6.甘い匂い
この教会は、人の支えだ。
僕は窓のステントガラスが作り出す数多の色の光の下で、祈る。
神を称える物も、捧げる物もない。
ただ木製の教壇と、無数に並べられた長椅子と、広い空間が広がっている。
それでも取り壊されていないのが、人間が神を信じている証だ。
祈りを終える。僅かな達成感と虚無の中、建物を出ようとした時、驚いた。
教会の長椅子の並び、その真ん中辺りに、人がいた。
僕は、神を見たと思った。
同じ年ぐらいの女性。
しかし、異様に、美しい。
僕が今まで見てきた人々、その全てと違う。
痩せても、太ってもいない。
黒い髪は長く、風に揺れ、鮮やかな美しい花を挿している。
皮膚は白く、黒い目は大きく、奇妙な服を着ている。
清潔感と栄養に溢れ、健康だと一目で分かる。
僕は彼女に見惚れていた。
彼女は、教壇の方角を見て、背筋を伸ばして座り、無表情。
ふと、僕の方へ向き直り、笑顔を見せた。
完璧な笑顔。
名のある絵描きが、頭を巡らし、時間をかけ、己の技術を全て投資して描いたような、笑顔。
「こんにちは、牧師さん」
聞き心地の良い、美しい声だった。
この時代で、このように、生きていられるのか。
「こんにちは。でも、僕は牧師じゃないんだ」
彼女は「あら、そうなの」と、驚いている様子もなく、呟いた。
牧師なんて高尚なものは滅びた。
誰もが知っている筈だ。
「見かけない顔だけれど、神を信じているの?」
僕の問いに、彼女は笑みを浮かべたまま、「どうして?」と首をかしげた。
「教会に来るんだから、神を信じているんだろう」
彼女は納得した様子を見せてから、長椅子の上で三角座りをした。
大胆にも、スカートから白い脚が露わになる。
僕は直ぐに目をそらす。
「神様は好きよ」
不思議な答えだった。
「でも、神様は私のことを嫌っているの」
神が嫌っている?
寧ろ、その容姿は、神に愛されている者に見える。
「なんで、そう思うんだい?」
彼女はクスクスと笑った。
「例えば、あなたが一生懸命に積み上げた石を蹴り飛ばす人がいたとしたら、
あなたはその人を嫌うでしょう?」
真意の分からない例え話。
彼女は確信しているようだった。
僕は首を横に振った。
「もう一度、積み上げれば良い」
僕が言うと、彼女は笑みを浮かべたまま、低い声で呟いた。
「へぇ、あなた、面白いのね」
彼女は立ち上がると、教会の外へ向かった。
外れた扉から外へ出る前に、僕の方へ向き直り、軽く手を振った。
彼女は、僕が慌てて手を振り返すのを見届けただろうか?
甘い匂いがする。
ふんわりとした匂い。
花のような匂い。
彼女の匂い。
人の匂いとは思えない。
僕は、何に出会い、何と話したのか、理解できないまま、しばらく立ち尽くした。