物語の共有と情報整理
レオナルド視点です。
「マリー様。アイリーンの部屋に行く許可をいただけませんか」
「それは構わないけど……どうして?」
「マリー様に見ていただきたいものがあるのですが。恐らくアイリーンの部屋にあるはずなんです」
「わかったわ。場所を移しましょう」
あれがあれば僕ももう一度しっかり確認できるし、ルーナさんにも意見を仰げる。
アイリーンの部屋へ移動し、目当ての物をベッドの横にあるサイドテーブルで見つけた。
たぶん、自分の手元に戻ってきてから毎晩のように読み返していたのだろう。アイリーンがしそうなことは大体見当がつく。
僕はルーナさんからアイリーンに返してもらった本をアイリーンママに手渡した。
「これがルーナさんの書いた物語です」
「え、これが……!」
「マリーも読めるでしょ? この文字」
この世界の文字で書かれていないため、この世界の人間には読むことはできない。
この家の使用人にも、もちろんアイリーンパパにも。
アイリーンママは表紙をめくった。
「読めるわ」
そう一言、呟いてから、読み始めた。
アイリーンの部屋が静寂に包まれる。
この部屋の主人が帰らなくなって二日経とうとしているのに、まるでさっきまでいたかのようにその存在を感じる。
(アイリーンは今、どうしているんだろう……)
もうすでにあの魔法具を付けてしまっていたらと、そう考えるだけで胸がざわつく。
嫌な予感はしている。当たらないでほしいと祈っている、けど。
なぜ記録のない“対”の魔法具の片方しか、父には“探知”できなかったのか。
そして、なぜ僕らの魔法具だけ、父が“探知”できないのか。
その理由は多分、僕らが転生者だからだ。
前にアイリーンパパが言っていた。
『私の魔法の影響を受けない人物がいた』と。
あの時は、ディアーナが転生者で元々物語の内容を知っていたからだと思っていた。
けれど、アイリーンママが転移者でアイリーンパパの魔法の影響を受けないとしたら。
この世界に転生、転移した者には魔法や能力は効かないのではないか。
その論理でいくと、“探知”の能力で見つけられない魔法具があるということは、もうすでに――
静寂を破るように、パタリと背表紙が閉じられた。
「読み終わったわ」
アイリーンママはスゥーッと大きく息を吸い込むと、ルーナさんにニッコリと笑いかけた。
「すっごく美しくて、とってもキラキラしてて素敵な物語ね!」
先ほどのようにルーナさんの手を両手で握りしめ、上下にブンブン振っている。
「ああっ! こんなに素敵な物語の主人公が私の娘だなんて……本当に最高!!」
ルーナさんは「あ、ありがとう」と少し引きながら――いや、控えめにお礼を言った。
「お二人に見てほしいところがあります」
興奮冷めやらぬアイリーンママの前に置かれた本を手に取り、パラパラと頁をめくる。
僕はある挿絵を見せながら指差した。
「恐らくこれがガーネット伯爵家の探している魔法具だと思います」
その挿絵は跪いたフレデリック殿下がアイリーンの手を取り、『アイリーン嬢。どうか、私の妃になってほしい』とプロポーズする場面を描いたもの。
挿絵の中のアイリーンの指には薔薇が象られた揃いの指輪が光っている。
「覚えたわ」
アイリーンママの顔から笑みが消え、声のトーンが低くなる。
「レオくん。明日の朝、早めに例の魔法具を持ってきてくれるかしら」
「視覚誤認の魔法具ですね」
「ええ。それを使って私はルーナと一緒にこのピアスとその指輪の出処を探るわ。アルカディアには色々と伝もあるし」
「お願いします。僕は引き続き王城でもう片方の魔法具とアイリーンの行方を捜索します」
王城内を自由に歩ける許可証を胸ポケットから半分だけ出して見せると、アイリーンママは目を細め表情を和らげた。
「アイリーンのこと、頼んだわね」
「はい。必ず取り戻します」
◇
予定通り、翌朝早くロードナイト伯爵家にいくつかの魔法具を持っていった。
アイリーンママはルーナさんと同じペンダント型のものを選ぶと、すぐにアルカディアへと出発した。
僕はこの後、一度ガーネット伯爵家に戻り、準備をしてから、王城に行く――つもりだった。
「坊ちゃま」
まさに今、馬車に乗ろうとしていた僕を老執事ジャスパーが呼び止めた。
「じいや、どうした?」
「ガーネット伯爵家より早馬が参りまして」
ジャスパーの額には汗が滲み、息も少し上がっている。もういい歳なんだから、あまり無理をしないでほしい。
「ガーネット伯爵家の邸宅に戻らず、直接、王城へ出向くようにと。こちらを」
「え……?」
手渡された父からの手紙には王家から僕だけが呼び出されたということが書かれており、その呼出状の原本が同封されていた。




