第79話 義兄の婚約者
元女神の突撃もあの一日だけで、それからも何事もなく、この一週間は何も進展はなかった。
元女神関連では。
「リオン様、私の話を聞いて頂けますか?」
王城の南館、俺の私室のソファに座るウィステリアが上目遣いで、彼女の隣に座る俺を見つめる。
「ん? どうしたの、リア」
紅茶を淹れたティーカップをソーサーに戻して、テーブルに置き、ウィステリアをきょとんとした表情で見る。
神の俺とハーヴェストの父親のトワイライトと初めて会った日から一週間が経ち、今日はフィエスタ魔法学園の休みの日だ。
俺の婚約者なので、魔法学園に入学してからはお互いの家……俺は王城だが、住む場所を行き来している。やましいことはもちろんしてませんが。
ウィステリアが嫌がることはもちろん、健全な婚約関係から離れるようなことはしていない。
何処かの国王な父親と違って。
ウィステリアは俺を見つめつつ、少しだけ顔を強張らせ、口を開いた。
「……お兄様に、婚約者が出来ました」
「ヴァイナスに? それはおめでとう。というか、ヴァイナスって、婚約者居なかったの? 貴族筆頭の次期ヘリオトロープ公爵当主だから、もう居ると思ってたんだけど」
「いえ、お兄様にも婚約者の方は前にいらしてたのですが、その、お相手の方がやらかしてしまいまして……」
「やらかす?」
首を傾げて、ウィステリアを見ると、とても言いにくそうな顔をした。
「その、お相手の方がご自身の使用人と駆け落ちされまして。それを聞いたお父様が怒り、向こうの有責の婚約破棄と賠償金を請求しました。それでお話は終わったと思ったら、その後、使用人に騙されたらしいお相手の方がご自身の家に戻って来て、私のお父様とお兄様に婚約を再度出来ないかと、お相手の家族が言い出したり、お相手の方が執拗にお兄様の後を付けたりして迷惑を被りまして……」
「……凄いな。元婚約者も自分がやったことなのに平気でまたヘリオトロープ公爵家に縒りを戻そうと来るんだな。厚顔無恥にも程があるし、ヘリオトロープ公爵家を馬鹿にしてるね。でも、その話を俺は聞いたことがなかったんだけど、いつの話?」
「確か、私達が七歳で、お兄様が十五歳の時です」
「ああ……あの時か。セラドン侯爵のことで、いよいよ大詰めって時か。色々考えることが多過ぎて、まだちゃんと会ったことがなかったから、ヴァイナスの婚約破棄のこと聞いたかもしれないけど、覚えてなかったかも。あの時、ヘリオトロープ公爵の目が血走ってて怖かったのは、そういうことか。そりゃあ、ヘリオトロープ公爵も怒るよね」
俺でも怒る。実兄がそんな目に遭ってたら、確実に両親と一緒にその家を潰してる自信がある。
当時はまだヴァイナスとちゃんと会ったことがなかったけど、今なら俺もヘリオトロープ公爵と共に怒る。
ただ、これ、俺が乙女ゲームの第二王子と同じだったら、ウィステリアと婚約破棄することになるから、ヘリオトロープ公爵とヴァイナスに潰されるんじゃないかな、俺。まぁ、ウィステリアと婚約破棄なんて、そんな自らの首を絞めるようなことしないし、俺が耐えられないし。
「……でも、向こうの有責で婚約破棄をしたとはいえ、大分、婚約期間が空いたね」
「あ、それが、リオン様ご本人に言うのはおかしいかもしれないのですが、お兄様、リオン様のことを本当の弟のように思っていまして……」
「あー、うん、そうだね……。最近は特に完全にお兄ちゃんだね……」
思わず、遠い目で見慣れた天井を見上げた。
ヴァイナスは一年前のハイドレンジアとシャモアの結婚式以降、完全に俺を弟のように可愛がり始めた。
義理の家族になるウィステリアの家族と良好な関係なのは良いことなのだが、ヴァイナスはヘリオトロープ公爵より俺を可愛がってくる。
誕生日プレゼントはもちろん、何かしらの視察で行った他家の領地のお土産、ヘリオトロープ公爵領で収穫した薬草類、採れた魔石等、ことあるごとにヴァイナスは俺に持って来てくれるようになった。
その時に俺の頭を撫でることも忘れない。
実兄と変わらない可愛がりっぷりだ。
「それで、お兄様としては、リオン様と私が結婚するまで、結婚する気がなかったようでして、あと一年半ちょっとで私達が卒業するので、それまでに婚約者を……と考えたようなんです」
「え、別に、ヴァイナスの方が年上だし、俺達より先に結婚したらいいのに、何でそんな考えに? それに、婚約期間も俺達のは流石に長いけど、数年間婚約してる人もいるから、今慌てなくても……」
「私もそう思ったんですけど、その、それにはお兄様の思いもありまして……」
「思い?」
俺が首を傾げると、ウィステリアは少し言いにくそうな顔をした。
「……私とリオン様とも良好な関係を築けて、リオン様を誘惑しないご令嬢を探していたようなんです」
「うん、重要だね、それ。ヴァイナスはリアを可愛がっているしね。俺も流石に義理の姉になる人に誘惑されたくないし、俺の妻になるリアを虐める人とは義理でも家族にはなりたくないね」
俺にとってもそれは重要だ。俺の兄夫婦との関係は良好だから、余計にヴァイナスは考えたのだろうなと思う。多分、兄にも相談している気がする。親友同士だし。
「それで、ヴァイナスはそういうご令嬢を見つけた訳なんだね。何処の家のご令嬢?」
「あ、それがその……実は、私とリオン様より年下のご令嬢なんです……」
ん?? 年下?
ウィステリアの言葉を聞き間違えたのかと思い、反応が遅れた。
「年下? 俺達より?」
「はい。一歳下のご令嬢で、フィエスタ魔法学園に今年入学されました」
「一歳下。確か、ヴァイナスって、俺の兄と同い年だったよね?」
「はい。私達と八歳上の、今年二十四歳です」
「相手のご令嬢は今年十五歳ということだよね?」
「……はい、そうですね」
ウィステリアの目が泳いだ。目の中で、盛大にクロールをしている。きっと、俺と同じ考えに至っているからだと思う。
「ヴァイナスって……ロ……リ……? いや、政略結婚とかもあるんだし、十歳以上離れた夫婦もあり得るからそれはないか。けど、条件があるにしてもヴァイナスが探したんだよね?」
俺もウィステリアも、ヴァイナスはそうじゃないと懸命にその結論から離れようと、別の可能性を考える。
「そ、そうですね……」
「ヴァイナスも、相手のご令嬢も納得してるの?」
「納得しているみたいです。その、お兄様は特に、先程の条件もそうですが、決め手があったようでして……」
「決め手?」
「はい。お兄様曰く、お相手の方は少し、雰囲気とか口調がリオン様に似ていらっしゃるようで、何だか落ち着くそうです」
「……それ、相手は純粋に喜んでるの?」
何だ、その、俺基準な決め手。雰囲気と口調が俺と似ているから落ち着くって、何?
そして、ここまで赤裸々に年頃の妹に話す兄もどうなんだ。いや、ウィステリアは恋バナが好きですが。
それでも、だ。
秘密にしまくる俺が言うのも何だけど、この兄妹赤裸々過ぎじゃないだろうか。
もしかして、俺とのこともウィステリアはヴァイナスと所謂「つうかあ」ではないよね? ちょっと不安が過る。
「それが、お相手の方もお兄様との婚約を喜んでいらっしゃるようでして……」
「何で? というか、ヴァイナスも相手のご令嬢にその決め手とかを話したの?」
「そうみたいですよ。お兄様も流石に決め手を話すつもりはなかったようなのですが、お相手の方に選んだ決め手を正直に話して欲しいと乞われたようです」
「…………」
溜め息が漏れた。
頭痛がする。
家も、兄妹もそれぞれだし、俺のところみたいに溺愛だったり、生まれる前に死んで兄弟になれなくて初めて対面したら溺愛が始まったり、呪いで動けなくても、変わらず接してくれて部屋で退屈させないようにゲームをしてくれたり、生まれてすぐに魂を二つにされた挙げ句に片割れと生き別れな関係だけどそっくりなこともあるから、一様には言えない。
婚約もそれぞれの接し方や関係があるから、本当に何も言えないけど。
ヴァイナスの相手のご令嬢は一体、どんな人なんだろう。少し気になった。
「そ、それで、相手のご令嬢の名前は何ていうの?」
「メイフェイア・ティール・アフロダイティ侯爵令嬢です」
「アフロダイティ侯爵家のご令嬢か。確か、中立派の家だったね。中立派なら、まぁ、まだ揉めないか。仲間に取り込むように見えるし。ヘリオトロープ公爵の派閥なら、ちょっと揉めたかもね。派閥の中に年頃のご令嬢がいるから」
「そうですね。お兄様、中立派の貴族の家でちゃっかり見つけて来られましたから。お父様も安堵と満足といった顔をしてました」
「ああ、ヘリオトロープ公爵も問題なければ、俺は何も言わないよ。リアと結婚するとはいえ、部外者だし」
そう俺が言うと、ウィステリアが眉を寄せた。俺の部外者という言葉が気になったらしい。
「部外者って、そんな悲しい言葉を言わないで下さい。お父様もお兄様も、もちろんお母様も私にとっても、リオン様はもう家族なんです。リオン様が遠くにいらっしゃるように感じるので、嫌です」
眉をハの字にして、上目遣いでウィステリアが俺を見上げる。
隣に座ってる俺としては、うっかりソファで押し倒しそうになる。そんなことはなけなしの理性で止めますけど!
なので、ちょっと意地悪をしてしまう。
「……家族って思ってくれるんだ。リアも、俺のことを家族と思ってくれてるんだよね?」
「当たり前です! リオン様は私の大切な婚約者ですよ?」
「じゃあ、結婚はまだだけど、俺にとって嬉しくて、可愛いことを言うリアを今、凄く押し倒しそうになってるんだけど、家族だから、いいよね?」
ウィステリアの長い髪を一房掬い、口付け、彼女にしか見せない極上の微笑みを浮かべる。
「ふぇっ?! 何で、そんなところに行き着いたんですか?! リオン様、落ち着いて下さいっ」
俺の微笑みを間近で見たウィステリアは、顔を真っ赤にして必死に訴える。可愛いなぁ、本当に。
反応が相変わらずで、堪えられなくなった俺はくすくすと小さく笑ってしまった。
「……リオン様。私を誂って、楽しんでますね?」
ジトっとした目でウィステリアは俺を見て、口を膨らませる。
「ごめん。リアが可愛くて、本当に理性が飛びそうだったから、誂う方向にシフトチェンジして誤魔化そうとした。これでも本当に我慢しているんだよ」
本当にね! 生殺しも良いところだ。
まぁ、何処かの国王な父親とは同じになりたくないので!
ウィステリアに対しては理性の塊だと、最近は自負してます。ただの臆病者と言われれば、それもあるから否定出来ない。
「……そう、ですよね……。ずっとリオン様に我慢、させてますよね……。あの、もし、私が今、了承し……むぐっ」
ウィステリアの言葉を俺は慌てて手で遮った。
これ以上は駄目だ。マズイ。
「はい、そこまでだよ。これ以上はいくらリアでも本当に駄目だよ。俺は、ヘリオトロープ公爵やアザリア夫人、ヴァイナス、もちろんリアを裏切りたくないんだ。男は獣だからね。流されてしまうのはお互いに良くない。後悔したくないし、リアに後悔して欲しくないんだ。だから、結婚するまでちゃんと我慢する。でも、結婚したら、我慢しないから、覚悟してね?」
そう言って、ウィステリアを抱き締める。
これ以上は我慢する。婚約した時から、自分に課したことを破る訳にはいかない。
嫌がることはしない。不埒なことはしない。
自分で決めて、ずっと守ってきたことだ。
ウィステリアと婚約して十二年、守ってきた。精神はともかく、最初は身体は子供だったけど。更に数年なんて我慢出来る。多分。
「ごめんね、誂って誤魔化そうとしたせいで、言わせてしまいそうだったよね。リアに負担を掛けたくない。だから、俺の誘惑は無視してね。ただ、抱き締めるのは許してね」
「リオン様は凄いですね。例に出すのは申し訳ないですが、王妃様のお話だと、陛下は我慢出来なかったと伺いましたが……」
「……親子とはいえ、一緒にして欲しくない話だね。父は十代前半の時から我慢出来てなかったみたいだけど。俺は好きな女性を泣かせるようなことをする気はないよ」
そんな話を同じく十代前半の時に、母親から聞かされた息子は当時、何とも言えない気持ちになった。
中身は前世の年齢を入れて、三十代くらいだったとはいえ。
長い溜め息を吐き、ウィステリアを見る。
とりあえず、お互い落ち着いたと思う。
「それで話は戻して、ヴァイナスもアフロダイティ侯爵令嬢も婚約に乗り気、ということなんだよね?」
「そ、そうです。それで、お兄様からリオン様にお願いがありまして……」
「お願い?」
「はい。来週の魔法学園がお休みの時に、アフロダイティ侯爵令嬢と顔合わせがあるのですが、その時に、リオン様も参加して下さいませんか?」
「俺も? 俺はリアの婚約者だし、準王族の公爵家の婚約だから王家の立ち会いとして、とか?」
首を傾げて、眉を寄せて、俺を呼ぶ尤もらしい理由を口にする。
「それもあると思いますが、お兄様としては義弟として参加して欲しいみたいです」
「義弟……まだ、結婚してないんだけどなぁ……」
ヴァイナスの俺への溺愛が実兄並みだな、本当に。
「本当はお兄様が直接お願いしたかったそうなのですが、その、恥ずかしいようで……」
「いつも、俺の兄並みに可愛がってくるのに、そのお願いは恥ずかしいんだ?! そっちにびっくりだよ、俺は」
ヴァイナスの恥ずかしいと思う基準が分かりません!
「お兄様ですからねぇ……。そこはお母様に似てますよ」
おっとりと微笑んで、ウィステリアは頷く。ウィステリアのあまり動じてないところは、ヘリオトロープ公爵に似てるよ、と言いたい。彼女の場合、ヘリオトロープ公爵家のこと限定だけど。
「断る理由もないし、ヴァイナスには分かりましたって伝えてくれる?」
「はい。分かりました。お兄様にお伝えしますね」
にこやかに微笑んで、ウィステリアは頷いた。
そして、ヴァイナスと件の婚約者との顔合わせの日。
俺はヘリオトロープ公爵家に訪れた。
ウィステリアに事前にお願いされ、顔合わせの時間より二時間早く訪れ、何故か俺はヘリオトロープ公爵の私室で、ヘリオトロープ公爵一家に囲まれた。
「あの、何故、私は皆さんに囲まれているのでしょうか……」
そう聞きつつ、何かマズイことをしたのだろうかと考える。
今日はヴァイナスと件の婚約者の顔合わせで呼ばれたから、一応、第二王子としての装いで来ている。が、俺がメインではないので、華美な服装ではなく、目立たない、抑えめな服装だ。
武器は鋼の剣に擬態したクラウ・ソラスを腰に佩き、胸元に隠し持った短剣に擬態したフラガラッハだ。
右肩にはいつもの如くの俺の相棒の紅だ。
うん、いつもの俺の標準だ。
では、何がいけないのだろうか。
服装? 王子らしく服装が派手じゃないのがいけないとか?
俺は元々、華美な服装は好きじゃないし、公式な催し以外はかなり抑えた服装だ。それを知らないヘリオトロープ公爵ではないはずだ。
「……ヴァル。緊張しているので、頭を撫でていいですか……」
ヴァイナスが青い顔で俺に聞いた。
「……はい?」
緊張? あのヴァイナスが??
顔には出さないが、内心、眉を寄せる。
「構いませんが……」
頷くと、ヴァイナスは心底ホッとした表情で、俺の頭を撫で始めた。
ただ、いつもよりぎこちない。本当に緊張しているようだ。
将来の義兄に頭をぎこちなく撫でられながら、他の三人を見る。皆して、顔色が悪い。
え、ウィステリア含む三人共、緊張してるの?
ヴァイナスは当人だから、分かるけど、三人は何で??
「……あの、皆さん、緊張してますか?」
じっと特に俺の教養等の師匠でもあるヘリオトロープ公爵を見て、尋ねる。
「いや、ヴァル。年甲斐もなく緊張しているのはどうかと自分でも思うのですよ。漸く、ヴァイナスの婚約が決まって嬉しい反面、ヴァルと似た雰囲気と口調の侯爵家の令嬢と聞くと、何故か緊張が……」
「そうなのですよ、ヴァル君。長い間、相手の有責とはいえ、婚約者がいなかったヴァイナスに、やっと婚約者になって下さるご令嬢がまさかのヴァル君に似たご令嬢と聞くと緊張しますわ」
アザリアさんが頬に手を置いて、ほぅと息を漏らす。
夫婦揃って酷い言いようだ。
俺はこちらに何もしなければ、何もしない。わざわざこちらからちょっかいを掛ける気はないし。
なので、二人にちょっとだけやり返す。
「……私は皆さんには何もしていないと思うのですが……。皆さんにそんな風に思われていると知って、少し、悲しいですね……」
眉を八の字に下げて、悲しげな表情をすると、ヘリオトロープ公爵とアザリアさん、ヴァイナスが慌てた。ウィステリアは俺の意図が分かったのか、にこやかだ。右肩に乗る紅は小さく吹いた。演技ってバレるから、ウィステリアも紅もこっそりしてて欲しい。
「あ、いえ、ヴァル。そんな悲しそうな顔をしないで下さい。社交界デビューパーティーの時のヴァルをつい思い浮かべてしまって、緊張しただけですから。普段のヴァルが優しい、穏やかな子というのは分かっているんですよ。私もアザリアも生まれた時から知ってますから」
「ただ、ヴァル君の逆鱗が分かりやすくて、婚約者になって下さるご令嬢が何かしないかという緊張もあったのですよ。酷いことを言うつもりはわたくし達にはありませんわ。ただ、ヴァル君を悲しませてしまったのは申し訳ないですね。ごめんなさい」
そう言って、将来の義理の両親も俺の頭を撫で始めた。
月白と花葉といい、トワイライトといい、俺の頭は撫でやすいのだろうか……。
『リオンの髪はさらさらして、撫でると癖になる上に、癒やされるからな』
紅が念話で教えてくれた。が、そこでふと疑問が過ぎった。
頭を撫でると俺の癒やしの権能が出るのか?!
何処かの御利益のある像みたいなのと同じなの?!
『我も撫でることがあるが、リオンの髪はさらさらして、気持ちが良い』
そう言って、紅も便乗して俺の頭を撫でる。
『……紅も羽根がふわふわしてるからね……』
紅、ヘリオトロープ公爵、アザリアさん、ヴァイナスに全方向から撫でられ、傍から見ると何とも言えない画なんだろうなと思う。
現に、ウィステリアがとても微笑ましくこちらを見ていた。
そんなこんなで、ヘリオトロープ公爵一家の緊張は何とか解れたようだ。
ヴァイナスの婚約者になるアフロダイティ侯爵令嬢の到着をヘリオトロープ公爵一家と一緒に応接室で待つ。
正直なところ、雰囲気と口調が俺と少し似てるというご令嬢を気にはなっている。
そして、ヘリオトロープ公爵家の執事がアフロダイティ侯爵令嬢が来たことを告げると、ヘリオトロープ公爵一家に緊張が走る。
第三者な位置にいる俺はヘリオトロープ公爵一家が座るテーブルの端で、全体を見る。
個人的には、応接室の端で気配を消して立つのが楽なのだが、ヘリオトロープ公爵一家に王子なんだからやめてくれと止められた。
そんなことを考えていると、ヘリオトロープ公爵家の執事がアフロダイティ侯爵令嬢とその両親、兄を連れて来た。
アフロダイティ侯爵と夫人、令息、ヴァイナスの婚約者になる令嬢の順で応接室に入って来た。
入って来る度にアフロダイティ侯爵一家は俺に気付き、何でいるの? と言いたげな顔を一瞬だけ浮かべ、必死に真顔に戻していく。
……見ていて、反応が面白いと思うあたり、性格がひねくれてるなぁと自分でも思う。
最後に応接室に入って来たアフロダイティ侯爵令嬢が俺に気付き、一瞬だけ驚きの目を見開いたのが気になった。
「お待たせして申し訳ございません。ヘリオトロープ公爵閣下」
「いえ。私達も先程、集まったばかりなので、気になさらないで下さい。ようこそお越し下さいました、アフロダイティ侯爵、ご一家の皆さん」
穏やかに微笑み、ヘリオトロープ公爵が告げて、椅子にかけるようにアフロダイティ侯爵一家に勧める。
一時間前くらいから応接室に集まって、そわそわしていた人とは思えない宰相閣下に思わず、脱帽したくなった。
それからしばらくヘリオトロープ公爵とアフロダイティ侯爵の会話が続く。
その間もアフロダイティ侯爵夫人と令息は俺をちらちらと見たり、令嬢はヴァイナスとウィステリア、俺を何度も見ては俯き、見ては俯きを繰り返している。今のところ、俺に似ているだろうかと疑問に思っている。
ヘリオトロープ公爵とアフロダイティ侯爵の会話が一旦終わると、令息が今しかないと言いたげな顔で、ヘリオトロープ公爵と俺を見た。
「あの、ヴァーミリオン第二王子殿下、ヘリオトロープ公爵閣下。発言しても宜しいでしょうか?」
ちらりとヘリオトロープ公爵に目配せすると、彼は頷いた。
「ええ、どうぞ」
「ヘリオトロープ公爵令息と私の妹の婚約に、何故、ヴァーミリオン殿下がいらして下さったのでしょうか……?」
困惑の表情で、アフロダイティ侯爵令息が尋ねる。気になりますよねー。俺も相手側なら気になる。
「殿下はご存知の通り、私の娘の婚約者ですし、我が公爵家は準王族。その婚約ですので、殿下には王家の代表として、立ち会いをお願い致しました」
ヘリオトロープ公爵が尤もらしい理由を伝えると、アフロダイティ侯爵一家は納得の表情を浮かべた。流石のヘリオトロープ公爵も、将来の義兄になるヴァイナスが義弟として参加して欲しいとお願いしたとは言えないか。
「そうでしたか……。不躾な質問をしてしまい、申し訳ございません、殿下」
「いえ。気にしないで下さい。私がこちらにいるのは誰しも気になるでしょうから」
尤もらしい理由はともかく、正直なところ、俺も何でいるのかなって不思議に思っているので。
苦笑を混ぜて、小さく微笑むとアフロダイティ侯爵令息は赤面して俯いた。何でだ。やはり仮面が必要なのか……!
俺がいる理由も納得したらしいアフロダイティ侯爵一家は、ヘリオトロープ公爵一家とそれぞれ会話が始まった。
これ、完全に、俺がここにいる必要ないんじゃない?
表情は変えず、ヘリオトロープ公爵一家とアフロダイティ侯爵一家をそれぞれ、特にヴァイナスの件の婚約者を観察することにした。
貴族の令嬢らしい振る舞いをしつつ、アフロダイティ侯爵令嬢はヴァイナスには柔らかく微笑んでいる。目線は恋するそれだ。
そんな彼女はウィステリアを見ては、目を輝かせている。
ん? 何か、ウィステリアに憧れのような目を向けてない?
ウィステリアは筆頭貴族の公爵家の令嬢として、立ち居振る舞いには気を付けているし、乙女ゲームのウィステリアちゃんのように品行方正を心掛けている。同世代の令嬢の憧れの的らしいとイェーナやピオニー、リリー、ミモザから聞いたことがある。
ということは、アフロダイティ侯爵令嬢はウィステリアに憧れている……?
それはヴァイナスとしても良いのではないだろうか。結婚後の関係が良好ということで。あとは、俺に対して彼女がどうか、だけど。
ヘリオトロープ公爵一家とアフロダイティ侯爵一家の会話は弾み、お互いの緊張が解けた頃、ヘリオトロープ公爵邸の庭園に行くという話になっていた。
そこには、様々な花はもちろん、十三歳の時に、俺の召喚獣の青薔薇の精霊の青藍に助けてもらいつつ、王城の南館の庭で育て、ウィステリアにプレゼントした挿し木から咲いた薔薇もある。
色はメジャーな赤だ。俺の髪や目、ウィステリアの髪や目の薔薇はまだ、挿し木としてプレゼント出来ていない。育てるのはなかなか難しいので。
そんな庭園へ向かう最中、アフロダイティ侯爵令嬢がついに動いた。
ヴァイナスと共に、俺とウィステリアの前に現れた彼女は穏やかに微笑んだ。
「先程は、ちゃんとご挨拶も出来ずに申し訳ございません。アフロダイティ侯爵の長女、メイフェイア・ティール・アフロダイティと申します。ヴァーミリオン殿下、ヘリオトロープ公爵令嬢、これから宜しくお願い致します」
優雅にカーテシーをして、縹色の髪を編み込みで結って、紅紫色の目を輝かせて、メイフェイアは俺とウィステリアを見た。
「こちらこそ、宜しく。アフロダイティ侯爵令嬢」
「私の方こそ、兄共々、宜しくお願い致します。アフロダイティ侯爵令嬢」
俺とウィステリアは微笑んで、挨拶を交わす。
ウィステリアの目の位置より低い背のメイフェイアは、ヴァイナスに嬉しそうに微笑んでいる。
俺に話し掛けても、メイフェイアは顔を赤くすることもなく、普通に会話が出来ている。
同年代の令嬢の中では珍しい反応で、とても安堵している。何となくだが、妹キャラでいそうな感じがする。
「ヴァイナス様。やっとお二人にご挨拶が出来ました。あの、私のことはどうぞ、メイフェイアまたはメイとお呼び下さい」
「でしたら、私のことはウィスティと呼んで下さい、メイ様」
「私のこともヴァルで構わないよ、メイ嬢」
「あ、いえ、あの、様とか嬢はなくて構いません。その、呼び捨てで呼んで下さって構いません」
照れ臭さそうに、メイフェイアが左斜めに目線を下げた。
あ、そこは何か俺に似ている。
そんなメイフェイアを見たウィステリアとヴァイナスは俺に目を向ける。完全にその顔には俺に似てると書いてあった。
「……ウィスティ、ヴァイナス。私に何か言いたいことでも?」
にっこりと笑顔で告げると、ウィステリアとヴァイナスは苦笑した。
「メイも、何か他にも言いたいことがあるのでは?」
メイフェイアにもちらりと目を向けると、彼女は目を見開いた。
「……あの、お願いが一つありまして、その……お二人をお義兄様とお義姉様とお呼びしてもいいですか?!」
「ん? メイの方が私達の義姉になるのに?」
「歳は私の方が下ですから。実を言いますと、私の実兄とはそこまで仲は良くなくて、お二人のような兄や姉に憧れてました。ヴァイナス様は私には勿体無いくらい素敵な婚約者様と思ってます」
きらきらと目を輝かせて、メイフェイアはヴァイナスを見上げた。
徐々に、ヴァイナスの顔が赤くなっていく。
彼も満更でもないようだ。
恋バナ好きのウィステリアが興味津々に見つめている。
「ヴァルお義兄様、ウィスティお義姉様とお呼びしてもいいでしょうか?」
メイフェイアの問いに、俺とウィステリアはお互いにちらりと目を合わせ、同時に頷いた。
了承と取ったメイフェイアは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます! これから、宜しくお願い致します」
ヘリオトロープ公爵とアフロダイティ侯爵に呼ばれ、ヴァイナスとメイフェイアは離れていった。
「……お兄様が、メイちゃんがリオン様に似ているという意味、何となく分かりました」
「俺に似てた?」
「はい。仕草の所々と、周りをよく見ていらっしゃるところ、口調は照れながら仰るところは特に。お兄様、リオン様に似ているところが好きなのかと思ったのですが、ちゃんとメイちゃん自身が好きなようで安心しました」
「それは俺も思った。彼女なら俺も今後も良好な親戚関係を築けそうだと感じたよ。リアにも友好的だったし、何より、俺に対する他の貴族令嬢と違った反応で安心した。妹キャラっぽいよね。前世の妹を思い出すよ」
「リオン様も思いました? 私は前世でも妹はいませんでしたけど、妹キャラっぽいなと感じました。妹がいるとこんな感じなんだろうなと、とても可愛く感じました」
嬉しそうにウィステリアは、ヴァイナスと共にヘリオトロープ公爵達と談笑するメイフェイアの後ろ姿を見る。
「メイに懐かれてたよね、リア」
「懐かれてますよね、きっと……。でも、妹がいないので、嬉しいです」
「……俺も、将来の義兄夫婦と良好な関係を築けそうで、安心したよ」
ウィステリアの腰に手を回して微笑み、俺達もヘリオトロープ公爵達の輪に入った。
庭園に咲く薔薇の香りが風に乗り、ヴァイナスとメイフェイアの婚約を祝っているかのように周囲に漂っていた。




