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屍の星  作者: 中野南北
19/22

19.制服

 雨上がりの朝、ひんやりとした空気。濡れた地面、穴だらけのアスファルト、できたての水溜まり。

 側溝を流れる水、人のいない道、点在する家。ガラスは割れ、扉は外れ、家の中は荒れ放題。

 その光景は暴力的。犯罪の後。いわば被害後の、被害者の姿。

 とはいえ、町と町の間に巣は張られる。町に近付けば近付くほど、外の住民は遠のく。

 荒廃した世界の姿は、安全危険に関わらず、どこも同じ。


 牧師さんを送り届ける任務。最後の道のりは、長年整備されていないボロボロの地面を、水溜まりを避けながら歩く、単純なゲーム。

 襲撃もなければ、遺体の一つも見当たらない。散歩、といっても差し支えのない、穏やかな時間。


 ふと、嫌な匂いがした。

 鼻の悪い私が、誰よりも早く察知する匂い。

 人の匂い。町の匂い。生者の匂い。


「もうすぐ、ゴール」


 私が呟くと、牧師さんが、私へ目を向ける。


「どう? 初めての外出は。楽しめたかしら」


 彼は苦笑い。きっと、悪い冗談だと思ったのでしょう。

 楽しめた? ありえない。一体、いくつの死を、この目で見てきたのか、って。

 そして、瞼を閉じる。肉体的な瞼じゃない、心の瞼。

 悲劇から目を逸らすための、分厚い瞼。


「忘れないで、牧師さん」


 私は牧師さんの二の腕を掴む。彼は驚いて、立ち止まる。


「あなたがこの旅で出会った悲劇を忘れないで。愛を忘れないで。彼等の苦しみを忘れないで」


 目を逸らしてはいけない。瞼を閉じてはいけないの。

 この世界に存在する悲劇の物語を、全身で記憶して。

 何故って、忘れてしまうなんて、勿体ないでしょう?


 牧師さんは頷いた。私の真意が伝わったとは、思えないけれど。


 町の門が見えた。周囲には見張り。矛盾を抱えた武器を持って、私達を警戒する。

 後はお決まりのパターン。

 通行書、賞賛と皮肉、銀は無愛想に兵の言葉を聞き流し、私は礼儀正しくお辞儀する。


 この町にも存在する宗教家の施設へ向かう。

 教会はない。宗教家の施設は、少し広いだけの簡素な建物。けれど、建物があるだけまし。町の中には、家を持たない人だってたくさんいる。

 牧師さんは温かく迎えられた。

 新たな門出。ここで、彼は生きていく。

 その美しい心で人々を助けていく。


 銀が報酬を受け取っている間、私は、施設の長椅子に座って、飾られた絵を眺めた。

 上半分に天国、下半分に地獄が描かれた絵。上半分は、光の中で天使が踊っていて、いかにも幸福そう。下半分は、血の池の中で、人々がもだえ苦しんでいる。

 家族のために家族を殺し、永遠に血の池に浸かる彼を思い出す。

 現実は、二階で眠る家族も、骨になって横たわっている。


「さなぎさん」


 牧師さんに声をかけられて、私は「なぁに?」と視線を向ける。彼は着替えていた。黒いコートで全身を包んでいた。

 彼はこの数日のお礼を告げた後、小さな声で、


「君さえ良ければ、この町に」


 と囁いた。

 私は微笑んだ。


「言ったでしょう。私は、物語を愛しているの」


 新たな物語が、悲劇と愛が、私を待っているの。

 牧師さんも微笑んだ。彼も、答えを予測していたみたい。


「君は僕の想像に収まるような人じゃない」


 彼は諦めたように首を振った。


「最後に、なんでそんな変わった格好をしているのか、教えてくれないかい?」


 私は自分を指さす。牧師さんは頷く。

 私は立ち上がって、その場でくるりと回る。

 風を感じる。

 スカートがひらりと舞う。

 世界が私を軸に回る。


 知ってた? 牧師さん。昔、私達の年代の子供達は、皆、この服を着て学校に通っていたの。

 知識を学ぶ場所、常識を学ぶ場所、集団生活を学ぶ場所。 

 学校。

 制服は、社会証明だったの。何者でもない子供が、何者であるか、一目で分かる為の、記号。

 それが、普通だった。それが、当たり前だった。

 だから、私はこの服を着るの。

 私にとって、滅びゆくこの世界は、日常。

 かつて子供達が、意識的に世界を憎み、無意識的に世界を愛しながら大人に成長したように

 私も、この世界を愛しているから。


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