アルカディア王国へ
マリー&ルーナ回です。
アルカディア王国に向かう馬車の中。
ルーナは前の世界での記憶が戻った後に思い出したことを話し始めた。
「私が書いた物語の始まりは――アルカディア王国だったの」
前の世界で子どもだった頃、ルーナは弟と物語を創造して遊んでいた。
弟を主人公に見立てた物語で、異世界に転移した主人公が神様から加護をもらい、魔法が使えるようになるというもの。
その異世界がアルカディア王国だった。
魔法と神の守護があるアルカディア王国。
その世界で主人公が新しい仲間と共に魔法を磨き、魔獣を倒し、国を護るという、いわば冒険物語だ。
「それをある人物が書き換えたの」
「ある人物?」
「ええ。私たち――この世界に転移する前の私と、転生する前のアイリちゃんとレオくんを殺した犯人」
「それってつまり、エスメラルダ王妃ってこと?」
ルーナは小さく頷いた。
「書き換えたって……どんなふうに?」
「私の弟が物語を書いたノートを落としてしまって。それを見つけたのが彼女だった」
養護施設で暮らしていた二人は、高校を卒業したら施設を出ていかなければならなかった。
ルーナは働いていけば何とかなるだろうと思っていたが、二学年下の弟は違った。
姉が出ていくことに、そして、先の見えない将来に不安を抱いていた。
そこにノートを拾った彼女が現れた。
彼女は耳当たりの良い言葉で巧みに弟をそそのかした。絶対に話題になる、お金になる、と。
当時、中学生だった弟は彼女に言われるがまま、契約を結んでしまった。
「今考えれば、年齢的にも契約解除ができたのだろうけど。もちろん、その時はまだ子どもだったから」
無知って怖いね、とルーナは悲しそうに笑った。
「それに私は反対だったから、弟とは衝突してしまって……お互い思春期ってこともあって、その頃にはもう話すこともなくなっていたの」
物語の主人公は女の子に変更されてしまい、出てくる登場人物はそのまま、恋愛を中心としたものに書き換えられた。
発売された書籍は中学生が作者ということもあり、瞬く間に売上を伸ばした。
その上、当時流行っていた乙女ゲーム化も決まり、さらに弟の知名度は上がっていった。
「私には何もできなかった。目まぐるしく変わる周囲の状況に弟は心と身体がついていけず、悩み苦しんでいたのに」
乙女ゲームが爆発的な人気になったことで、彼女は弟に第二作目の制作を持ちかけた。
「けれど、弟は断ったと聞いたわ。もう自分の名前を使わないで欲しい、って」
高校に進学するタイミングですべてをリセットし、自分の生活を元に戻そうとしていた。
その矢先、弟は事故に遭って亡くなった。
「…………!!」
マリーは息をヒュッと小さく吸い込んだ。
「説明が長くなってしまったけど、アルカディア王国があの本かゲームの世界かもしれないと思って、思い出した時に調べてみたの。でも、出てくる貴族の家名は一致していたけれど、名前が登場人物たちとは違っていたわ」
「乙女ゲームでいったら――アシェルは絶対攻略対象になってるわね」
顎に手をかけ、うーんと唸っているマリーにルーナはクスリと微笑んだ。
「ふふっ、大丈夫よ。アシェルはあなたにしか攻略できないから」
「そうかしら……? ほら、アシェルはイケメンだし優しそうに見えるでしょ?」
「ええ。でも本当に優しいのはあなたにだけなのよ」
ルーナは学生時代を思い返していた。
アシェルの見た目は柔らかいが、身に纏うオーラは真っ黒だ。マリーの前では抑えているだけで。
馬車の中は思い出話に花が咲いていた。
アルカディアに着くまで、一週間以上かかる。話す時間はたっぷりあるが、気持ちは焦る。
「まずは、私が懇意にしていた魔法具店に行ってみましょう。何か知っている情報があるかもしれない」
「私は引き続き、アシェルと連絡を取ってみる。いざという時は、私が直接アシェルのところへ行けばいいのよ!」
どんな時でも前向きに考える、超ポジティブ聖女様はとびきりの笑顔を見せた。




