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屍の星  作者: 中野南北
20/22

20.赤

 その「絵」に出会ったのは、とある町の、軍の施設。

 その日、銀を待つのに飽きた私は、珍しく軍の施設に入って、訳もなく廊下を歩いた。

 軍人達が私を見て、おや、と興味を抱く。

 一方、私が興味を持ったのは、人ではなく、壁に飾られた、「絵」。


 一人の女性が描かれている。髪の長い女性、真っ直ぐ前を見詰め、手には分厚い本。

 美しい、と多くのヒトは思うであろう、女性。

 でも、ソレは、私の興味の外。

 私が目を惹かれたのは、背景の、赤。

 ただ一色に塗られたムラのある、赤。


 女性を描くために赤が塗られた、というより、赤を塗るために女性を描いた。

 私はそう感じた。


 私に言い寄ってきた軍人達の言葉を躱し、絵について尋ねる。

 絵に興味を持つヒトはいなかったけれど、何人か、絵を描いた男の存在を明かした。

 この時代に芸術家なんて絶滅危惧種だから、有名みたい。

 彼はこの町にいる。

 町の外れで、未だに絵を描いている。

 私は会いに行くことにした。


 薄汚れた町を歩く。ローファー越しに、石畳の凹凸が主張する。

 町を囲む壁沿いの、石の家。ヒビだらけの家。今の時代では立派な家と呼べる部類。

 辺りは静か、人はいない、おかげで、汚れてもいない。

 扉の前。鉄の扉に、ノックを二回。

 扉の覗き穴から視線を感じる。


 きっと、喜んでいることでしょう。

 突然の美少女の訪問。

 喜ばないのは、銀みたいな、変わり者だけ。


 扉が開いた。開けたのは初老の男性。痩せ細って、白い髪も、白いお髭も滅茶苦茶。

 けれど、私は気付いた。

 瞳だけは光っている。希望に溢れた、少年のように。

 私は、この光を持つヒトに興味がある。

 某かの希望を持ち続けているヒトだけが持てる、目の輝き。

 混沌に差し込む光。

 私は、自分の勘が正しかったことを悟る。


「俺に何かようかね?」


 かすれた声。私は微笑む。


「はい。偶然見かけたあなたの絵に、惹かれましたの」


 芸術家さんは、私を家に招き入れる。私は素直に従う。

 彼のお城は荒れていた。床が見える場所がほとんどないぐらい。

 キャンパスや、絵の具、バケツ、彫刻、如何にも芸術家の道具と、布団、食べかけの食事、本などの生活用品が入り乱れてる。

 まるで、わざと散らかしているみたい。


「ここで、絵を描いているの?」


 芸術家さんは物を踏みながら、木製の椅子に座った。


「そうだ」


 私は遠慮なしに家の中を見渡す。

 雑多に散らかる物の中に、作りかけの作品を幾つか見かける。

 風景の絵や、木彫りの人形、削りかけの彫刻。


 芸術家さんは絵の続きを描き始めた。空を青く塗っている。

 私は立ったまま、後ろからそれを眺める。


「何故、絵を?」


 芸術家さんは筆を止める。


「俺にはこれしかなくてね」


 筆は再び動き始める。

 私は床に落ちていた写真を拾う。

 夕焼けの海岸線。赤い空。


「何故、青く塗っているの?」


 芸術家さんは再び筆を止める。

 ゆっくりと振り向いて、私を見る。


「あなたは、赤がお好きでしょう」


 芸術家さんは、目を丸くして、驚いているみたい。


「あんたも、俺と同じ、だな」


 変人(スプーキー)

 芸術家さんは、吐き捨てるように笑った。

 私も微笑む。


「もう、赤色の絵の具がないのさ」


 芸術家さんは作業の続きを始める。

 私は首を横に振る。


「残念ね」

「分かるかね」

「ええ、分かるわ」

 

 彼は赤を愛している。

 愛する物を失う、なんて思うと、怖気が走るわ。

 だって、そんなの、生きている意味がないもの。 


「そうさ」


 芸術家さんの握る筆に力が入る。


「俺はもう長くない。最期の作品は、赤く染め上げたい。途方もない赤に」


 燃え上がるような、赤に。

 地獄の炎のような、赤に。

 血潮沸き立つような、赤に。

 

「見てみたいな」


 私は呟く。


「あなたの傑作、人生をかけた、赤色を」


 芸術家さんは筆を捨てた。

 筆が転がって、青い絵の具が床に散らばる。


「見せよう」


 彼は机の引き出しから地図を取り出した。町の地図。赤いペンで丸印。


「工房がもう一つある。明日の夜、この場所へ来てくれ。未完成だが、俺の作品がある」


 彼の瞳は、らんらんと輝いている。

 私は微笑みながら頷いた。



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