第102話 誕生日パーティー①
俺の誕生日から一週間後、第二王子の誕生日パーティーが催される。
そのパーティー前日。
フィエスタ魔法学園も休みで、王城の南館は朝から慌ただしかった。俺以外。
「……誕生日とはいえ、ただのパーティーなんだから、皆、そんなに気合いを入れなくても……」
いつものように机で書類仕事をしながら俺が呟くと、俺とパーティーで着る衣装候補を交互に見比べていたミモザの目がカッと見開いた。
「何を仰ってるんですか、ヴァル様! 明日は! 私達の主人の! ヴァル様のお誕生日をお祝いするパーティーですよ! 通常のパーティーなら、普段着ていらっしゃる服よりちょっと飾りを付けただけで映えますけど、明日の主役はヴァル様なんです! なので、通常のパーティー以上に着飾るのは当たり前です! 周りなんて霞むぐらいにしないと!」
握り拳で、ミモザは熱く語る。が、俺は冷めた目で書類に目を落とす。
「そんなにお金を掛けなくていいよ。俺に充てられたお金とはいえ、元は国民のお金なんだから。わざわざ使わないで、むしろ、国民に還元した方が俺は良いと思うけど」
それに第二王子に充てられるお金のほとんどが俺に就いてくれているハイドレンジアやミモザ達の給金と食費等、生活費がほとんどだ。
品位維持のためとはいえ、フィエスタ魔法学園と王城の行き来くらいしか外には出ない引き籠もりの第二王子が何に使えと?
しかも、フィエスタ魔法学園では制服だ。
余計に使い道がない。
婚約者のウィステリアとパーティーに参加しないといけない時の衣装や、彼女にプレゼントしているドレスやアクセサリー類は、俺が作ったポーションや冒険者ギルドでこなした魔物退治、集めた素材を売って貯めた個人的なお金――私費だ。
今回の俺の誕生日パーティーで着る衣装は、誕生日だからと第二王子に充てられた公費が使われることになり、大分前から仕立てられた衣装……なのだが、俺の専属侍女のミモザはここぞとばかりにその公費で何着か衣装を仕立てたらしい。更に俺が止める前に王妃である母にも許可を貰っていたらしく、ミモザは堂々と仕立てていた。
その仕立てた衣装数種類と俺を見比べて、どのパターンが良いのか悩んでいるらしい。
「……ヴァル様。それでいいのですか? ウィステリア様もヴァル様のお誕生日のパーティーくらい、着飾った美しい婚約者様を見たいとお思いだと、私は思いますよ。だって、女の子ですもの。私だったら見たいです」
ジトッとした目で書類仕事をする俺をミモザが見つめる。
……そう来たか。
俺が動くとしたら、ウィステリアしかいない。
それをよく知っているミモザは引き合いに出してきた。
が、ミモザはちょっと失敗した。
なので、そこを突いてみようか。
「それなら、ヴォルテールにお願いしたら? 着飾ったヴォルテールも美少年だよ?」
にっこりと俺が言うと、想像したのかミモザの顔が真っ赤になる。
「な、何で、そこでヴォルテール様を引き合いに……って、ああっ!? 失敗した……! 婚約者様ではなく、そこはヴァル様と言えば良かった……! 痛いところを突くなんて、流石、ヴァル様……」
口を尖らせて、ミモザは唸った。
「酷い言いようだね。まぁ、それは置いといて、着飾るのをヴォルテールにお願いしてもいいんじゃない? 俺の護衛だからなかなか着飾らないけど、ヴォルテールも着飾るのは好きだと思うよ。ウィスティみたいにミモザも身に着けて欲しい物をヴォルテールに渡したら? 顔を真っ赤にしながら着けてくれると思うよ」
「た、確かに、ヴォルテール様に着けて欲しい物はありますね。用意してはいるのですが、なかなか言い辛くて……。明日、パーティー当日にお願いしてみます。ありがとうございます、ヴァル様」
小さく会釈をしてミモザは微笑んだ。
「私の悩みが何故か解決しましたが、それはさておき。ヴァル様の明日の衣装をどうしましょう! ウィステリア様の明日のドレスの色は聞いてますので、同じ色で良いと思いますが、敢えての反対色でも映えて良いかと思いますし……悩むっ! 美人な主人だとどれでも似合ってしまって困りました。そして、贅沢な悩みでそういう意味でも流石、ヴァル様ですね」
「……何か、振り出しに戻ってない? 別に適当でいいよ」
「そう仰らず、ヴァル様が決めて下さい。ウィステリア様がお隣にいらっしゃることを思い浮かべた上で、どちらが良いかを選んで下さい」
ミモザの目に留まった衣装候補が俺の前にズラリと並ぶ。
俺は苦笑しながら書類と羽根ペンを置き、立ち上がり、衣装候補の前に立つ。
「……本当にどれでもいいのだけど、これでいいんじゃない?」
そう言って、俺はミモザに適当に選んだ衣装を見せる。
適当というか、俺の目に留まったのはウィステリアの目の藍色と同じ衣装で、生地は光沢がある絹で、光の加減で藍色や薄紫色に見える。
ウィステリアを思わせる衣装を選んだ俺を、ミモザの目が輝いた。
「えっ、その衣装、ありましたか?! 気付きませんでした」
「ざっと見て、俺の目に留まったのはこの衣装だけど……。まぁ、人それぞれ感性は違うしね」
「それでも、ヴァル様のお側に長く仕えているのに気付かないのは侍女失格です……」
「このくらいで落ち込まなくていいよ。とりあえず、明日はこれを着るよ。ウィスティのドレスもこの衣装の逆だし」
「うぅ、余計に落ち込みます……。ウィステリア様の着られる予定のドレスがヴァル様の目の色の金と銀の生地で、光の加減で紅色に見えるのに、ヴァル様の衣装を見つけられないなんて……」
「気にしない、気にしない。そういえば、アクセサリーは決まってるの?」
話を逸らすためミモザに問い掛けると、ハッとした顔になった。
「あっ! そうでした! ウィステリア様から明日のアクセサリーを預かってます。髪飾りにカフスボタン、今着けていらっしゃるピアスに追加で付けられるイヤーカフです」
そう言って、ミモザは明日着けるらしいアクセサリーが入っている箱を開けて、俺に見せる。
それを見て、俺はたじろいだ。
ウィステリアの俺を着飾りたい欲求が詰まったような髪飾りがまず目に入る。
恐らく、俺の目の金と銀をイメージしたような、透き通ったシトリンとダイアモンドを散りばめた髪飾りが、多分、俺のこめかみに着けられるんだろうなとまず一つ目のたじろぎ。
それぞれ二つずつ着けると思われるカフスボタンは、俺とウィステリアの髪の色をイメージしたルビーとエンジェルシリカで、思っていたものより大きかったことに二つ目のたじろぎ。
今着けているウィステリアから誕生日プレゼントされた藍色の宝石アウイナイトの雫型のピアスにセットで着けられるように予め作られていたんだろうなと思われるイヤーカフは、丸く加工されたラベンダーアメジストが耳輪上部から耳たぶまで連なり、掛けられるタイプの物だった。
多分、ウィステリアはこれもセットで誕生日プレゼントのつもりで用意していたのだろうなと思う。
ピアスは誕生日に、セットで着けられるようにしたイヤーカフは誕生日パーティーに、二段構えのプレゼントだと感じられ、これが三つ目のたじろぎ。
ウィステリアの本気を知り、いつもは俺がする方だから、逆にされた俺は珍しくたじろいだ。
その様子に気付いたミモザがニヤリと笑った。
「ウィステリア様の愛情に、ヴァル様のたじろぐお姿が見られて、ホッとしました」
「……何で?」
「ヴァル様もまだ十代なんだなって。いつも余裕を見せて、冷静に対処する第二王子殿下ですから、正直なところ、ずっと気になってました。去年のハイドお兄様とシャモアお義姉様の結婚式で演技ではなく、素の年齢相応なところがやっと見られましたし、それからは少しずつ見せて下さいますけど、それでも気になってました。お年頃の感情とか、ちゃんと感じられていらっしゃるのかなと。前世のヴァル様は十九歳の時に亡くなられたとお聞きしたので、余計に今のヴァル様は感じられていらっしゃるか心配でした」
「そう? 子供の頃から結構、感情は豊かなつもりだったんだけど……見えなかった?」
「どちらかというと、お小さい頃から私の話に乗って下さってましたけど、その乗り方は大人な乗り方でしたからね。年齢相応ではありませんでしたよ。ハイドお兄様とはどうしたものかと話してました。王族なので、人前で他の貴族の子供のように振る舞えませんし、王城で私やハイドお兄様の前くらいしか素が見せられないでしょうから、いつか押し込めた感情が爆発しないかと心配でした」
眉を八の字に下げて、ミモザは苦笑する。
「感情を爆発……そういえば、してないね。不発に終わったものは、最近だとチェルシー・ダフニーにウィスティが絡まれた時だけど、ロータスに止められたし、この前はヴォルテールとレイヴンに止められたね」
「それは止められて正解かと思いますよ。流石に後処理が大変なので……。その他のところでも爆発していらっしゃらないので、正直、パーティーで不届き者がもし乱入したらと考えると私もハイドお兄様も心配です」
「ミモザ、知ってる? それ、前世ではフラグを立てるっていうんだよ。所謂、後の展開を予想させる出来事や行動を意味するんだけど、伏線みたいなものだね」
「えっ、そんなつもりはないんですけど?! やめて下さいよ、ヴァル様。私は平和主義ですよ!」
「俺も平和主義だよ。まぁ、乱入したら、状況によっては陛下や王太子殿下、宰相閣下に任せようかな。俺は前に出たくないし。問題が起きる前に、追い出すのもアリだけど」
フラグの意味を知り、狼狽えるミモザに苦笑しつつ、俺は明日のパーティーに出席する顔触れを思い浮かべる。
俺と最も親しい人達を中心に呼んでいるが、一応満遍なく国内の主要な貴族は呼んでいる。
中には未だに俺の側室を狙っている貴族がいるのが頭痛の種だ。
今回のパーティーは母である王妃と宰相のヘリオトロープ公爵が主導で準備しており、俺は主役なのに完全に蚊帳の外だ。
理由は社交界デビューパーティーや公式戦、先日のワイバーン事件等、俺が動くことが多く、心労もあるだろうから、ゆっくり休むようにという母とヘリオトロープ公爵の配慮だ。
有り難いのだけど、ちょっと不安だったりする。
流石に今回のパーティーにチェルシー・ダフニーは乱入出来ないと思うが、それ以外の問題が本当に起きそうで、ミモザのうっかり立てたフラグもあって不安だ。
明日がパーティーとはいえ、フラグを叩き折りたい。
なので、萌黄や紫紺に調べてもらっている。
今のところ、何も出ていないがギリギリまで調べておきたい。
「……ヴァル様。とりあえず、紅茶のお代わりいりますか?」
気を取り直したい様子のミモザが俺に尋ねる。
「そうだね。お代わりもらおうか。ついでに休憩するよ。ミモザも休憩しておいでよ」
ティーカップに紅茶のお代わりを淹れて、ミモザは苦笑しながら頷いた。
そして、俺の誕生日パーティー当日。
昨日、決まった衣装とアクセサリー類を身に着け、更に髪までセットされた俺を見て、ハイドレンジアとミモザが立ち尽くした。
そんな二人もパーティーに出席するので、それぞれ礼服とドレスを身に纏っている。
「……どうしたの、二人共。何か、変?」
「我が君。今日は絶対にウィステリア様と一緒にいて下さい。本当にお一人には絶対にならないで下さい」
「ヴァル様。ハイドお兄様の言う通り、ウィステリア様と一緒にお願いします! それかセヴィリアン王太子殿下やディジェム公子、ヴァイナス様、ヴォルテール様、最悪の場合はディーマン大神官様でも構いません」
「え、何? 一人でいたい時もあるかもしれないし、ウィスティも家族と一緒にいる時もあると思うんだけど、俺の格好、変?」
「変ではなく、むしろ逆で普段以上に美しいお姿で、恐らく、男女問わず、我が君に寄ってくるかと……」
ハイドレンジアが顔を赤くしながら、俺に説明する。
「……そんなに、普段より凄い?」
ハイドレンジアとミモザが大きく頷く。
「誕生日パーティーなので、ヴァル様を着飾るのは当たり前、周りが霞むくらい……と私が言ってしまいましたが、これはやり過ぎました」
「ウィステリア様からのアクセサリーも影響があるとは思いますが、我が君は普段のパーティーがアクセサリーをちょっと飾るだけでしたが、今回は衣装とアクセサリーに力が入ってますからね。余計に差があって、寄ってくる虫は多いかと。我が君と最も親しい方々が中心とはいえ、国内の主要な貴族も家族を連れ立って来るでしょうから。あわよくば側室目当てに……」
「なので、ヴァル様はお一人にはなって欲しくないです」
「……やり過ぎたことで、逆に寄って来ないということは、ない?」
「我が君の隣に立てるのはウィステリア様以外にいらっしゃらないのに、立てると思っている身の程知らずなら、可能性はあります。常識がある者なら、まず近寄らないかと思います。衣装とアクセサリーをお互いに合わせていらっしゃるのに、合わせてもいない者が我が君の隣に立てると思い上がってる時点で有り得ませんが」
「……辛辣だね。ウィスティ以外に俺が靡くことはないけど、対応が面倒だね。だから、パーティーが嫌なんだよ」
溜め息混じりに呟く。頭を掻きむしりたい気分だが、髪までセットされていて崩してしまうので、諦めた。
ちなみに、髪は珍しく前髪を右側だけ上げて、上げた側に髪飾りを着けている。反対の左側は一房だけ髪留めで留めていないが三編みを緩くしている。
ミモザがセットしてくれたのに、した本人が立ち尽くすのはどうかと思う。
「ヴァル様を見ていると、美人過ぎるのも大変なのが凄く分かりますね」
同情するように、ミモザが俺を見る。
そんな会話をしていると、ウィステリアが南館に来たようで、シメントが声を掛けてくれた。
「あの、お話し中のところ、ごめんなさい。ヴァル様、ヘリオトロープ公爵令嬢を、お連れ、致しました……」
「ありがとう、シメント」
シメントにお礼を言うと、顔を赤くしながらお辞儀をした。
シメントに案内されたウィステリアは、俺の私室に入るなり、ピタリと固まった。
「ウィスティ?」
「ヴァ、ヴァル様。眩しいですっ。す、素敵過ぎて、絶対にたくさんの方がヴァル様に近付いて来られると思うので、パーティーに出るのはやめませんか……?」
「主役が出ないのっていいの? パーティーが苦手だから、出なくていいなら俺は嬉しいけど」
「……駄目ですよね。出なかったら王妃陛下からのお叱りがあるでしょうし……」
しょんぼりとした顔でウィステリアは苦笑する。
「そうだね。気合い入れて用意したのに、俺が出ないってなったら、かなり怒るだろうね。そんなことより、ウィスティ。とても綺麗だよ」
ウィステリアに近付いて、彼女の右手の甲に口付けると、一気に真っ赤になった。
背後でミモザがニヤニヤと笑っている気配がする。
ウィステリアは、光の加減で紅色に見える金と銀の光沢のある生地を使ったマーメイドラインのドレスに、俺が着けている髪飾りの対になっているデザインの髪飾りを左側に着けている。ネックレスも俺のピアスと対になっている。
「ヴァ、ヴァル様……ありがとうございます。あの、通常運転ですね」
「ウィスティに関してはね。レン、ミモザ。これで俺の隣に立てると思う令嬢なんている?」
「ですから、我が君。立てると思っている身の程知らずがいる可能性はあり、常識がある者なら、まず近寄らないと私は言いましたよ。これだけお互いを着飾らせている方は、我が君とウィステリア様以外に私は知りません」
でしょうね。俺もそう思う。
そんな意味を込めて、何度も頷くと、ハイドレンジアが苦笑した。
「我が君の場合はご事情がご事情ですから、牽制の意味もあり、ウィステリア様をご自分の色で着飾らせていらっしゃるのは理解出来ますが、時々やり過ぎではと思う時もあります」
「……最愛の婚約者を着飾りたいって思うのは当然だよ。独占欲が強いのは理解してるよ」
そう言うと、ウィステリアの顔がまた赤くなる。
可愛いなぁ、本当に。
「あ、ヴァル様。そろそろ、会場に行かないといけない時間ですよ。行きましょう!」
ウィステリアに助け舟を渡すように、ミモザは俺に声を掛ける。
「そうだね。行こうか、ウィスティ」
「はい、ヴァル様」
左手を差し出すと、ウィステリアが顔を赤くしながら右手を乗せた。
そして、王城の大広間で、第二王子の誕生日パーティーが始まった。
大広間には招待された子爵以下の貴族達が集まり、高位貴族が順に呼ばれていく。
もちろん、最後は誕生日パーティーの主役の俺と、その婚約者のウィステリアだ。
「……子供じゃないんだし、誕生日パーティーなんてしなくてもいいのにね。親しい人達からのおめでとうだけで十分なんだけどなぁ……。親しくない貴族達におめでとうと言われると、その裏を考えてしまうから疲れるんだよね」
大広間へと通じる大きな扉の前で、呼ばれるのを待ちながら小声で呟く。
既に、俺の心は南館の私室に帰りたいと思っている。
「お気持ちは分かりますけど、王妃陛下がリオン様をお祝いしたかったのですから」
「……そうだね。ごめん、愚痴を零したね」
「いいえ。私には遠慮なく愚痴を零して下さい。私はどんな時でもリオン様の味方ですから」
「ありがとう。俺もどんな時でもリアの味方だよ。絶対に裏切らないし、必ず守るよ。これはフラグじゃないからね」
「ふふ、私はリオン様のことを信じてますから、フラグとは思ってませんよ」
そんなこんなで話していると、扉の内側――大広間から俺の名とウィステリアの名を呼ぶ声が聞こえ、扉が開いた。
「それじゃあ、行こうか。私の婚約者殿?」
「はい。宜しくお願い致します。私の婚約者様」
俺の左手の上に、ウィステリアの右手が添えるように置かれる。それを更にぎゅっと握ると、隣に立つウィステリアが赤くなった。




