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小心者の悪役 〜ディアーナ視点(前編)〜

基本的にディアーナ視点ですが、ジルコニア公爵様の視点もまざります。


 ディアーナ・ジルコニアは公爵家に生まれた令嬢で、大変甘やかされて育った。

 五歳の誕生日を控えたある日、彼女はいつものように我儘を言い始めたのだ。


「前の誕生日より大きなプレゼントがほしいわ。お父様、お母様、領地にある鉱山から大きな宝石を取ってきて。今までに見たこともないくらい大きくて美しいものを」


 ジルコニア公爵と夫人は可愛い一人娘のため、保有している鉱山の人手を増やし、どうにか彼女の願いを叶えようとした。


 やっと授かった愛おしい娘。


 ジルコニア公爵夫人は体が弱く、なかなか子どもを授かることができなかった。何度も医師に診てもらい、体に良いといわれる魔法具にも縋った。そうしてやっとの思いで生まれたのがディアーナだった。


 もともと体が弱かったこともあり、次の妊娠は望めず、公爵夫妻のディアーナへ向ける愛情はさらに深くなっていった。


「見つかった……! そうか!」


 ジルコニア公爵は領地から来た報告に、思わず拳を握りしめた。


 しかし、問題があった。王城での公務があり、今はここを離れられない。愛する娘への贈り物を他の誰かに任せるわけにもいかない。屋敷の者たちを信頼していないわけではないが、何しろまだ名のついていない鉱石で、その大きさからしても、王家によって鑑定、承認登録しなければ、保険もかけられない状態だったからだ。


「大丈夫よ、私が行ってくるわ。私たちの愛する娘の願いだもの。私にも叶えさせて」


 ジルコニア公爵夫人が直接領地へ出向き、その鉱石を受け取りに行くこととなった。


 数日後、ジルコニア公爵の元には――美しい虹色の光を放つ鉱石だけが無事に戻ってきたのである。


 漆黒の棺に収められた愛する妻。


(――どうして、こんなことに……)


 棺の中の妻に、すがりつき泣きじゃくる娘の容姿は――自分に似ていた。

 透き通るような銀髪に、黄金色の瞳。


 金髪碧眼だった妻とほんの少しでも似ているところがあったなら。もっと愛せていたのかもしれない。

 娘の悲しむ姿はまるで自分を見ているようで。公に悲しむことができずにいる自分の、心の奥底を映しているようで。

 感情を素直に表現できる娘に苛立ちを覚えた。


 それからのジルコニア公爵家は一変した。


 娘の傲慢さはさらに拍車がかかり、残虐性をも含むようになった。ジルコニア公爵は、そんな娘に興味がなくなったのか、黙認している。


 そして――最悪の誕生日を迎えた。


 綺麗にカットされ、宝石として承認された鉱石は『月の光』と名付けられ、ディアーナの五歳の誕生日にお披露目される予定だった。


「拾いなさいよ!!!」


 ジルコニア公爵家の美しい庭園に少女の甲高い声が響き渡る。


「あなたが生涯かけても手にすることのできないものを拾わせてあげるっていってるの! そこに跪いて、丁寧に拾い上げなさい!」


 少女の前には侍女がうつむき、体を震わせていた。ガクガクと崩れ落ちるように跪き、美しい輝きを放つその宝石をそっと拾い上げようと手を近づけた瞬間――


 ――ガンッ


 鈍い音とともに侍女の頭が芝に埋まる。


 シン、と静寂に包まれた庭園で、少女のクスクスと笑う声だけが響いた。


「誰が素手で触っていいって言ったのよ」


 大人の手のひらほどの大きさの足が、侍女の後頭部を踏みつけている。


 わずか五歳の少女が微笑みを浮かべながら、侍女の頭にグリグリと低いヒールを擦りつけるその光景に、その場の誰もが声を失った。

 今、目の前で起こっていることが現実なのか、それとも夢なのか、と。


 昨夜降った雨のお陰で地面は柔らかく、幸いひどい怪我には至っていないようだが、呼吸するのには困難だった。


 泥で口と鼻を塞がれた侍女に限界が訪れる。


 侍女がガバリと頭を上げると、まだ大人の半分ほどしかない少女はいとも簡単に飛ばされた。


 ――ゴンッ!!


 宙を舞った少女は不幸にも石畳に後頭部を強く打ちつけ、意識を失ったのである。





 爽やかな風が頬を撫でる。瞼の上からでも感じる光にぎゅっと力を入れた。


 ゆっくり目を開くと、見慣れない天井。


 ここは、と考えた瞬間、頭が割れるように痛みだし、()()()()出来事すべてが流れ込んできた。


 それは――この世界で生を受ける前のものも。


 気がついたら、以前生きていた世界で大好きだった本の中の悪役令嬢ディアーナに転生していた。


 あんなに大好きだった物語の世界に、せっかく転生できたというのに。主人公アイリーンではなく、よりによって大好きなフレデリック王子に断罪される悪役令嬢だなんて。


 絶望を感じながらぼんやりと天井を眺めていると、部屋に誰かが入ってきた。


「お、お目覚めになられたのですね! ただいま医師を呼んでまいります!」


 侍女らしき人が恐怖に怯えた表情を浮かべながら、慌ただしく飛び出していった。


「まあ、そうなるよね」


 何時間寝ていたかはわからないけれど、気を失う前のディアーナは酷かった。あんな光景を毎日のように見ていれば、私に対しての恐怖心が先に立つのも理解できる。


 私は小さく溜め息を吐いた。


 その後、医師が診察してくれ、後頭部は少々の腫れのみで特に心配はないとのことだった。


「あの……私が倒れた後、誕生日パーティーはどうなったのかしら……?」


 身の回りの世話をしてくれていた侍女に、恐る恐る聞いてみる。

 前の世界の分、多く生きている私からすれば、恐ろしいほどの失態。それをあんなに多くの人たちに目撃されていたのだから。

 恥ずかしすぎて、もう二度と会えない。それどころか、参加していた人たちは皆、もう私には会いたくもないだろう。


 そういえば、あの場にフレデリック王子も招待されていたはずだ。


(――終わった……)


 あんな姿を見れば、好きになってもらえるわけないだろう。むしろ、嫌われたに違いない。


 公爵令嬢として王家との交流があり、何度もフレデリック王子には会っていたが、好きが裏目に出て、彼を困らせてばかりいた。


 結局、自分でトドメを刺したのだ。


(でも――よく考えれば、彼の婚約者にならなければ断罪されないのでは?)


 主人公のアイリーンに嫉妬し、彼女にひどいことをするから断罪される。それなら、フレデリック王子と婚約せず、彼と距離をおいて、彼女に嫉妬してしまうほど好きにならなければいい。


 フレデリック王子との関係をこれ以上進めないためには――まず、父であるジルコニア公爵との関係改善に努めよう。

 私が目覚めてから、まだ一度も会いに来ていない。大切な娘であれば、駆けつけてくるはずなのに。そうしないのは、関係が悪化しているからに違いない。


 一刻も早く公爵と仲良くなり、王子との婚約を回避し、ディアーナを蔑む義兄が養子にならないようにしなくては。


 私は、怯えながらも私の質問に答えてくれた侍女に「ありがとう」と優しく微笑んだ。


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