10.幸福論
カン、カン、カン。
梯子を登る頼りない音。
牧師さんが登り切ると、銀は梯子を引き上げる。
階段が崩れた三階建ての建物。私達の隠れ家の一つ。
訪れるのは久しぶりで、部屋の中は埃まみれ。
一階は使わない。二階は入り口に使うだけ。三階には部屋が四つ。
「ここで休むんですね」
「そうだ。寝込みを襲われる可能性が少ない」
私は机の引き出しを探る。隠していた古い鍵の一つを、牧師さんへ渡した。
「右奥の部屋の鍵。今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んで」
牧師さんは「ありがとう」と笑った。私も笑う。
「彼と私は隣の部屋にいるから。夜に、私の声が聞こえたらごめんなさい」
私は、わざとらしく強調する。牧師さんは間を置いて、顔を赤くする。銀は顔を顰めて、舌打ち。
「俺はここで見張る。一人で、見張る。さっさと上がれ」
つれない男。つまんない。
三階に上がると、牧師さんは部屋へ入る前に、私を呼び止めた。
「君達は、どういう関係なんだい?」
「オトナの関係」
牧師さんは冷や汗をかく。私は笑う。
「私も、彼も、似た者どうしなの」
牧師さんは、困惑したまま、言葉を繋ぐ。
「銀さんのことは、聞いてる。優秀な運び屋だ。昼間は躊躇なく人を殺した。最初は驚いたけど、理解はできる。こんな世の中だ。生き残るには、必要なんだと、思う」
私は黙る。続きを待つ。
「僕には、君が分からない。君は、なんで、危険な外へいる? 生きる方法なら、他にもあるだろう」
意外とお喋り。私はクスクスと笑う。
牧師さんは困惑する。真面目なのね。
私は、自分の部屋の鍵を回す。
「私は、物語が好きなの」
喜劇も、悲劇もね。
「外の方が面白い。それだけなの」
おやすみ、と言って私は部屋へ入った。
部屋の中は簡素。ベッドと、何も置かれていない机だけ。
鞄を置いて、ベッドに座る。窓ガラスの外は夕暮れ。赤い日差しが、私を照らす。
昼間の、赤い噴水を思い出す。頭の離れた、胴体を思い出す。彼等にも、それぞれの人生が、あった。
彼等の荷物を探ると、指輪や、古い時代の資格証を見付けた。
幸福の印と、悲劇的な死。
それを思い出すと
何故だかとても幸せな気持ちになるの