最悪な可能性
レオナルド視点です。
ゆっくり話をするため、サロンへと移動する。
その途中でルーナさんの足の怪我に気がついたアイリーンママは回復魔法を使い、あっという間に治してしまった。
ロードナイト伯爵家のサロンはその季節に合った色とりどりの花で溢れ、ほのかに懐かしい香りが漂っていた。
この香りを嗅ぐと冬の訪れを感じる。
僕とアイリーンがこの世界で出会ってから、すでに半年以上経っていたのだと実感した。
「さあ、座って」
僕とルーナさんが席に着くと、紅茶が用意された。
「あなたたちは下がってくれる?」
「かしこまりました」
給仕係を下がらせると、アイリーンママはテーブルの中央に置いてあった装飾品にそっと触れた。
「人払いはしたけど、一応念のため」
どうやら、防音の魔法具を使ったようだ。
「本当に、久しぶりね。ルーナ」
「うん。本当に……」
「元気だった?」
「ええ。何とか」
「そう、それならよかった」
二人は微笑み合う。
そんな和やかな雰囲気も、あっという間に終わり、二人の顔から笑顔が消えた。
「私の娘、アイリーンが王族にさらわれた」
アイリーンママは両手をグッと握りしめる。
「アシェルとも連絡が取れないの」
悔しそうに唇を噛み締める。
その表情も仕草もアイリーンにそっくりだ。さすが親子だけある。
それにアイリーンママの怒りは僕にも痛いほどよくわかる。
「マリー様。その件に関して、現時点でわかっていることを報告させていただいてもよろしいでしょうか」
「何か知っているの?」
「はい」
僕はここまでの経緯を話した。
記録のない魔法具があり、それが“対”の指輪であること。そして、そのうち一つは王城にあるということがわかっており、国王陛下に謁見したこと。その件に陛下は関わっていないということがわかったこと。
「その話とアイリーンに何か関係があるの?」
確かに最初は僕も父もアイリーンに関係があることだなんて思ってもいなかった。
「はい。王城でこちらを見つけました」
僕は父から預かり、先ほどルーナさんに鑑定してもらったばかりの魔法具をテーブルに置いた。
「これは……ピアス?」
アイリーンママが小箱の蓋を開け、中を確認した。
「素手で触らないほうがいいわ、マリー」
ルーナさんの忠告にピクリと反応し、そっと蓋を元に戻した。
「それは、傀儡魔法がかけられた魔法具よ」
「何ですって? この国では禁忌なはずよ」
「はい。それで、魔法具の鑑定をルーナさんにお願いしました」
僕とルーナさんがどうして知り合ったのか、ずっと疑問を抱いていたのだろう。
アイリーンママは首を捻った。
「ルーナとガーネット伯爵家には一体どういう繋がりがあるの?」
僕とルーナさんは顔を見合わせた。
ルーナさんは許可するように小さく頷く。
「ガーネット伯爵家との繋がりではありません」
「どういうこと?」
「僕とアイリーンが転生者だということはお話ししたと思います。そして、ここが前の世界で読んでいた物語の中の世界と同じだとお伝えしました」
「ええ、アイリーンが主人公の物語なのよね」
アイリーンママが頷くと、ルーナさんが「えっ」と声を上げ、僕の顔を見た。
「マリー様には僕らのこと、すべて話してあるので」
僕はルーナさんを安心させるように微笑んだ。
「ルーナさんと出会ったのは偶然でしたが、ルーナさんは僕らのことを知っていました」
「な、えっ? どういうこと?」
「その物語を書いたのが私だからよ」
ルーナさんは目を伏せ、小さく息を吐いた。
アイリーンママは驚きのあまり、目を見開く。
「え……? それなら、この世界が自分の書いた物語の中の世界だと知っていたの?」
「いいえ。それを思い出したのはマリーたちと離れてからだったから」
アイリーンママはスクッと席を立つと、バツが悪そうに斜め下を向いていたルーナさんの側まで近づく。
「私の娘が主人公の物語を書いた作者が、私の友だちだったなんて……すごい!!」
「……へっ?」
既視感のある光景。
アイリーンママはルーナさんの手を握り、「すごい!」を連呼している。
「超ポジティブ聖女様……」
「え? 何か言ったかしら?」
「いえ」
そうだった。前にその話をした時も、同じ反応をしたんだった。
同じことを思い出したのか、ルーナさんが「ふふっ」と笑い始めた。
穏やかな空気に包まれる。
しかし今は、できるだけ早く話を先に進めなければならない。
「僕らの出会いは、その時が初めてではありませんでした。前の世界でも一度、会っていたことがわかったのです」
二人は笑みを消し、真剣な顔で僕に視線を向けた。
「僕らは前の世界で、一緒に死にました」
「え……?」
「あの日。あの場所にいたのは、ルーナさんとアイリーンと僕。他にディアーナに転生した人。そして――僕らを殺した犯人」
ずっと、気づかないふりをしてきた。
頭ではとっくにその可能性に気がついていたのに。
「一緒に死んだ者がこの世界に転生、転移しているとしたら、あの犯人もこの世界にいるはずなんです」
ルーナさんに鑑定してもらった魔法具の入った箱を手に取る。
「ルーナさん。鑑定してもらったこの魔法具には王族の血が付いてましたよね」
「ええ」
「それはフレデリック殿下の血液で、魔法具を付けていたのは殿下でした」
ルーナさんはガタリと席を立った。
「その魔法具を殿下に贈ったのは――王妃殿下です」
ルーナさんの顔が青ざめていくのがわかる。
物語を知らないアイリーンママは理由がわからず、戸惑っているようだ。
「先ほど、アルキオネ侯爵がガーネット伯爵家に来ました」
「え? どうして……?」
「僕とアイリーンの婚約を解消させるためです」
「は? 何で……勝手に!」
アルキオネ侯爵がどのような立場の人間か知っているルーナさんは疑問を投げかけ、アイリーンの婚約を勝手に解消させられそうになったことを知ったアイリーンママは怒りに満ちた表情に変わった。
「物語の通り、フレデリック殿下とアイリーンを結婚させるためです」
「そんなこと、誰が……!」
「王妃殿下です。アルキオネ侯爵は王妃殿下の遠縁にあたります。アイリーンの養子縁組証明書もフレデリック殿下の婚約許可証も発行、署名は王妃殿下のものでした」
「私の娘を勝手に養子に出したっていうの!?」
アイリーンママは怒りを通り越して、呆れて物が言えない状態になっている。
「フレデリック殿下を傀儡化してまで王妃殿下が物語を修正しているとしたら、それは――彼女が物語を知っている、ということよね?」
ルーナさんは力が抜けてしまったように、ストンと椅子に腰を下ろした。
「はい。おそらく、王妃殿下が――あの時の犯人だと思われます」