9.自由
町から5kmほど離れたところで、廃屋の影から男が現れた。
中年の男はお腹を抑えながら、ヨタヨタと、私達に近付いている。
救いを求めるみたいに、腕を伸ばして、空を掴む。
そのまま、膝をついて、アスファルトの地面へ前のめりに倒れる。
牧師さんは男に駆け寄ろうとする。
銀がそれを止める。
「あの人を助けなければ」
「本気で言っているのか?」
私はそのやりとりを後ろから眺める。
「苦しんでいる人を放っておけない」
牧師さんは必死の声。
銀は牧師さんから手を放す。
牧師さんは躊躇わずに近付いていく。
「いいの?」
私はせせら笑う。銀はベルトからナイフを取り出す。
あら、あら。
楽しみ。
慈愛に溢れた正義の牧師さんは、どんな反応をするのかしら。
牧師さんが倒れた男に触れた瞬間、男は元気に立ち上がって、ナイフを牧師さんの首に当てた。
「何を」
「ほら、そこの二人、両手をあげな!」
それが、彼の最期の言葉。
彼は牧師さんを掴んだまま、後ろに倒れた。
私達の背後にひっそりと迫っていた男は、銀が振り向きざまに斧で首をはねた。
牧師さんは慌てて立ち上がる。
何が起きているのか、分からないみたい。
牧師さんは、自分を掴んだまま倒れて動かない男を振り払い、その姿を見て、叫び声を上げた。
おでこに銀の柄が生えている。
深々と刺さったナイフは、刃先が後頭部からはみ出ている。
慌てふためく牧師さんへ、私は近付いて、ぐっと抱きしめる。
「怖かったわね。よし、よし」
「な、な、何が」
「罠。外では、よくあるの」
牧師さんは少し落ち着いて、深呼吸した。そして、銀の後ろで頭と身体がお別れしている物体があることに気が付くと、また跪いて、地面に吐いた。
お気の毒。
いけない。仕事をしないと、また、銀に怒られる。
怒らせるのはいいけど、怒られるのは不快だわ。
男のおでこから生えている柄を掴む。
男の頭を何度も地面に打ち付けてナイフを抜こうとする。
「あら、抜けないわ」
男の顔を踏みつけて、両手で柄を掴んで思いっきり力を入れると、ようやくナイフが抜けた。
思い出したかのように、傷口から血が噴き出す。
噴水。豪華絢爛な見世物。鉄の匂いがわっと広がる。
牧師さんは吐き通し。
苦しそう。悲しそう。
でも、これが、自由なの。
覚えておいて。
自由の景色。自由の匂い。自由の味。
そんなに悪くないでしょう?




