第103話 誕生日パーティー② 〜義兄と元婚約者
そのまま扉を潜り、一歩、二歩と、ウィステリアの右手を握ったまま大広間の奥に座る両親である国王と王妃、兄と義姉である王太子と王太子妃の元へ向かう。
向かう最中、ずっとどよめきがあちらこちらから聞こえ、表情は変えないが内心、眉を寄せる。
「……早速、皆様、リオン様を見て驚いていますね」
小声でウィステリアが小さく笑う。
「いや、意味が分からないけど、何で?」
「いつも以上に着飾ってますから。普段でも美しいのに、着飾ったリオン様は神々しいですから」
「親しい人達ならともかく、別に貴族達のために着飾った訳じゃないけど、そう見えるのが何とも嫌だなぁ。それに、人前で俺を着飾らせたいという、王妃陛下とリア、ミモザの本気を知ったよ」
周りに聞こえないように小声でウィステリアと話していると、あちらこちらから未婚の令嬢達の小さな悲鳴が聞こえる。
歩く悲鳴製造機はなかなか慣れない。
「……リオン様を見つめるご令嬢方に、嫉妬しそうです……」
あちらこちらから聞こえる悲鳴に、ウィステリアが小さく呟く。側にいる俺じゃないと分からないくらいに緩く眉を顰めている。
「――リア。何度も言うけど、俺は他の女性には靡かないよ。まぁ、嫉妬する気持ちは俺も分かるけどね」
「えっ?」
目を大きく見開いて、瞬かせながらウィステリアは俺を見上げる。
「リアは気付いてないかもしれないけど、ご令息達もリアを見て、鼻の下を伸ばしてるから。婚約者の俺がいると知っているのにリアに手を出したら、潰そうと思うくらいに嫉妬してるからね?」
「全然見えませんでしたけど?!」
小声でウィステリアが俺を見つめる。
「そりゃあ、第二王子だし、今は人前だし、余裕そうに見せておかないと足を掬われるし。それに、牽制は大事だよ」
小さく微笑むと、ウィステリアは真っ赤になり、またあちらこちらからどよめきが沸く。
「……嫉妬して下さるのは嬉しいですけど、潰すのはやめてあげて下さい……」
「リアは優しいね。まぁ、俺がいるのに手を出したら……の場合だから。その前に、オフィ嬢やイェーナ嬢達――女性陣からの牽制があるし、ヘリオトロープ公爵家からの圧力と絶対に合格しない圧迫面接もあるから、それでも手を出す猛者は流石に……ね?」
「そうですね……。リオン様だけと思ってましたが、私にも過保護な方がたくさんいらっしゃるのでした……」
少し遠い目をしつつ、ウィステリアは気を取り直したのか、俺を見上げた。
「今日は、リオン様から離れませんから、安心してパーティーを楽しんで下さいね」
「ありがとう。でも、リアのヘリオトロープ公爵家や第二王子妃としての社交とかもあるんじゃないの?」
「ありますけど、主役のリオン様のお側にいれば、寄って来られるかと思いますよ。特に、今日は。間近でリオン様のお姿を見たいと皆様思っているでしょうし」
「……見世物パンダな気分だなぁ。前世のパンダの気持ちが分かるかも」
「分かったら、教えて下さいね」
にっこりと冗談交じりの笑みを浮かべ、ウィステリアは俺を見上げた。その笑みは、冗談を言う時のヘリオトロープ公爵にそっくりだ。
小声でウィステリアと会話をしながら、両親の元に着いた。
両親である国王と王妃は、大広間の奥にある国王と王妃専用の豪華な椅子に座って待っている。
国王と王妃の椅子は玉座の間にある玉座……とまではいかないが、宝石や模様が施された豪華な仕様で、階段状になっている床の一番上にある。
その一段下に王太子と王太子妃の椅子もある。
一番下の床で止まり、俺とウィステリアは同時に国王達に頭を下げる。
その後、ウィステリアをヘリオトロープ公爵一家がいるところへ連れていき、俺は上から二段目にある第二王子が座る椅子へと進み、座る。
座ったと同時に、大広間は静かになる。
静かになったのを確認して、国王が立ち上がり、挨拶が始まる。
ちょっと長い挨拶が終わり、俺へのお祝いの言葉を告げた国王は満面の笑みを俺に向けた。
俺も小さく微笑むと、貴族達がまたどよめいたが、まだ国王の話は続く。長い。しかも、俺や母、兄、甥っ子ミューニクの溺愛話が始まる。
『……リオンはよくどよめかれるな』
呆れた声音の念話で紅が、親しい人にしか見えないように姿を隠したまま、俺の右肩に止まる。
『今日は特に、母とリア、ミモザが本気を出した装いだからね。そこで微笑んじゃったから、余計にどよめくよね』
同じく念話で返しながら、紅に言う。
『誰か侵入者とかはいなかった?』
『今のところは問題ない。リオンが気にしていたあの娘も元女神も侵入はしていない。流石、守護を司る神だけあってリオンの結界に隙間がないから、侵入する余地はないのだが……不安の種は摘んでおきたいというリオンの気持ちはよく分かる』
『今のところは侵入してないけど、今からが心配だね。ゲームのヒロインと悪役令嬢の分岐点は第二王子の誕生日だからね。誕生日は過ぎて、今日は誕生日パーティーで、ゲームでは呼ばれるはずだったパーティーに、実際はヒロインが呼ばれていない。バッドエンド確定と思っているだろうし』
俺としては、やらかしてるチェルシー・ダフニーに対しては、生温い断罪をするつもりはない。
ゲームのバッドエンドは悪役令嬢にヒロイン達は殺されるらしいが、そんなあっさりに終わらせるつもりはない。
ちゃんとそれ相応の罪を償ってもらう。
『チェルシー・ダフニーはバッドエンドにならないように、どうにかしてパーティーに出て、俺と接触しようとするはずだよ』
『有り得るな。結界を緩ませるのか?』
『しないよ。どうして、そんなわざわざ、相手が喜ぶようなことを俺がするの? 俺はストレスでしかないのに』
『わざわざリオンがそこまでしてやる必要は確かにないな。自業自得だが、あの娘も何とも憐れだな』
『その道を自分で選んだのだから、仕方がないよ。俺だって、この道が正しいのか分からない。例え、神の俺の父親が未来視で視たルートで、俺達側にとって一番良いルートと言われてもね』
一番良い、と言われても、ダブ村の普通に日常を送っていた住民達は、ラスカスとクラウディ以外は亡くなっている。
『そうだな。パーティーが終わるまで、我も目を光らせておく。リオンはリアと楽しむといい』
『ありがとう。パーティーより、リアと二人っきりか、友人交えての誕生日パーティーの方が楽しいんだけどね』
小さく息を吐きつつ、まだ話している国王を見ていると、その隣に座る王妃が苦笑しているのが見えた。
王妃である母と目が合い、母から止めてくれと目が話してくる。
俺が止めるの? と、表情を変えずにそんな目で母を見ると、小さく頷かれた。
小さく咳払いをすると、国王である父がこちらに目を向けた。
そこで俺の様子で、父が長く話し過ぎたことに気付いたのか、話がやっと終わった。
話が終わると、ダンスまでの自由時間となり、俺は椅子から立ち上がると、ウィステリアがやって来る。一緒にヘリオトロープ公爵とアザリアさんもやって来る。ヴァイナスは婚約者のメイフェイアのところに向かったようだ。
「ヴァル様」
「ウィスティ。立ったままだったけど、疲れてない?」
労るようにウィステリアの手を握って、様子を窺う。
「大丈夫です。陛下のお話くらいの長さなら大丈夫です。もっと長かったら、足が痛かったかもしれませんが、先程の長さなら大丈夫です」
「殿下が陛下に目を向けて下さったおかげで、子供や孫の自慢話がいつもより早く終わりました。ありがとうございます」
「王妃陛下のおかげですよ。そうでなければ、気付きませんでした」
父の話が長いから、つい紅と念話で話してしまったし。
「それでもヴァル君が気付いて下さったおかげで、シエナ様の雷が落ちなくて済みましたわ。ヴァル君の目にも気付かなかったら、陛下は控室でシエナ様からのお説教がありますもの。その後、八つ当たりのような嫌がらせがクラーレット様に行きますから」
「……大人気ない父で本当にすみません。そのようなことがあったら、すぐに私に言って下さい。兄とミューニクと一緒に父を叱りに行きます。それでも駄目なら、母を呼びますので」
溺愛している子供と孫から叱られたら、流石に父もヘリオトロープ公爵にしないはずだ。それでも駄目なら、母を召喚だ。
「本当に、殿下は素晴らしいですね。グラナートに爪の垢を煎じて飲ませたい……!」
「と、とりあえず、今日はお二人でゆっくりされて下さい。プレゼントもですが、パーティーに来て下さってありがとうございます。ヘリオトロープ公爵、アザリア夫人」
「こちらこそ、お気遣いをありがとうございます。ヴァル君、改めてお誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
アザリアさんに笑顔を向けると、彼女は艶やかに微笑み返された。
流石、王国三大美人の一人。笑顔が綺麗だ。
本当に二児の母なのか。しかも子供の一人は二十代。
年齢は知っているが、どう見ても年齢より若く見える。ウィステリアと隣にいたら、親子より姉妹だ。
俺の母もだけど、実年齢より若く見えるのは本当に凄い。
そんなことを思いつつ、ヘリオトロープ公爵夫妻と少し会話をしてから別れた後、ディジェムとオフェリアがやって来た。
「……ヴァル。ガチだな」
「そうね。いつも以上に麗しいわ」
二人揃ってお互いの色を纏った装いのディジェムとオフェリアが、俺を見つめて少し呆れた声音で言ってきた。
「……王妃陛下とウィスティ、ミモザの本気を甘く見てたよ」
そう呟くように言うと、隣のウィステリアが少し胸を張った。嬉しかったようだ。
「だろうな。ヴァルは着飾ることをしそうにないもんな」
「ウィスティを着飾らせたいのはあるんだけど、自分を着飾る気はないからね」
「こんなにヴァル様は麗しいのに、ご自分を着飾る気がないなら私が……と思ったら、このようになりました……。私もやり過ぎたと思ってます……」
そのように自供したウィステリアは、困ったように笑った。だが、後悔はしていなさそうな顔だった。
「でも、後悔はしていなさそうね、ウィスティちゃん……」
オフェリアも感じたのか、ウィステリアに告げる。
「あ、はい! それはもう、後悔はしてません! 次のパーティーの衣装やアクセサリーはどこまでにしておくべきかと悩んでいるくらいです」
「……ウィスティ……」
何処かの俺の侍女を彷彿とさせるような言葉に、溜め息を吐く。
「愛されてるな、ヴァル」
ニヤニヤと肘で俺を突きながら、ディジェムが笑う。自分に害がないと思っているのか、誂う側に回ったようだ。
「最愛からの愛は嬉しいけど、俺は着せ替え人形じゃないんだよ、ウィスティ」
「もちろん、分かってますよ。あ、それでオフィ様、ディル様。提案があるのですが、お二人も魔法学園を卒業後にご結婚なさるのですよね?」
ウィステリアの提案という言葉に、ディジェムとオフェリアは目をぱちくりと瞬かせながら見る。
「その予定ではあるが……何の提案なんだ? ウィスティ嬢」
「私とオフィ様のドレス、ヴァル様とディル様の衣装を同じデザインで、それぞれの相手のお色で、一緒に結婚式――合同結婚式というのはどうですか? そして、私とオフィ様で旦那様になるお二人のアクセサリーをデザインするのです」
目を輝かせて、ウィステリアがディジェムとオフェリアに提案する。
ウィステリアの提案を聞いたディジェムは呆然として、オフェリアは目をキラリと輝かせたのを俺は見逃さなかった。
「――良いわね。成程、髪飾りとかのアクセサリーを、ヴァル君のをウィスティちゃんが、ディジェ君のを私がデザイン出来るのね」
「はいっ。ディル様が身に着けるアクセサリーや衣装を考えることはオフィ様もきっと楽しいと思います。身に着けた後の想像と合致する達成感は絶対に満足すると思います! オフィ様なら分かって下さるかと思います!」
「あ、ヤバイ。俺も着せ替え人形にされる……」
目を輝かせて熱弁するウィステリアの言葉に乗せられそうなオフェリアを見て、ディジェムが小さく嘆いた。
「ええ、分かるわ。私も常々思っていたの。とっても美男子なディジェ君という素材があるのに、ディジェ君も、ヴァル君と同じで公子らしい服装しか着ないから勿体ないなって。良いわね。合同結婚式。そこでなら、私の意見が通るし、しかも、間接的にヴァル君の衣装もウィスティちゃんと考えることが出来るのよね? 一挙両得じゃない」
目をきらきらと輝かせて、オフェリアが俺とディジェムを見ている。
「あの、ウィスティ、オフィ嬢……。盛り上がるのは分かるけど、国際的な問題もあるから、その提案は……」
俺もディジェムもカーディナル王国とエルフェンバイン公国の王族なので、もし、合同結婚式なるものをするなら、お互いのトップとかとの話し合いとかが必要になる。
まぁ、友人同士で結婚式というのは良い案だと思うし、まさかその提案をウィステリアがするとは思っていなかった。二人を大切な友人と思ってくれているのだろうなと、胸が熱くなった。
何より、魔法学園の卒業後のことをウィステリアが考えてくれていることに嬉しくなる。
入学当初は卒業後のことを言うことがなく、断罪されるのではと怯えるくらいだった。
それを彼女が自ら、先のことを言ってくれることが嬉しかった。
「良いんじゃないか? 王族の結婚式って挙げるのにも費用が掛かるし、それを国同士とはいえ、一緒に挙げるなら、少し抑えられるんじゃないか? 王族とか抜きにしても、俺はその提案良いと思う。着せ替え人形はちょっと嫌だけどさ……。ヴァルはどう思ってる?」
ディジェムの問いに、ウィステリアの藍色の目と、オフェリアの偽装中の薔薇色の目がじっと俺を見上げてくる。
閉ざされた世界のウィステリアとオフェリアを思い出して、内心、狼狽える。
本人ではあるのは確かで、人間の俺も、神の俺もウィステリア、ディジェム、オフェリアには弱い。
ウィステリアとオフェリア、二人の視線に折れるのは閉ざされた世界でもしばしばあった。
じっと見上げる四つの目に、俺は最初から降参だった。
「……卒業までまだ一年と少しあるから、国王陛下や宰相閣下に相談してみるよ。出来なかったらごめんね。先に謝っておくよ」
「俺も公王に相談してみるよ。上手くいくといいな」
ディジェムとお互いに笑うと、ウィステリアとオフェリアがお互いの手を握り合う。
その様子にディジェムと苦笑する。
「お互い、最愛には甘いな」
「それは仕方ないね」
ディジェム達と話をしていると、ハイドレンジアとシャモア、アルパインとイェーナ、ヴォルテールとミモザ、ロータス、ピオニー、シスルとリリー、グレイ、アッシュ、シメント、サイプレス、レイヴンがやって来る。
本当はラスカスとクラウディも招待したかったが、貴族達が多いから気後れさせてしまうだろうし、チェルシー・ダフニーが乱入して来た時に、二人のことを気付かれると卒業パーティーでの衝撃が減ってしまうので、南館で待機してもらった。もちろん、俺の召喚獣の青藍も一緒だ。彼なら何かあっても相手を蔓で捕らえられるし、強いので。
「ヴァル様、そのお姿はどなたが……?!」
ヴォルテールが少し興奮した様子で俺に聞いてきた。
流石、綺麗なもの、可愛いもの、魔法が好きなヴォルテール。
緑色の目が爛々と輝いている。
「ああ、王妃陛下とウィスティ、あとはヴォルテールの婚約者が本気を出して、こうなったんだよね」
「えっ、僕の婚約者って……」
ちらりと隣で、にこにこと満足といった顔をして腕を絡ませているミモザをヴォルテールが見る。
そのヴォルテールも今日は群青色の髪に、ミモザの青色の目と同じサファイアが散りばめられた飾りを着けている。ミモザの漆黒色の髪と同じ色の衣装を身に纏っている。
「それで、君を着飾ったのはミモザかな?」
「う……はい。ミモザからお願いされまして……。まさかヴァル様まで餌食になってるとは……。いえ、とても良くお似合いで、お綺麗で、僕は大変、満足なのですが」
顔を赤くしながら、ヴォルテールは頷いた。
隣でミモザは良い笑顔だ。
言い回しがミモザそっくりで、いいのだけどちょっとだけ不安になった。
「……ヴォルテールもミモザに毒されて来たね。いいんだけど」
「ところで、ヴァル様。今回も僕達の牽制、必要ですか?」
ヴォルテールが俺に尋ねると、やる気満々の顔のアルパインとイェーナが目を輝かせている。
この二人も似てきたな……!
「……うーん。どうだろう。今の皆が周りにいる時点で牽制出来てるけど……。皆の前に現れる猛者がいるかな」
チェルシー・ダフニーならともかく。
言外で匂わすと、友人達は苦笑する。
「まぁ、ヴァル様の今日の装いにつられて、近付こうとする虫はいますわ。あちらの侯爵家の令嬢とか。あの方、確か、ヘリオトロープ公爵令息様と婚約したのに、使用人と駆け落ちして、その使用人に騙されたとかで戻って来て、またヘリオトロープ公爵令息様に婚約をし直せないか聞いてきたり、断られたら執拗に追い掛け回していた令嬢ですわ」
イェーナの説明に、友人達は顔を顰める。
「ああ、厚顔無恥な令嬢か。そんな令嬢の家を俺と王家は呼んだ覚えはないんだけどなぁ……。歳も離れてるし、ウィスティがいるのに俺が靡くと思ってるのかな」
「多分、お父様がわざと呼んだのかと。お兄様も無事に婚約出来ましたし、お相手の方と仲も良いのでそれを見せることと、きっとヴァル様に近付こうとするだろうということで――」
「俺と仲睦まじいところを見せつけて、あの令嬢の心を折るつもりなのかな? ヘリオトロープ公爵は」
そう続けると、ウィステリアは躊躇いがちに頷いた。
「気持ちは分かるが、ヘリオトロープ公爵怖いな」
ディジェムがげっそりとした顔で、ちらりと徐々に近付いて来る厚顔無恥な令嬢を見る。
じわじわと近付いて来る厚顔無恥な令嬢に気付いたらしいヴァイナスとメイフェイアが、にこにこと俺達のところにやって来た。
他国の公子のディジェムと、アクア王国の王女だと知っているため、オフェリアにもヴァイナスとメイフェイアが簡単に挨拶した後、二人は俺の方を向いた。
「ヴァル、この前も言いましたけど、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、ヴァイナス」
「ヴァルお義兄様、お誕生日おめでとうございます!」
にこやかにメイフェイアがお祝いの言葉を告げる。
「ありがとう、メイ。二人がこちらに来たのはあの令嬢対策ですか?」
「はい。あの令嬢、本当にしつこいので、私で牽制して、ヴァルを守れればと思いまして」
「私もヴァイナス様から事情は聞きましたが、その牽制のお手伝いはもちろんですが、メインはヴァルお義兄様へのお祝いですからね? あの侯爵令嬢は逃した魚が大き過ぎたと後に知っても遅いですよ。と言いますか、逃がす前から大きいのは分かりきっているのに、それでも逃して、駆け落ち相手に騙されたなんて、何にでもないただの自己責任ですよ」
メイフェイアが眉を寄せながら呟くように言うと、ディジェム達が俺を見た。隣ではウィステリアがくすりと笑う。
「……何かな? ディル」
「メイフェイア嬢、ヴァルに似てないか?」
小声でディジェムが俺に言う。
「考えが似ているかもしれないけど、珍しくはないんじゃない?」
「いやいや、言い回しとか仕草も似てるぞ」
「そういうご令嬢もいるんじゃないの?」
「そうかもしれないけど――」
とディジェムが言っている時、女性の悲鳴が聞こえた。
目を向けると、レイヴンが件の厚顔無恥な令嬢を取り押さえていた。
「どうした、レイヴン卿」
「はい、殿下。この者が非合法の媚薬を入れた飲み物を持ち、殿下の元へ近付こうとしておりましたので取り押さえました」
大きくはないが、通る声でレイヴンが周囲にも分かるように告げた。彼の横にピンク色に染まった飲み物が入っているグラスが置いてある。
グラスを割らさないために遠ざけたようだ。
グラスの中身はピンク色だ。何度も見たことがあるけど、非合法の媚薬だ。
レイヴンの言葉に、周囲の貴族達がざわつき始める。
「非合法の媚薬は私にですか? それともヴァーミリオン殿下にですか? ソースラー侯爵令嬢」
ヴァイナスが冷めた目で、レイヴンに取り押さえられている侯爵令嬢を見下ろす。
隣でメイフェイアが不快に眉を寄せている。
「わ、わたくしは媚薬なんて、持っていませんわ! レイヴン卿、言い掛かりをつけないで下さい!」
「そうですか? それは媚薬ではないと?」
「そ、そうですわ。わたくしはソースラー侯爵家に誓って、媚薬を入れていませんわ」
押さえつけられている令嬢は必死の形相で、ヴァイナスと俺を見る。
「――シスル」
「はい、ヴァル様」
「媚薬が入っているかどうか確認出来る試薬、今持っている?」
「はい。もちろんです。ヴァル様に何かあってはいけませんので、常に持っています」
シスルが頷いて、空間収納魔法から媚薬かどうか確認出来る試薬が入っている瓶を一つ取り出す。
「この試薬は媚薬だった場合、色が変わります。媚薬ではない場合は色はそのままです」
「分かった。ソースラー侯爵令嬢。入っていないと言うのなら、調べてみようか?」
シスルから瓶を受け取って作り笑顔で俺が告げると、侯爵令嬢の顔から血の気が引いていく。
「殿下。近付いて御身に何かあってはいけません。私が調べます。試薬をお借りしても宜しいですか?」
ヴァイナスが一礼して、俺に近付く。
「分かった。頼む」
そう言って、瓶をヴァイナスに渡すと、彼はレイヴンの横に置いてあるグラスに試薬を垂らす。
試薬が入ったグラスの中身がピンク色から、毒々しい紫色に変わる。
変わったのを見た周囲の貴族達からざわめきが響く。
侯爵令嬢の顔が青褪めていく。
「色が変わりましたね。誰に媚薬を飲ませようとしたのか等、しっかりと調べさせて頂きます。ヴァーミリオン殿下の誕生日パーティーを騒がせた責任もソースラー侯爵家に取って頂きますよ?」
ヴァイナスが冷笑しながら告げると、侯爵令嬢が更に青褪めていく。
“可愛い義弟のパーティーを台無しにしたのは許さない”という副音声が俺には聞こえた。気のせいだと思いたい。
「ヴァイナス様が……ヴァイナス様が、わたくしに愛を下さらなかったから! あの使用人に騙されたのです! ヴァーミリオン殿下なら、わたくしのことを分かって――」
「――勝手に、私のことはもちろん、ヴァーミリオン殿下のことを言わないでもらいたい。愛をもらえなかった? 私はちゃんと、貴女に誠実に接しました。それに満足せず、自家の使用人に手を出したのは貴女でしょう。以前も言ってましたよね? “自分はヴァイナス様はもちろん、ヴァーミリオン殿下やセヴィリアン殿下等、高位の令息に愛されるのは当然だ。我が家の男性の使用人は自分の虜だ”と。不誠実な態度で私に接してきたのは貴女だ。その点、アフロダイティ侯爵令嬢は誠実で、ちゃんと私に返してくれる。貴女は愛をもらえなかったと言うが、貴女は私に返したか?」
ヴァイナスが冷たく睨みながらそう言い放つと、顔を更に青くさせて侯爵令嬢が項垂れた。
シュヴァインフルト伯爵の指示でやって来た騎士団が、レイヴンから侯爵令嬢を受け取り、連れて行った。
その後ろ姿をちらりと見た後、俺は溜め息を吐いた。
『リオン、大丈夫?』
胸ポケットに忍ばせている短剣に擬態している、フラガラッハこと鴇が心配そうに念話で尋ねてくる。
『……大丈夫というか、面倒だなって。パーティーって、こういうことが起きるから嫌なんだよね。今回は俺のために母とヘリオトロープ公爵が準備とかしてくれたから、嫌とか言わないけど、正直、内輪だけのパーティーでいいやって思うよ』
『まぁ、毎回ではないけど、媚薬やら誘惑とかされるのは面倒としか言えないよね。チェルシー・ダフニーじゃなくて良かったね。今は捕らえられないから、ちょっとストレスを感じただけで済むね』
『そこはそうだね。でも、これ以上はその名前を言わないようにね』
フラグが立って欲しくないので、鴇を止める。
『あ、そうだね。うん』
すぐ理解した鴇が黙ったのと同時に、兄夫婦がやって来た。
「ヴァル。大丈夫かい?」
「はい。ヴァイナスが前に出てくれたおかげで、私は何も被害がなかったので。ただ、ヴァイナスが少し心配です」
「あの令嬢も、ヴァイナスとちゃんと向き合っていたら、こんなことにはならなかったのにね。まぁ、結果として、ヴァルに似た、周りをよく見て、ヴァイナスを立ててくれる明るいお嬢さんに出会えたから、ヴァイナスとしては良かったのかもね」
ヘリオトロープ公爵とシュヴァインフルト伯爵と話すヴァイナスの後ろ姿を見つめながら、兄が呟くように言う。
ヘリオトロープ公爵とシュヴァインフルト伯爵と話が終わったヴァイナスに、メイフェイアが近付いて、両手を握って何かを話している。
少し話して、ヴァイナスが小さく微笑み、雰囲気が穏やかになる。
「ほら。あのお嬢さんは凄いね。ヴァイナスを落ち着かせてくれたよ。そういうところも何だか、ヴァルに似てる」
「……そうですか?」
「うん。何というのかな。ヴァルもあのお嬢さんもそうなんだけど、今、欲しい言葉をくれるんだよ。それも上辺だけではなくて、ちゃんと心を感じる。だから、救われたような気持ちになるんだよ」
ヴァイナスとメイフェイアを見ながら、兄は優しく目を細める。
「ヴァイナスはあの令嬢に恋心を抱いた訳ではないけれど、政略結婚だけどそれでも愛そうと誠実に接していた。魔法学園でよく見てたよ。他の令嬢には必要なこと以外は話し掛けず、彼女をエスコートしたり、休日にお茶に誘ったり、他の令嬢に羨ましがられていたね。王家の次に高位の公爵家の令息にあそこまで甲斐甲斐しくされてね。なのに、それに満足しなかったあの令嬢は、自家の若く、顔の良い使用人に手を出した。その結果、ヴァイナスを裏切って、駆け落ちしたのだけどね」
「わたくしもセヴィ様から当時、聞いてましたし、セヴィ様とヴァイナス様、ソースラー侯爵令嬢が二年生、わたくしが一年生の時に見ましたけど、ヴァイナス様に対して、態度も婚約者としても最低でしたわ。最終的には駆け落ちした後、騙されて、侯爵家に戻って来て、再度、婚約を願い出たのは驚きましたけど。もちろん、再婚約なんてされる訳がないのに、ヴァイナス様に縋ろうとして拒否されたのは自業自得な結果ですわ」
扇で口元を隠しながら、義姉のアテナがにこりと笑う。同じ女性として許せないと言いたげな笑顔だ。
「だから、ヴァイナス様にはメイフェイアちゃんと幸せになって欲しいですわ。もちろん、ヴァル君とウィスティちゃんも」
優しい笑顔で義姉はヴァイナス、メイフェイア、俺、イェーナ達といるウィステリアを見る。
「ありがとうございます、義姉上」
穏やかに微笑むと、兄と義姉は頬を赤くした。
あ、今の格好を忘れていた。
それから、何事もなくパーティーは終わった。
後日、騒ぎを起こしたソースラー侯爵家の令嬢は尋問で、媚薬をヴァイナスに、拒否されたら俺に飲ませるつもりだったと供述した。
それによって、ソースラー侯爵家は王族と準王族に媚薬を飲ませようとしたことで、爵位を伯爵に格下げとなった。
侯爵家の当主である令嬢の父親は国王と宰相を怒らせたことで、お家断絶を回避するために令嬢を追放し、除籍されて平民となり、修道院に送られた。
王城の南館の俺の私室で、事の顛末をヴァイナスから聞き、目の前の将来の義兄を見る。
少し、疲れたような表情を浮かべている。
「ヴァイナス、大丈夫ですか?」
「ええ。ヴァルには、元婚約者がご迷惑をお掛けしました」
「いえ。私は全く。ヴァイナスが守って下さいましたから。私のことより、今はヴァイナスのことが心配です。本当に大丈夫ですか?」
じっとヴァイナスを見つめると、彼は小さく息を吐いて、苦笑した。
「……私は、女性を見る目がないのかな、と思ってしまったのです」
「そうですか? メイはとても良い子だと思いますが」
「はい。本当に、メイフェイアは良い子です。私には勿体ないくらいに。だから、余計に元婚約者から嫌がらせをされてることをメイフェイアからではなく、彼女の兄から聞いて驚きました」
新たな事実に驚いて、俺は目を見開く。
「メイフェイアの兄の話だと、元婚約者からの嫌がらせを気にも止めていないようで、軽くあしらっていると聞いた時には驚きましたけど、それでも、私と婚約をしたばかりに、こんな迷惑を掛けてしまうとは思いませんでした。彼女には申し訳なさでいっぱいですよ」
「そうですか……。それで、ヴァイナスはどうしたいのですか? 今の話の雰囲気だと、メイと婚約を解消したいと思っているのですか?」
「……それを悩んでます。私としては、メイフェイアと婚約を続けたいです。ですが、彼女は私より若く、可愛く、それに聡明です。九歳も離れた男より、年齢の近い男性と婚約した方がいいのではないかと考えてしまうのです」
項垂れながら、ヴァイナスはぽつりぽつりと口を開く。
こんなにも弱々しい将来の義兄は初めて見た。
「メイはヴァイナスとの婚約が嫌だと言っていたのですか?」
「いえ。逆に“こんなことで婚約解消と言ったら怒ります”と言われてしまいました」
「ヴァイナスが続けたいと思っているのなら、続けたらいいのではないですか? メイも解消したら怒ると言っているのですよね? メイも解消したくないと思っている――ヴァイナスが良いと言っているということじゃないですか」
俺の言葉に、ヴァイナスが緩く頭を上げる。
「それに私がこう言うのもどうかと思うかもしれませんが、女性を見る目がないとヴァイナスは言いましたけど、失敗したのはたった一人じゃないですか。その後、ちゃんとした良い女性を見つけたではないですか。それは女性を――人を見る目があるのではありませんか?」
ヴァイナスの目が大きく見開く。
「正直な話、あの侯爵令嬢のような女性は何処にでもいます。私も現在進行形で迷惑を被っています。人は悪い方や失敗の方に目が行きやすい。けれど、良い方を見るべきではありませんか? ヴァイナスは元婚約者に囚われて、今の婚約者のメイを悲しませたいのですか? もしそうなら、それこそ、人を見る目がないのではありませんか?」
ウィステリアと同じ藍色の目を小さく揺らして、ヴァイナスは苦笑した。
「……本当に、ヴァルは凄いですね。私が欲しい言葉を、さらりと言って下さる。本当に、貴方が国王になるところを見てみたい……」
「前にも言いましたが、有り得ない未来です。夢から早く覚めることをお勧めします」
「そうですね。前にも言いましたね。寝言と思って下さい」
「――ヴァイナス。同じ夢を見ないことをお勧めします。夢は夢です。辛い現実から逃げた時は特に、その夢から逃れなくなって、目が覚めた時に絶望しますから」
「まるで実体験のように言いますね。そのようなことがあったのですか?」
「ええ。昔ですけどね。今は見ません」
小さく笑うと、ヴァイナスは心配そうに俺を見る。
「そうですか。私では頼りないかもしれませんが、辛い時は仰って下さい。今日は弱音を吐いてしまいましたけど、私は貴方の義兄になるのですから、義兄として、家族として、ヴァルを守りたい」
「ありがとうございます。その時はお願いします。それで、ヴァイナスはメイとは婚約解消はしませんね?」
「もちろんです。九歳離れてますが、メイフェイアは私の大切な婚約者です。元婚約者には感じなかった愛情が、あの子に対してはあるんです。だから、もう、メイフェイアを離すつもりはありません」
「それなら、ちゃんとメイを幸せにして下さいね」
「もちろんです」
大きく強く頷くヴァイナスを見て、俺は穏やかに微笑んだ。




