第97話 第二王子の隠し部屋
「ハイドお兄様、ずるい!」
王城の南館の俺の私室にミモザが入ってくるなり、俺の隣に立つハイドレンジアに不満を訴えた。
「ミモザ? どうしたの?」
書類を書いていた俺は、羽根ペンを持ったままミモザを見つめる。
何だかよく分からないことになったワイバーンとパーシモン教団の騒動から二日が経つ。
紅とハイドレンジア、レイヴン、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵、騎士や魔術師達、パーシモン教団の大神官と神官達と共に、転移魔法でカーマイン砦から王都に戻り、神官長はパーシモン教団のカーディナル王国の支部で捕らえられた。
後日、罪を問うそうだ。
どうやら第二王子の不敬をネタに、叩けば埃が出るようなので余罪を調べるそうな。
王城には剣と魔法の師匠、パーシモン教団の大神官のディーマンと共に事の顛末を国王である父、王太子である兄、宰相であるヘリオトロープ公爵に報告した。
そこでディーマン大神官が来年の卒業パーティーに向けて、俺に協力をすることを話してくれた。
ついでに、カーディナル王国内のパーシモン教団をなくすつもりでいることもディーマン大神官は父に告げた。
……本気で、ハーヴェストと俺を信仰するつもりらしい。
新たな宗教を興してもいいかとディーマン大神官は父と兄、将来の義理の父に提案していた。
神のヴァーミリオンについては、どうやらハーヴェストに以前からディーマン大神官が相談していたようで、第二王子のヴァーミリオンとは別人にするつもりらしい。
それでも信仰されたら、前のように神のヴァーミリオンの姿になるから、信仰の言葉と魔力に触れないように常に気を付けないといけなくなる。
というか、信仰してくれる人がいたとして、信仰してくれる人、全員に助けを求められても助けに行けないから、やっぱり俺を信仰しないで欲しい。
正直、信仰されると姿が変わるなんて、知りもしなかった。しかも、元の人間の俺の姿に戻るまで半日掛かった。
俺とディジェムは元々神だけど、神として生まれなかった存在で、隠されているようなもので、信仰の対象とは思わなかった。
ディーマン大神官はディジェムのことを知らないと思うが、ディジェムにも伝えた方が良いかもしれない。
そして、目の前の兄のハイドレンジアに不満顔の妹のミモザは、俺がディーマン大神官達と共に国王に報告中に、カーマイン砦で起きた出来事を聞いたらしい。
それで何故、ハイドレンジアがずるいになるのかは分からないが。
「ヴァル様。ヴァル様が神のお姿になったのは本当ですか?!」
口を膨らませて、ミモザは俺を見た。
あ、成程。ミモザも見たかったのか。何でだ。
「あー、うん。何故か、ディーマン大神官に信仰されて、気が付けば、神の俺になってたよ。姿が変わるなんて知らなくて驚いたけど」
「私も見たかったです……!」
がくりと床に膝をついて、ミモザは項垂れた。
「いや、見たかったって……。ただ、髪の色が変わるだけだよ……?」
「いえいえ、我が君。神のお姿の我が君は口調も少し違いましたし、声も少し低かったですし、纏う雰囲気が普段より神々しくて、正に神! でした。更に、王子力……いえ、神様力が限界を超えてました。ですので、レイヴン卿も私も恐れ多くてお近くにいることを躊躇ったくらいです」
「あ、それで普段より他人行儀だったのか。神の姿が嫌なんだと思ってた。それと、神様力って何」
「何を仰いますか! 私が神の我が君を嫌に思うなど有り得ません! 神でも第二王子殿下でも我が君は我が君です! 少し躊躇ってしまったのは、矮小な人間の私が神の我が君に近付いてもいいのか悩んでしまったからです。レイヴン卿も同じことを言っていました。神様力は神様力です。王子力が一に対して、神様力は百です。そう思って頂ければ」
饒舌に話すハイドレンジアの言葉を聞き、少しホッとした。神の姿の俺を嫌いということではなかった。とりあえず安心した。
ただ、神様力なる謎の数値を新たに作るのは勘弁して欲しい。要は普段の百倍だったというのは分かった。俺自身のことなので、普段が分からないが。
「普段のヴァル様の百倍なら、より一層見たかったです……!」
がくりと膝をついたまま、悔しそうにミモザは床をだんっと拳で叩いた。
「……見なくても良いんじゃない……?」
「私は見たいのです! ヴァル様の神のお姿……! だって、ヴァル様ですよ?!」
力説するようにミモザは言うが、俺は首を傾げる。
“だって、俺だよ”の意味が分からない。
「今でさえ、ヴァル様は麗しいのですよ?! 神のお姿のヴァル様はその百倍……? 見るしかないじゃないですか! しかも、少し口調も違う上に、声も少し低くて、神々しいだなんて! ウィステリア様も絶対に見たいと仰ると思いますよ!」
ミモザが力強く断言し、神の姿になれと目で訴える。
「そこで何で、ウィスティの話を出すかな……」
疲れで溜め息を吐くと、扉を叩く音が聞こえた。
応答すると、ハイドレンジアが扉を開ける。
開けると、レイヴンがウィステリアを連れてやって来た。更にその後ろには何故かディーマン大神官がいる。
「ヴァル様。ヘリオトロープ公爵令嬢をお連れしました。それと、何故か南館をうろついていたディーマン大神官もお連れしました」
「ウィスティ、いらっしゃい。レイヴン、ありがとう」
ウィステリアに微笑みかけると、彼女も嬉しそうに微笑んだ。癒やされる。
レイヴンにお礼を言うと、彼も穏やかに微笑み、一礼した。
「ヴァル様、お疲れ様でした。お怪我はありませんか?」
「全くないよ。ワイバーンは討伐しなくて済んだから。それで、ディーマン大神官、何故こちらに?」
「王都のパーシモン教団の教会に戻り、グローカス神官長の尋問をすることをお伝えしようと、殿下の元に参りました。本当なら、ヴァーミリオン様に御祈りを捧げたいのですが、流石にお姿をまた変えてしまうのは申し訳ありませんので、諦めました」
「……祈りはいりません。私は全てに手を差し延べる程の力はありません。出来れば、ずっと諦めて下さい」
ブレないディーマン大神官にそう言って、俺は小さく息を吐いた。
「あの、ヴァル様。祈りとは? それに、どうして、パーシモン教団の大神官様がいらしてるのですか?」
首を傾げて、ウィステリアは俺を見上げる。
「今度、皆にも話そうと思うけど、ウィスティには先に教えるね。実は……」
ウィステリアにカーマイン砦で起きたことを説明した。
すると、ウィステリアが俺を上目遣いで見た。
その上目遣い、可愛過ぎるので、皆の前でしないで欲しい。切実に。
「私も、神のお姿のヴァル様が見たいですっ!」
きらきらと星のように輝く藍色の目で、ウィステリアは俺に訴えた。
「ですよね! ウィステリア様も見たいですよね! ほら、ヴァル様、私の言った通りではないですか!」
ウィステリアに便乗する気満々のミモザも俺に訴えた。
「……戻るのに半日かかるから、陛下達が来られたら困るんだけど。髪の色だけ変えれば同じだと思うけど」
髪の色だけ変えるのは駄目なのだろうか。それだったら、半日もかからない。一瞬だ。
「そこは私とハイドお兄様、レイヴン卿がどうにかします! ね、ハイドお兄様、レイヴン卿! お二人もヴァル様の神のお姿をもう一度、見たいですよね!? それと、髪の色だけ変えるのは駄目です! 少し口調が違ったり、声も少し低い、神々しいヴァル様ではありません! それだといつものヴァル様です! 違います!」
ミモザがごねる俺を説得しようと、ハイドレンジアとレイヴンに同意を求める。しかも、違うと言われる上に、髪の色だけ変えたいつもの俺では駄目だった……。
「そ、そうですね……。確かに、我が君の神のお姿はもう一度、拝見したいですね……」
「ええ……。まぁ……。神々しいヴァル様をもう一度、拝したいというのは確かにありますが……」
ミモザの言葉に頷くハイドレンジアと、揺れるレイヴンがもごもごと呟きつつ、俺をちらちらと見る。
その隣で、ディーマン大神官がにやりと笑っている。もう一度、祈りを捧げられるといった嬉しそうな表情をしている。
「ヴァーミリオン殿下。皆様のご期待に応えるべく、是非とも、王城を去る前に、御祈りを捧げさせて頂いても宜しいでしょうか?!」
両手を重ねて、祈るようにディーマン大神官が俺を見つめる。
今世の俺より明らかに年上の、カーディナル王国内の神官の中でトップの人が目を輝かせて俺を見つめる。
完全に信徒だ。いや、既にパーシモン教団の大神官で信徒だけども。
新しい宗教を興す気満々の、一歩間違えたら狂信者なディーマン大神官に引きつつ、どう返答するか悩む。というか、ご期待に応えるべくって、それを言うのは俺じゃないのか。
それにだ、ウィステリアが見たいと言った時点で、俺は拒否出来ない。
最愛の人からの可愛いお願いを、叶えたくなるじゃないか……!
「……絶対に、ハイドレンジアとミモザ、レイヴンで半日どうにか出来るんだね?」
念を押すようにハイドレンジアとミモザ、レイヴンを見る。
三人はこくこくと大きく頷いた。
「はぁ……分かった。ディーマン大神官、祈って下さって大丈夫です……。ただ、少し待って下さい」
そう言って、俺は小さく息を吐いた。
息を吐いたのと同時に、俺の周囲に覆っていた結界を一つ解く。
「……ヴァーミリオン殿下。もしかして、信仰の言葉と魔力を防ぐ結界を張っていましたか……?」
「そうですね。同じことが他の人の前で起きないための対策として。一応、隠されてますが再生と守護を司る神なので、守りは得意な方ですから」
苦笑して告げると、ディーマン大神官は目を輝かせた。
「もう対策なさっていらっしゃるとは……! 流石です、ヴァーミリオン様……!」
と、目を潤ませて、両手を祈るように組んで、ディーマン大神官は俺を見つめる。
更にどさくさ紛れて、祈りを捧げてきた。
祈りの言葉のようなものは、今回はないのか。
ディーマン大神官の強い聖属性の魔力が祈りと共に俺へ向かってくる。
二回目とはいえ、慣れない。
俺の手にディーマン大神官の魔力が触れた瞬間、反応して姿が服装はそのままで神の俺になった。
普段より少し長い前髪を見て、青みを帯びた黒――濡羽色になった。
そんな俺を見て、ウィステリアとミモザが息を飲む音がした。
ハイドレンジアとレイヴン、ディーマン大神官は二回目で、結構な時間見ていたはずなのに、目を輝かせている。
ディーマン大神官はともかく、ハイドレンジアとレイヴンまで信仰するような目で見るのは何故だ。
「ヴァル様……」
ミモザが顔を赤らめ、更には目を輝かせて、俺の名を呼ぶ。
「……何だ、ミモザ」
声もやっぱりいつもより低くて、神の俺だった。
「?! 声がいつもより低い上に、艶っぽい! なまめかしい!」
「……どちらも意味は同じだろう」
溜め息混じりに訂正すると、ミモザの目がキラリと光った。
「いつもより低いヴァル様の声で少し鬱陶しそうに訂正されて言われると、ちょっと別の扉を開きそうなんですけど! 神のヴァル様って、人見知りですか?!」
「……閉ざされた世界で限られた人しか会ったことがない。こっちの俺は人見知りだと思う」
「成程。いつもより口調が淡々となさってるから、ハイドお兄様もレイヴン卿もヴァル様に近寄りがたいと感じられたのですね。ヴァル様、安心して下さいね。私もハイドお兄様もレイヴン卿もヴァル様から離れませんから! もちろん、ウィステリア様も」
「ありがとう」
俺がお礼を言うと、にこやかにミモザは安心させるように微笑む。
流石、長年の俺専属の侍女。
そういう感情の機微を察知するのは、流石、女性だと思う。
そして、もう一人、この場にいる女性――俺の最愛は呆然と俺を凝視している。
俺は執務用の椅子から立ち上がり、彼女の前に立つ。
「……ウィステリア?」
呆然と俺を見つめるウィステリアは、何故か目を潤ませている。
「……あ、あの、ヴァル、様……」
震える声でウィステリアは俺を見上げる。
その表情と声で、あることに気付いた俺はウィステリアを横に抱き上げ、ハイドレンジアを見た。
「え、あ、あの……!」
「レン、少し離れる。何かあれば萌黄に。後で話す。ディーマン大神官、祈りは受け取った。連絡は地の精霊王に行かせる」
「分かりました、我が君。お気を付けて」
「畏まりました、ヴァーミリオン様。私めの祈りを受け取って下さり、ありがとうございます」
状況が把握出来ていないようだが流石、長年の俺の側近のハイドレンジアは小さく微笑んで頷き、ディーマン大神官は少し興奮気味の笑顔で一礼した。
状況が分からず首を傾げるミモザとレイヴンには申し訳ないが、ウィステリアを待たせてしまっているので、皆を置いたまま転移魔法を使った。
転移魔法で移動した俺とウィステリアは、ある場所に着いた。
横抱きにしていたウィステリアをそっと下ろし、震える彼女の頬に触れる。
「――リア?」
「リ、リオン様……。身体は……胸は、痛くないですか……?」
泣きそうな、悲痛な表情で、ウィステリアは自分の頬に触れる俺の右手を握る。冷たい。
「大丈夫だ。ごめん。俺のこの姿を見て、過去視で一度視せた閉ざされた世界の記憶がフラッシュバックしたんだな。配慮出来てなかった。俺は大丈夫。この身体は……人間の俺だ。神の俺はループすれば、身体も元に戻っていたから、傷はない」
震えるウィステリアを抱き締め、安心させるように背中を優しく叩く。
「……良かったです。でも、リオン様の身体に傷はなくても、記憶があります。大丈夫ではないと思います」
言いながら、ウィステリアは震える手で俺の左胸を何度も擦る。
閉ざされた世界で殺され続けた神の俺は、毎回死に方が違う。その中で、一番多かったのがウィステリアを庇って心臓を一突きだ。
魔力の覚醒の時に、閉ざされた世界にいたウィステリアの魂の一部が彼女に戻ったとはいえ、その記憶はウィステリアにはないはずで、無意識だと思うが、俺の左胸をしきりに擦る。
トラウマになっているのかもしれないと思うと、胸が痛む。
「リアがいるから、問題ない。神の俺も、人間の俺も、リアがいれば癒やされるから。貴女がいれば、俺は大丈夫」
ウィステリアを安心させるように優しく抱き締め、手で彼女の両頬を挟んで、俯いている顔を上げて、視界に俺が入るようにする。
藍色の綺麗な目が、揺れる。
「来年で俺とリア、ディル、オフィ、ヴェルの憂いを終わらせる。だから、気に病まないで欲しい。俺は笑うリアが見たい」
優しく微笑むと、ウィステリアの顔が一気に真っ赤になった。
「……か、神のお姿のリオン様はストレートに仰るんですね……! いつものリオン様よりストレートで、しかも、二十代くらいのリオン様のお姿だから、大人の色香が……!」
「神の俺の姿だと、そちらに依るみたいで、どうしてもストレートになるんだ。そこは申し訳ない。それと、十六歳のリアは綺麗で美少女で可愛い。閉ざされた世界のリアは二十歳だった。二十歳のリアは綺麗で美女で麗しい。たった四年で変わる。女性は花で例えられることが多いが、的を射てると思う」
「そ、それは、リオン様もだと思うのは私だけですか……!? あ、それと、ここは何処ですか?!」
顔を赤くしたまま、今気付いたのか、あわあわと周囲を見回したウィステリアは俺に問う。
周囲は小さな机と椅子一脚、シングルサイズのベッド、小さな書棚があるだけの部屋だ。広さは大体、六畳くらいで、イメージは前世の俺の部屋だ。前世の俺の部屋はもう少し広いが。
「ここは南館の隠し部屋だ。レン達も知らない。去年、俺が覚醒した時に空間収納魔法を応用して、南館に作った。誰も使っていない物置きと小さな部屋を一つに繋げて、俺と召喚獣以外には気付かれないように様々な結界で偽装してるから、気付かない。本当に一人になりたい時のために作った部屋だから、一人分の物しか置いていない」
「……どうして、そのようなお部屋を作られたのですか?」
「少しだけ、第二王子でも、神でもない、ただの俺になりたいと思う時がごく稀にあって、十分、三十分、一時間だけでも誰の目にも触れないところで肩の荷を下ろしたかった」
ウィステリアに力ない笑みを向ける。
フィエスタ魔法学園に通い始めてから、自分の出生とか色々なことがあり過ぎて、何の肩書きもない前世の俺に戻りたかったのかもしれない。だから、部屋のイメージが無意識に、前世の俺の部屋にしたのかもしれない。
「……確かに、リオン様は小さな時から色々と考えて動いていらっしゃいましたものね。息抜きをしたいと思うのは分かります。公爵令嬢よりも、第二王子の方が当然、責任は大きいですし、元女神にも執着されてますから、何処かで息を抜きたいですよね。ごめんなさい、婚約者なのにリオン様のそのお気持ちにも気付かなくて……」
「……これは俺が隠していたことだから、リアは本当に気に病まないで欲しい。本当なら、誰にも言うつもりはなかった。でも、リアになら、言ってもいいかと思えた」
「え……?」
「……四分の一、背負ってくれるんだろう?」
過去視で、閉ざされた世界のループ一回分を視せた時にウィステリア達が言ってくれた言葉は、人間の俺の中にいる神の俺はとても嬉しかった。
今の姿は神の俺だから、ウィステリアに伝えるにはちょうど良かった。
「あの言葉は、神の俺にはとても響いて、嬉しかった。救われたような心地になった。あの閉ざされた世界で五百年、我慢して耐えた甲斐があった。ありがとう」
ウィステリアにしか見せない、極上の微笑み神の俺バージョンをすると、目の前の最愛はとても真っ赤になった。
「かかか神のリオン様の微笑みの破壊力が……!」
真っ赤な顔で自分の両頬に両手を当てて恥じらうウィステリアを見て、彼女が可愛くて小さく笑う。
「ああああ、あの! リオン様。話を変えさせて頂きますが、も、もうすぐリオン様のお誕生日ですよね! 何か欲しいものはありますか?」
話を変えて、落ち着こうとしているらしく、ウィステリアはじっと俺を見上げる。
「……欲しいもの……リア、かな……」
素直にぼそりと呟くと、ウィステリアの顔がまた真っ赤になる。
「えっと、それは、け、結婚後に確実なので、ほ、他のにして下さいっ」
「そうか……。それは残念。そうだな……何か、身に着ける物が欲しい」
「身に着ける物ですね! 分かりました!」
目を輝かせて、ウィステリアは大きく頷いた。
「……そろそろ、戻るか?」
「はい。ご心配お掛けしました」
「リアは俺の大切な人だから、心配をするのは当然のことだ。気にしないで欲しい」
そっと抱き締めると、ウィステリアも背中に手を回してくれた。
しばらく抱き締めて、ウィステリアから離れる。
「そろそろ戻ろう」
「はい、リオン様」
頷くウィステリアの手を取り、転移魔法で俺の私室に戻った。
ウィステリアと俺の私室に戻ると、ハイドレンジアとミモザ、レイヴンが待っていた。
「……三人共、どうした?」
「あの、ヴァル様。ちょっとマズイことになってます」
「マズイこと?」
レイヴンの言葉に眉を寄せると、ハイドレンジアが口を開いた。
「先程、大神官様から地の精霊王様を通して、我が君にすぐに伝えて欲しいと連絡がありました。グローカス神官長が先程、魔に堕ちたそうです」
「……そうか。ディーマン大神官はどう対策すると?」
「とりあえず、拘束している部屋に聖属性の強い結界を張り、何処にも出られないようにしたそうです」
ハイドレンジアの話を聞き、人間の俺の姿に戻ろうと魔力を込める。
ハーヴェストから聞いたことだが、人間の俺に戻るのに本当なら半日掛かるが、無理矢理戻ることは出来るそうだ。とんでもない代償がある訳ではなく、ごっそり魔力を使うだけらしい。
今回の場合、無理矢理にでも戻らないと、父達に報告が出来ない。なので、元々が多い魔力だから、ごっそり使っても問題ないと思う。
何か起きれば最悪、月白と花葉に魔力の覚醒の時に預けた、増えた魔力を受け取るという手もある。
込めた魔力で無理矢理、人間の俺の姿に戻ると、ハイドレンジアがホッとした表情を浮かべた。
持ってる魔力が半分減った感覚がして、こんなに減るのかと内心、驚く。
「分かった。とりあえず、陛下に伝えようか。最悪の場合、俺が教会に行くしかないかもしれない」
「ヴァル様、魔に堕ちたら、何故、警戒しないといけないのですか?」
ミモザが不思議そうに俺を見る。
「動物とかが魔に堕ちると、魔獣や魔物になる上に知力が落ちる。知力が落ちると欲求に忠実になる。人が魔に堕ちると、理性が飛んで自分の中の一番強い欲望に忠実になるんだよ。だから、グローカス神官長がどんな欲望を抱いていたかによって、見境なく人を殺めたり、襲われたりする可能性が出てくる。王都でそんなことが起きたら、住民達が危ない。魔に堕ちたモノは聖属性に弱くなるから、聖属性を持つ者が対処するのが最善だね」
「だから、大神官様が聖属性の強い結界を張られたのですね」
「うん。恐らく、カーディナル王国内で聖属性持ちで、魔力が高いのは俺とディーマン大神官だろうから、彼が対処出来なかったら、俺が行くしかない。そのためにも陛下に報告だね。面倒なことになったよ、本当に」
溜め息混じりに言うと、隣に立つウィステリアが案じる表情を浮かべ、俺の腕に触れる。
「あ、あの、ヴァル様。ちょっと待って下さい。ヴァル様を狙っている元女神も魔に堕ちてるんですよね? それなら何故、チェルシー・ダフニーの身体の中にいられるんです? 彼女は聖属性を持ってますよね?」
ミモザがふと気付いたことを俺に問う。
「……あー、うん。あいつ、色々と罪を犯してるから、聖属性持ちでももう魅了魔法しか使えないんだよ。本人は気付いてないようだけどね。他の属性を持ってないから、使えるとしたら精々、生活魔法くらいだね」
「ヴァル様。罪とは、どのような罪を彼女は犯したのですか?」
レイヴンが驚いた顔で俺を見る。
「まだ調査中だけど、色々だよ。過去視で視て、証拠を集めてるところだよ。ここまで罪を犯していると、魔に堕ちてもおかしくはないと思う。まぁ、罪の自覚もないようだけから、堕ちないのかもしれない」
多分、ゲームの中と思っているから罪の自覚がないのだと思う。断罪するまで、魔に堕ちるようなことはさせないが。
魔に堕ちたら、理性が飛んでしまうから、罪を認めさせることが難しくなる。
ちなみに、神は魔に堕ちても、若干、理性があるらしい。元女神を見ても、理性があるようには見えない。若干ってどのくらいだよ。若干の幅を知りたい。誰か教えてくれないかな。
「とりあえず、今から陛下のところへ行ってくるよ。レン、レイヴン。長くなりそうだから、ウィスティをヘリオトロープ公爵邸へ連れて行ってもらえる?」
「分かりました、我が君。どのようになったのかをまたお教え下さい」
「私にも教えて下さい、ヴァル様」
「ヴァル様。明日の魔法学園の時で構いませんので、私にも教えて下さい」
ハイドレンジア、レイヴン、ウィステリアがじっと俺を見る。更にミモザも無言で俺を見る。
「もちろん。ちゃんと伝えるよ。ウィスティ、また明日。レン、レイヴン。頼んだよ。ミモザは南館で待機しておいて。何かあったら連絡を」
「はい、ヴァル様!」
頷くウィステリア達に微笑んで、俺は父がいる王城の中央棟へ向かった。




