12.薄情
交差点を繋げる歩道橋。道案内の青い看板の前で、仲良くぶら下がる二人。
静かな町の中で、風が吹く度に、縄がギシギシと音を立てて、二人は踊る。
二人とも裸で、二人とも腐っていて、二人とも茶色い皮膚と白い骨。
辛うじて、形で、男と女だと分かる。
私達の反応は、それぞれ異なる。
牧師さんは、目を大きく開けて、声を震わせた。
銀は、ナイフに手をかけ、警戒した。
私は、どんなドラマがあったのか、思いを巡らせた。
「裸なのが残念。どんな人達なのか、知りたいのに」
男女で、仲良くぶら下がっているのだから、きっと、何か繋がりがある筈なの。
カップル? 来世での再会を願って、一緒にあの世へ?
家族? 父を思って、母を愛して、息子、娘と一緒に、あの世へ?
兄妹? 姉弟? 愛人? 友達?
極上の物語を感じる。背筋が震えるような、愛と悲劇の予感。
もっと近くで見なくちゃ。
「ねぇ、二人を調べれば、何か分かるかもしれないわ」
「分かるわけがない。腐り果てて虫も寄りつかない死体だぞ」
「そんなことないわ。遺体は情報の塊よ」
「巣の連中に捕まって、身包み剥がされて吊されただけだ」
「そうよ、そうだわ」
いいじゃない。
きっと恐れたことでしょう。
目前に迫る死。人生最低の辱め。隣には思い人。
最期に何を思ったていうの?
もう少しで、何か、理解できるかも。
「ねぇ、牧師さん。このまま素通りするか、情報を得るか、どちらが良い?」
「僕は」
牧師さんは声を詰まらせる。
「素人だ。あなた達に従う。けれど、彼等は、苦しそうだ。せめて、下ろしてあげたい」
私は手を打った。
「決まりね!」
銀が何か言う前に、弾むように歩道橋を登り、二人を見下ろす位置へ。
ああ、これが、彼等が人生最後に見た景色。
車のない国道。廃墟のビル群。看板の落ちた飲食店。遙か遠くに高速道路のうねりと、大きな山々。
「ねぇ、あなた達の首に縄がかけられた時、空は、何色だった?」
今は、果てしなく続く、広々とした、青。
清々しく、嫌気を覚える、青。
牧師さん達が追い付いた。私と二人で亡骸を引き上げる。
銀は手伝わない。
薄情者。
男性の方は両方の手首から先がない。綺麗な切断面。顎、頬、鼻が歪んでる。
女性の方は両腕を縛られた状態。比較的顔は綺麗。
男性は虚ろな表情。女性は苦痛に歪んだ表情。
彼は暴力を振るわれて、半分意識がないまま、吊された。
彼女は辱めを受けて、意識がある状態で、吊された。
とても、苦しい、最期。
けれど、ありふれた、最期。
「可哀想に。苦しかったでしょう。せめて、安らかにお眠りください」
牧師さんが二人に向かって手を合わせている間に、銀は私を睨んだ。
「満足か」
私は、歩道橋の冷たい柵に身体を預けて、遠くの空を眺めながら、「ええ」と呟いた。
満足? ええ。好奇心は満たされた。だから、満足。
けれど、感情の高ぶりは、とうにない。
早く次の場所へ行かないと。




