21.黄昏
黄昏時。日は落ち、東の空は暗く、西の空は赤い。
自然が生み出した美しいコントラスト。
この光景を見て、比喩としての黄昏という言葉を誰かが作った。
自分の時代が過ぎても、まだ何かを成せる。成さなければならない。
誰もが信じてる。儚い希望。
空を眺めて、私は歩いた。
芸術家さんの工房は、人目に付きにくい町外れにあった。
決して広くはない町の中で、人が寄りつかない場所。
それは基本的に危険な場所。どう危険なのかは場合によるけれど。
ここはかつて大きな工場だった施設。老朽化が進んで、今にも崩れそう。
芸術家さんはそこにいた。
私が芸術家さんを見付けると、彼は挨拶もなしに「こっちだ」と手招いた。
あからさまな焦り。早く、私に見せたい、という心。
芸術家さんは、施設の中の開き戸を開けて、私に入るように促した。
戸の中には階段。地下への入り口。暗くて、底は見えない。
「慎重に下りるんだ」
芸術家さんは言った。
言いながら、戸に鍵をかけた。
私は気付かないふりをして、階段を下りた。
数十段下りると、こもった空気を感じた。
底まで下りると、明かりがあった。電灯の明かり。貴重な電気。
地下の広い空間には、たくさんの道具が乱雑に置かれている。
けれど、一番目をひくのは、地下の壁そのものを使った大きなキャンパス。
赤い空、赤い炎、逃げ惑う人々を描いた、大きな地獄。
「これが、俺の赤だ」
芸術家さんは誇らしげに言った。
私は黙って絵を見詰めた。
工場の跡地の地下に彩られた地獄。
その赤は鮮烈で、引き付けられる美しさがあった。
けれど、
「赤色の絵の具は、もうない、と、言っていたわよね」
壁の傍には、赤い液体がなみなみと入ったバケツが並んでいる。
液体には何か浮かんでいる。
髪の毛とか、ピンク色の塊とか。
芸術家さんは微笑んだ。
「本当は血だけ抜き出せれば良いんだがね、何人やっても難しい」
芸術家さんは、いつの間にか手に持っていた縄を、ピンと張った。
「これで首を絞めて、失神させるんだ。殺しちゃいけない。殺すと血を抜き出すのが難しくなる。心臓が動いている間に、首を切って、できるだけ血を取り出すんだよ。それでも、この壁一面を描くには少なすぎる。仕方がないから、ミキサーにかけて砕くんだ。色々と混ざってしまうから、仕上がりは今一だがね。そうしてできた、血の絵の具と、混ざり物の多い絵の具を、場所によって使い分けながら描くんだ」
彼は嬉々として語った。きっと、嬉しいのね。自分の工夫、努力、成果を語れて。
「この絵には、何人ぐらい使われているの?」
彼は頭をかいて記憶をたどった。
「確か、君で17人目だ」
「そう」
この絵には、16人分の身体を磨り潰した物が塗りたくられている。
大変だったでしょう。磨り潰した方も、磨り潰された方も。
「君は芸術になる。絵の一部を彩る。安心してくれ。君は美しい。今まで使ってきた連中とは違う。君は絵の根幹、あの太陽になる」
彼は絵を指さした。天空に輝く円。赤い地獄を照らす太陽。
私が美しいのは当然だけれど、太陽になれる、なんて、なんだか素敵な話じゃない?




