むしろ、私と一緒でいいの?
「本当にごめんなさい!」
先日同様、深く頭を下げていた。
昼休み真っ只中。大半の生徒が食事中の今、教室には私たち二人だけということも幸いし、しっかり謝る機会ができた。
レオは小刻みに首を横に振った。
「別に気にしなくて大丈夫だよ。アイリーンが困っているように見えたから、僕が声をかけたわけだし」
(あなたは神か何かですか? さながら主人公を助ける救世主のような存在なのでしょうか?)
見た目はモブっぽいのに絶妙なタイミングで現れるレオに、これも主人公チートの一種なのでは、と首をひねった。
疑問に思うこととしては他にもある。
「ちょっと聞きたいのだけど……私の眼鏡、ちゃんと働いているかしら?」
カフェテリアで同席しようとしていたグループは、私から声をかけることによって気づいてもらえたし、朝の登校時も、教室に入る時も、初日ほど目立ってはいない。ただし――カイルスを除いて。
そして、極めつけは先ほどカフェテリアでフレデリック殿下たちに見つかったこと。
あんなにたくさんの人の中から私を見つけるなんて、眼鏡をかけていなくても困難だろう。それなのにいとも簡単に見つかってしまった気がする。
レオには全然気がつかなかったのに。
「レオさえ良ければ……もう一度、あのお店に連れて行ってくれない? 今度は私からお詫びがしたいわ」
巻き込んだお詫びの贈り物と、レオがつけているような強力でさらに目立たなくなるものを探したい。
「僕は構わないけど……本当にいいの?」
目立ちたくないのに、王族や公爵家に絡まれている私に巻き込まれて迷惑かけたのだから、そんなに遠慮しなくていいのに。やっぱり――相当高価なのかな?
「もちろんよ」
ロードナイト伯爵家はちょっと特殊な家柄なので、正直お金に困ることはない。少しくらいお値段が良くても購入は可能だ。
レオがわかった、と頷いたのでホッと胸を撫で下ろしたところで、ガラリと教室の扉が開き、カイルスが入ってきた。
「ガーネット伯爵令息と随分仲がよろしいのですね。先日も一緒にいらっしゃいましたし」
「ええ、そうですね。最初にお友だちになってくださった心優しく礼儀正しい方ですわ」
(――あなたがたと違って、ね)
嫌味にも取れるような言い方をあえてしてやると、カイルスはグッと唇を結んで視線を落としていた。
◇
もう絡まれるのは勘弁してほしいので、私たちは早々に魔法具店に向かうことにした。
美しいもの好きで早く拝みたいという気持ちも大きかったのだが。
「この前の眼鏡より強力なものがほしいんだよね?」
私はレオの問いかけに頷いた。でもその前にレオへのお詫びを選びたい。
「私のよりも先にレオへの贈り物を選びたいのだけれど……」
レオは嬉しそうに口角を上げる。
「じゃあ、僕が自分で選んでもいい?」
「もちろんよ!」
本人がほしいと思うものを贈ることができるなら、本望である。何より、間違いない。
「アイリーン、これはどうかな?」
しばらく店内を歩き回っていたレオが手招きして、私を呼んだ。
「これは――イヤーカフ?」
「そう」
石をはめ込めるように穴が空いている。
「アイリーンに入れる石を選んでほしいんだけど……いいかな?」
はめ込める石の一覧表を渡されると、なぜかドクリと鼓動が速くなった。
――なんだろう……この感覚。
昔懐かしい感じと、思い出せない胸の高鳴り。私は――この感覚を知っている?
思わず胸を抑え、考え込むと、レオが私の顔を覗き込んだ。
「難しく考えなくて大丈夫だよ。アイリーンが好きだと思う石を教えて?」
ハッと我に返り、レオが手にしている一覧表の中から一つの石を指さした。
レオは一瞬、短く息を吸い、すぐ口元を綻ばせた。
「それにするよ。ありがとう、アイリーン」
口元でしか判断はできないが、喜んでいるであろうレオの反応にこちらまで嬉しくなる。
「あの……アイリーン」
先ほどまで喜んでいたレオが突然、気まずそうにこちらを伺ってきた。私が首をかしげると、もう一つ、イヤーカフを差し出す。
「僕が気に入ったイヤーカフだけど……これ、かなり強力な認識阻害作用がある魔法具なんだよね」
「えっ?」
「つまり――僕とお揃いってことになっちゃうんだけど……嫌かな?」
レオは申し訳なさそうにうつむく。もともと真っ黒な前髪で顔の半分が隠れているから余計に落ち込んでみえる。
私はぶんぶんと首を横に振った。
「嫌じゃないわ。むしろ一緒でいいの? 私とお揃いだとレオの迷惑にならない?」
心配なのはレオの方だ。今日だってカイルスに変な誤解を与えてしまい、迷惑をかけてしまったのに。そのお詫びで贈ったものでさらに迷惑をかけるわけにはいかない。
他に眼鏡より強力なものを探してもらったのだが、やはりそのイヤーカフしかなかった。
石をはめ込むことができるだけのシンプルなものであるし、どこにでもありそうなありふれたデザインだから、パッと見ただけではお揃いかどうかなんて判断できないだろう。それに、そもそも認識阻害の魔法具なのだから、見破られるとは考えにくい。
ということで、レオと同じものを買うことにした。さすがにはめ込む石は変えることにしたけれど。
「これがいいんじゃないかな」
どうしても選びたいと譲らなかったレオが指さした石を見て、私は息を呑んだ。
「朝露が太陽の光を浴びて輝いているみたいで、元気が出そうでしょ?」
レオの唇が満足そうに弧を描く。
(レオは――石に詳しくないのかな?)
この店も本来は魔法具の店であり、石がメインの店ではない。先ほども私に石を選ばせたし、書店で鉱石の本を見た時も首をかしげていたくらいだから、石に詳しいわけではないのだろう。一覧表にも石の名前は載っていなかった。だから、あの石を選んだのに理由があるわけじゃない。きっと、偶然だ。
レオの選んだ石は――グリーンガーネット。
私がレオに選んだ石の色違い、だった。