い、すぐ口元を綻ばせた。
「それにするよ。ありがとう、アイリーン」
彼女が選んだ石は――レッドガーネット。
僕がガーネット伯爵家の息子だから、という単純な理由かもしれないが。でも僕の計略はこれからだ。
「あの……アイリーン」
憂い顔を浮かべながら、僕はアイリーンにもう一つのイヤーカフを差し出した。
「僕が気に入ったイヤーカフだけど……これ、かなり強力な認識阻害作用がある魔法具なんだよね」
「えっ?」
「つまり――僕とお揃いってことになっちゃうんだけど……嫌かな?」
申し訳なさそうにうつむいてみせると、アイリーンは思った通り、首を横に振った。
「嫌じゃないわ。むしろ一緒でいいの? 私とお揃いだとレオの迷惑にならない?」
一緒が嫌だと拒否されなかったことに安堵し、他にはないと知りながら眼鏡より強力なものを探した。
他にはないということをアイリーンに確認させて、対となるイヤーカフを互いに一つずつ、持てることになった。
「これがいいんじゃないかな」
アイリーンが身につける石は僕が選びたかった。
「朝露が太陽の光を浴びて輝いているみたいで、元気が出そうでしょ?」
緑色に輝くグリーンガーネット。
対のイヤーカフには、対の石を。
ねえ――君は覚えている? 僕とした約束を。
君は気づいているのかな。イヤーカフを贈り合う、その意味を。
何だか……レオが……すみません。
 




