8.夢
扉のない教会。
男が二人、ステントガラスからの日差しに照らされて、立っている。
小綺麗な格好の年老いた男が、青年に向かって、一方的に言葉を繋ぐ。
耳に届くのは、断片的な単語。
「大義……正義……人類の希望……神……」
私は笑みを浮かべる。
素敵。ふわふわとした、素敵な言葉。
空想で築かれた建物の中で、形のない言葉が並べられる。
全てが、嘘。全てが、虚構。何もかも、お芝居。
男は私達に気が付いて、深々と挨拶をする。
青年は私を見て、驚いた顔を見せる。
私は表情を変えず、笑顔のまま。
「牧師さん」
厳粛な面持ちの人々に見送られて、町の外へ出る。
緊張した様子の牧師さんは、周りの様子が気になって仕方がないみたい。
あなたは自由を手に入れた。
安全という名の檻から解き放たれた。
自由を手に入れた人々の反応は様々。
あなたは、きっと、不安、なのね。
「そんなに心配しないで」
私は優しい言葉を投げかける。
「外は、慣れたら、楽しい所よ」
硬い表情は崩れない。彼は小さく「ありがとう」と呟いた。
私は「そうよ」と笑う。
「前、送り届けようとした人は、途中で死んでしまったけれど」
青年の歩みが止まる。
「なん、なんで、死んでしまったんだい?」
「ビルから身を投げたの。ある朝目を覚ますと、急に叫び出して、窓から飛び出した」
鳥になる夢でも見ていたのかしら?
それとも、旅が始まって数日で、人生が嫌になった?
コンクリートに叩き付けられた身体は四方八方に飛び散って、見事だった。
私は彼の身体の傍に屈んで、拍手した。
頭は潰れて、手足は身体から伸びた赤い線の先に飛んでいた。
まるで抽象画。芸術作品。
私は思い出作りのために、吹き飛んだ手足を身体の傍に並べた。
「何があったんだ?」
何があったか?
答えは砕けた脳髄の中。
「きっと、夢の続きが気になったのよ」




