第99話 第二王子の誕生日②
……俺は、今、非常に、項垂れていた。隠し部屋で。
どうでもいい、と言えば、何だか相手が可哀想かもしれないが、別に関りたくない人達の過去視なんか視て、何が楽しいのか。
精神的疲労を負う羽目になって、不快感が強い。
『リオン、大丈夫か?』
心配そうに紅が俺を見遣る。俺の右目と同じ金色の目が俺の身を案じる、優しい色をしている。
「……大丈夫かと言われれば、精神的に疲れたよ。紅、ちょっと、とある人達を呼んでもいい?」
『とある人達? リオンと我にとって面倒な者でなければ構わぬが……』
「一人は面倒じゃない。むしろ、俺の半身だし。もう一人は……多分、この遣り取りを見てると思うけど、面倒だなぁ……というのが本音だね」
『ハーヴェスト様は我にとっても確かに面倒ではないな。しかし、もう一人……? 神のリオンとハーヴェスト様の父親か?』
首を傾げて、紅が俺を見る。それを見て、俺も頷く。
「うん。ちょっと、問い質したい。場合によっては怒りで神の俺の姿に勝手になるかもしれない」
『……折角、人間のリオンの姿に戻ったのに、また神の姿になるのか? また無理に戻れば一時的にとはいえ、魔力が空になるぞ』
「そこは大丈夫。前に作った俺特製の魔力回復のポーションがあるから、それを先に今から飲むよ。それで空っぽにはならない」
空間収納魔法から俺が作った魔力回復ポーションが入った小瓶を取り出す。
俺の髪や紅と同じような赤い色の透き通った液体のポーションを机に置く。
ポーションの瓶が、太陽の光できらきらと輝く。
薬師のシスルの話だと、俺が作った魔力回復ポーションは、通常の魔力回復ポーションより魔力が多く回復するらしい。
その場にたまたま居合わせた聖の精霊王の月白曰く、俺が再生と守護を司る神だから、通常の魔力回復ポーションより多く回復するのではないかと話していた。
魔力回復って、再生になるのか。
自分の権能は、閉ざされた世界でのループのトラウマもあって、どうしてもマイナスに考えてしまう。
俺自身に作用するとマイナスでしかないと、つい、考えてしまう。
俺ではない者――ウィステリアとディジェム、オフェリアにはプラスに働いてくれたが、俺特製の魔力回復ポーションを俺が飲んでも、あまり回復しないのでは……と後ろ向きに考えてしまう。
薬師のシスルのお墨付きだから、大丈夫なのは知っているが、どうしても自分が信じられない。
『……リオンは難儀だな。リオンの前世と閉ざされた世界での身の上が影響しているのは分かるが』
「おかげで、前世はともかく、神の俺も、今の俺も自己評価は低いよ。上から二番目の神の息子で、双子の姉はこの世界を創った女神で、三つの権能を持つけど隠されている神。カーディナルの三大美人の一人の王妃似の綺麗な容姿に、文武両道で、高い魔力、全属性の魔力持ち、全属性の精霊王と世界最強のフェニックスを召喚獣にしている、王にならないのにハイスペックな王子と言われているけど、立場的にもいい感じに使える、都合の良い、貧乏くじを引く第二王子、としか思えるくらいに俺の心は荒んでるよ」
なのに、何故、綺麗な魔力と、紅や精霊王達、クラウ・ソラスやフラガラッハ、ディーマン大神官は言うのか。
『……荒んでいると言うが、結局、リオンは困っている者を見つけたら助ける。助けるのはなかなか難しいし、ほとんどの者は見て見ぬ振りをする。それをしないから、リオンは綺麗な魔力のままなんだ』
「……褒めても何も出ないよ」
何故か褒められてしまい、照れ臭くなった俺は誤魔化すように魔力回復ポーションを呷った。
優秀な薬師のシスルの言葉通り、俺特製の魔力回復ポーションはごっそりと半分まで減っていた俺の魔力が四分の三まで回復した。
「シスルの言っていた通りだ。凄いな」
『そこはリオンが作った魔力回復ポーションは凄いな、ではないのか?』
「そんな、自画自賛のようなことは言わないよ」
苦笑して答えると、紅が溜め息を吐いた。
『……あやつらを断罪後に、しっかりリオンを癒やしてもらうようにリアに伝えておこう。これも拗れたせいだからな。憂いがなくなり、リアに癒やしてもらえば、リオンの自己評価も変わるだろう』
呆れた声音で紅は自分で納得したのか、何度も頷く。
何だか、釈然としない。
『それで、リオン。魔力もある程度は回復したようだが、呼ぶのか?』
「そうだね。正直な話、今、知っておかないと色々と対策が遅れる気がする」
『そうか。それは恐らく、我も知らないことだろうから、リオンを守るには我も知る必要があるな。我も居ても問題ないか?』
「むしろ居て欲しいね。紅がいれば、俺も少しは冷静でいられると思う」
俺が小さく笑って頷くと、紅はホッとしたような表情をした。神を二柱も呼ぶから、紅も気が引けているようだ。
『なら、すぐ止められるように、リオンの側にいよう』
小さな机に乗ったまま、紅は優しく目を細めた。
「ありがとう。それじゃあ、呼ぼうか。ハーヴェスト。お……………………お父さん」
トワイライトの名を父と呼ぶのが、人間の俺の中にいる神の俺はまだ、凄く躊躇いがあるようで、それに影響して、かなりの間を空けて、父と呼んだ。
『……リオン。貴方もわたしのことが言えないじゃない』
神の俺の気持ちが分かったのか、隠し部屋に苦笑しながらハーヴェストが現れた。
「いや、だって、そりゃあ……理性の方は納得出来ても、流石に俺も心の方はまだ納得出来てないよ。ハーヴェストや神の俺、ウィステリア達の、閉ざされた世界では五百年だけど、この世界では千年、返せって思うよ」
トワイライトの考えも理解出来る。
未来視で視て、悩んだ末に、神でもあるらしい政略結婚で生まれた子供達に会う前に、一応妻の、元恋人で下位の神に権能の相打ちで攻撃され、一応妻に殺され、上位の神としての力を一応妻の父親の権能の転換によって、自分の子供達にしっぺ返しという形で使われることになるのは苦渋の選択だったと思う。
ただ、流石の神でも、千年は長い。それに巻き込まれウィステリアやディジェム、オフェリアはもっと申し訳ない。
『……うぅ。それは凄く申し訳ないけど、僕も未来視で視て、悩んだ結果がこのルートなんだよ。それ以外はハーヴェストやヴァーミリオン、ヴァーミリオンの周りの誰かが命を落としてた。このルートが今のところの正解なんだよ。ごめんね……』
言いながら隠し部屋に現れた、神の俺とハーヴェストと同じ濡羽色の髪、右目が金色、左目が銀色。俺とハーヴェストと同じ顔。女顔なのに、少し切れ長の目のおかげで男性とすぐ分かる容貌の男性――トワイライトが泣きそうな顔で俺に抱き着こうとした。
どさくさに紛れて抱き着こうとしたトワイライトから素早く、俺は避けた。
空を抱き締めたトワイライトは悲しげに俺を見つめる。
『ヴァーミリオン……。ハーヴェストばっかり構ってたから、避けたの?』
「いえ。ただ、何となく、今の父親の国王陛下に似ていたので、鬱陶しいと思って条件反射で身体が動きました」
淡々と伝えたら、トワイライトは項垂れた。
『……鬱陶しいんだ……。人間の年齢的にも息子の反抗期の時期だから、仕方ないよね……。仕方なくても僕は抱き締めたいんだけどね』
「……もう少し、お父さんに慣れてからにして下さい。それと、反抗期ではありません」
溜め息混じりに伝えると、トワイライトは苦笑して頷いた。
「それはさておき。お父さんに聞きたいことがありますが、いいですか?」
つい、にっこりと笑みを浮かべながら、トワイライトに俺は告げた。
『うっ、ヴァーミリオンの有無を言わせない笑顔! 怖いのに、可愛いと思ってしまうのは、長い間、会えなかった弊害かなぁ!? ……こほん。ヴァーミリオン、聞きたいことは何かな?』
トワイライトの言葉に、若干引いてしまった顔をした俺を見て、トワイライトは慌てて真顔に戻した。
「……何故、あの母親の恋人で、元女神の父親が、パーシモン教団の神官のスチールとして人間に生まれ変わっているんです?」
少し、怒気を込めた声音でトワイライトに聞くと、ハーヴェストと紅が驚いて目を見開いていた。
『……それは過去視で視たのかい?』
「ええ。面倒な平民の少女が子供だった頃から魅了魔法に掛かっているのに、少しですが自分の意志で動けるのは何故なのか気になり、先程、詳しく視ました。本人は神としての記憶はないようですが、下位ではありますが神だった影響か、魅了魔法に少し耐性があったみたいです。最近は面倒な平民の少女の中に、前世の自分の娘がいることに本能的に気付いたのか、彼女に執着的な愛情を持ち、歪んだ形で魅了魔法に掛かっているようですけど」
溜め息混じりに告げると、トワイライトの表情が困惑の色を浮かべる。
彼も知らなかったようだ。
こちらもこちらで、過去視で視て、頭痛が強くなった。拗れるのも大概にして欲しい。
『……僕が彼――マウスの権能の相打ちで攻撃された時にマウスも命を落としたけど、流石に僕を殺そうとした神を人間として生まれ変わらせる程、僕は優しくはないよ。恐らく、人間として生まれ変わらせたのは最高神だね。真意は僕も分からない。あの最高神のイカれた頭は、まともな僕には理解出来ないよ』
肩を竦めながら、トワイライトは苦笑した。
自分でまともと言っている人程、まともじゃないと喉のところまで出て来そうだったが、どうにかぐっと抑えた。まぁ、人じゃなくて、目の前の相手は神だけど。
『未来視で僕も全てのルートを視ていたのに、マウスについては知らなかったな。多分、最高神がその後に手を出したんだと思う。マウスに関しては、今度、最高神に問い質してみるし、最悪、腹が立つ回答だったら僕の権能の裁きを使うよ。僕に残ってる二つの権能のうちの一つ、裁きは最高神も裁ける権能だから』
にこっと笑うトワイライトを見て、俺は胡乱げな目を向ける。
その権能、初めの時に諸悪の根源のあの母親に使ったら良かったんじゃないか?
条件があるのかもしれないけど。
「そうですか。それで、マウス……現スチール神官が禁呪の合成魔法を使えるのは、前世が元神だったからですか?」
『違うよ。マウスやマルーン、ミスト程度の神が簡単に禁呪は使えない。神としての記憶もない神官なら、恐らくパーシモン教団に保管している禁書でも盗んで、読んで会得したんだと思うよ。そこは過去視で視ていないの?』
「……過去視も含めて、権能を使うと人間なので、身体に負担が出て、動けなくなるんです。全ては視ていません」
緩く首を振ると、トワイライトが思い出したかのように、申し訳なさそうに眉をハの字に下げる。
『そうだったね。ヴァーミリオンは今は人間だったね。身体に負担が出るのに、僕の権能を受け継がせてしまったんだよね。ごめんね』
「いえ。俺に対してはマイナスに働くことが多いですけど、大切な人達にはプラスに働いていますし、過去視のお陰で真実が分かりました。負担はありますけど、助かってます。なので、気にしないで下さい」
苦笑して答えると、トワイライトは俺をじぃっと見つめながら、ハーヴェストに声を掛けた。
『……ねぇ、ハーヴェスト。僕の可愛い息子、どうやったら、神界に連れて帰れると思う?』
『……あの、お父さん。そんなことをしたら、絶対にリオンはお父さんと絶縁すると思うわ。やめておくことを勧める』
『えっ、駄目? ハーヴェストもだけど、ヴァーミリオンも僕にも、一応妻にも似てないよ? こんなに健気で可愛い子供達と一緒にいたいと思う親心、分かってくれない?』
『分かるよりも前に、リオンには最愛や親友達がいて、今、とっても充実してるの。今までが辛かった分、わたしはリオンには人間として、幸せになって欲しい。わたしはそれを見たい。千年放っておかれて、親心もへったくれもないわ。今更ね』
ハーヴェストが辛辣な言葉をざくざくトワイライトに送っている。
ただ、流石、俺の双子の姉。
思っていることは同じだった。
『うぅ……僕の可愛い娘の言葉の剣が鋭い。でも、そうか。ヴァーミリオンが人間として、幸せになって欲しいのは確かだね。もちろん、ハーヴェストもだけど。ヴァーミリオンは特に一応妻とその娘に執着されてるから、解決したら幸せになって欲しい。人間としての生が終わってから、こっちに連れて来たら良いよね』
良いこと思いついたと言いたげな顔で、トワイライトは俺を笑顔で見つめた。
「え……勝手に決められると困るのですが……」
『えっ、嫌?!』
「嫌と言いますか、勝手に死後のことまで決められるのはちょっと……。一応、まだ十六歳なので」
正確には明日で十七歳で、それに前世の年齢を足すと三十六歳ですが。あ、神の俺の年齢は除外で!
『あ、リオン。明日、誕生日よね』
年齢の話になり、思い出したようにハーヴェストが呟いた。
『えっ?』
「そう言うヴェルも一緒だよね?」
ハーヴェストに笑顔で返すと、彼女もそういえばといった笑みを浮かべた。
ハーヴェストが意図したのか、ハーヴェストと神の俺の生まれた日は、人間の俺と同じ誕生日だ。
『ええっ?! 何で、何で、二人共、誕生日のことを早く僕に言わないの!? お祝いが間に合わない!』
驚いた声で、トワイライトが俺とハーヴェストに訴える。
「俺達も今、思い出したので……」
『うんうん。わたしも神のリオンも、誰にもお祝いされたことがないので』
ハーヴェストが俺の言葉に頷きながら、呟いた。
特に神の俺は閉ざされた世界でループしていたので、誕生日という感覚もなかった。
そんなことを思いながら、ハーヴェストと何度もお互いに頷き合うと、トワイライトが潤んだ目で俺達を見た。
『僕も人のことは言えないけど、一応妻は何考えているのかな! 本当にあの一応妻、生まれたことを後悔させてやる。まぁ。罪は償ってもらうのは当然だし、腐りかけの、女神の一柱だからね、人間の手本になってもらわないとね。罪を償うという、ね。最高神に会う時に、人間でいうところの離婚を伝えておこうかな。二人が生まれる以前から破綻してるし、僕が殺された時点で婚姻関係も解消されるのが通常だし。何故か、まだ婚姻関係なのが腹が立つけど』
「じゃあ、何で結婚みたいなことをしたんですか」
俺が半眼でトワイライトを見る。隣でハーヴェストも同じように見ていた。
『アレと僕が結婚しないと新しい女神と神――ハーヴェストとヴァーミリオンが生まれない……そういう運命? が決まっていたんだよ。上から三番目の運命を司る女神によってね。嫌だったけど、新しい女神と神は必要だった。当時、アレのせいで女神と神の数が減ってたからね。今も気付かれてないけど、原因はアレが権能を盗むために神達を殺して減っていたから。今は証拠隠滅に協力してくれるアレの父親も恋人も最高神によって処断されたから、アレも今は大人しいけどね。僕の可愛い子供達がアレと似なくて本当に良かったと僕は思ってるよ』
「前にも言いましたが、似せる方が難しくありませんか」
『うんうん。似せるのは無理だわ。拒否反応が出る』
『二人共、清々しい程に辛辣だね。そんな二人も可愛いけど。二人共、誕生日プレゼントは何が欲しい? かなり遅くなってしまったけど、プレゼントをあげたいな』
にこにこと笑顔でトワイライトが俺とハーヴェストに問う。
「……欲しいもの……ミストとマルーン、チェルシー・ダフニーに邪魔されない平穏?」
『……生まれてきたことを後悔するくらいの断罪?』
『ごめんね、どちらもすぐにはあげられないかなぁ……。他にはない?』
非常に困った表情を浮かべ、トワイライトが俺とハーヴェストを見る。
「他は特には……」
『わたしも……』
『……そ、そうかぁ……。難しい年頃だね……。じゃあ、二人には僕から権能のプレゼントだよ』
「権能はこれ以上いりません」
『わたしもこれ以上、目立ちたくないからいりません』
『いやいや、流石に僕の権能はこれ以上あげられないよ。そうじゃなくて、僕の希望の権能を二人に掛けるよ』
俺とハーヴェストの言葉に、トワイライトが慌てて左右に首を振った。
『もし、これから生命の危機のようなことがあっても、一度は防げるよ。ヴァーミリオンの守護に似てるかな』
そう言って、トワイライトは俺とハーヴェストに白い光と黄色の光が混ざった光が降り注ぎ、雪のように消えた。
『これで二人は何か生命の危機があっても、一度は防げるよ』
穏やかな笑みを浮かべ、トワイライトは俺とハーヴェストを抱き締めた。
『ハーヴェスト、ヴァーミリオン。一日早いけど、お誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、僕の可愛い子供達として生まれてきてくれてありがとう』
「『あ、ありがとう、お父さん……』」
抱き締められた俺とハーヴェストは、ぎこちないながらもお礼をトワイライトに言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。




