第96話 パーシモン教団の大神官
遅くなりましたが、今年も宜しくお願い致します!
「ああ……もう、何なのかな。この山積みになる問題。解決して減らしたと思ったら、また増えるし……。呪い? 今世も呪いに掛かってる?」
カーマイン砦の王族用の執務室で、額に手を当てて、父である国王への報告書を書くために机の上に紙とペンを置いて、俺は盛大に溜め息を吐いた。
「……我が君。お気持ちはとても分かりますが……その、魔力を漏らされると、隣のお部屋にいらっしゃるセレスティアル伯爵に見つかるかと……」
ハイドレンジアが同情を浮かべながら、紅茶を俺に差し出す。
「レン、大丈夫。魔力を漏らしてもバレないように結界を張ってるから。可能性の一つとして、ワイバーンの群れを対処して、ホッと一息の時に別のナニかが狙ってくると思って、この部屋にはちゃんと諸々の多重結界を張ったから。侵入は容易じゃないよ。ミモザもだけど、レンの淹れてくれる紅茶は美味しいね。ありがとう」
ティーカップに口を付け、ハイドレンジアに微笑む。
「ありがとうございます、我が君」
ハイドレンジアは嬉しそうに俺に微笑み返した。
「我が君。可能性の一つというのは、どういうことですか? 我が君を狙う愚か者が多いのは確かですが、わざわざカーマイン砦にまで手を伸ばす阿呆がいるのですか?」
笑顔でハイドレンジアが毒を吐いた。
愚か者に阿呆……。
気持ちは分かるけど、うちの側近、相変わらず、辛辣だなぁ……。
「カーマイン砦というか、他所だからだよ。王城は俺の側近に侍女、友人、召喚獣によってガチガチに守りを固めてるから、相手にとっては手を出しにくいんだよ。他所だと、その守りが分散されるから王城と比べて俺を狙いやすい。一度、失敗したとしても、王城に帰るまでまた狙われるかもしれないと思わせて、こちらの精神を疲弊させるのは容易だよ。更に相手は元女神かもしれないとか、チェルシー・ダフニーを聖女と擁するつもりの神官達とか、その他の貴族とかでは? とこちらは考えるから余計に神経が擦り減って疲れるよね。相手からするとそこが狙い目だよ。まぁ、俺も対策してるけど」
苦笑しながら、俺はハイドレンジアに伝える。
時間と余裕があれば、俺も使うかもしれない手の一つだから、相手も可能性はある。
けれど、思いつきやすいことではあるから、こちらも対策はしている。
「確かにそうですが、相手は我が君が対策なさっていることは考えないのですか?」
「そこはどうだろうね。元女神もチェルシー・ダフニーも俺が対策しているとは全く考えてないだろうし、神官達は俺の性格とかは詳しく知らないだろうからね」
「そこは、我が君を狙うのなら、調べるものではないでしょうか……」
「調べなくても簡単に抑えられると思ってるんじゃないかな。王太子ではなく、第二王子だし。成人に
なりたての十六歳だし」
相手は、俺を単純で御し易いんだろうと思ってるんだろうなぁ。
『……リオン』
紅が溜め息混じりに、念話で俺を見た。
『だから、ちゃんと言わなかったよ、俺も。流石にレンを落ち込ませるつもりはないし』
俺に何を言おうとしたのか分かったので、紅に念話で返した。
それでも、ちょっとショックだったことだから、本人には言わないけど、ちょっと根に持つのは許して欲しい。
「……話を変えますが、我が君。ワイバーンの群れにされていたパーシモン教団の神官の件は、どうなさるおつもりですか?」
「どうって……陛下や王太子殿下、ヘリオトロープ公爵にはもちろん報告はするつもりだよ。流石に第二王子だけで処理出来る内容じゃない」
溜め息を吐きながら、俺は二時間前の出来事を思い出す。
二時間前、カーマイン砦の王族用の執務室の隣にある応接室で、右肩に紅を乗せた俺とシュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵、ハイドレンジア、レイヴンは事情を聞くため、意識を取り戻した対面に座るワイバーンにされていたパーシモン教団の神官の中で最も地位が高い者を二人を見据えた。
「お初にお目に掛かります、ヴァーミリオン第二王子殿下。大神官を務めさせて頂いております、ゼウス・サラテリ・ディーマンと申します。パーシモン教団のカーディナル王国の支部を取り纏めております。隣の者は神官長のグローカスです。この度は、私共百人余りの神官達を助けて下さりありがとうございます」
煉瓦色の髪、榛色の目をした、三十代くらいの金色の糸をふんだんに使った豪華な刺繍の神官服を纏った男性――大神官のディーマンが俺に向かって、気さくに笑い掛けてきた。
その大神官の隣の神官長は砂色の髪をしており、俺を見た途端、草色の目を大きく見開いた。
大神官の笑みは裏表のない笑みだが、隣の神官長の顔を見て、内心、警戒度が上がった。
隣を含めて、取り纏めてるなら、部下達の動向をちゃんと把握しておけよ、と喉のところまで込み上げてきたが、今それを言っても仕方がないので作り笑顔のまま俺も笑う。
そういえば、パーシモン教団の序列って、上から教皇、その次は枢機卿、大神官、神官長、神官、神官見習いだった気がする。カーディナル王国にあるパーシモン教団のトップは大神官。
教皇、枢機卿はグラファイト帝国の更に北にあるエィンシャン神聖国にいる。そこにパーシモン教団の本部がある。
「初めまして、ディーマン大神官。グローカス神官長。早速で申し訳ありませんが、単刀直入にお聞きしたいです。何故、禁呪の合成魔法を掛けられ、あのような状態になったのです?」
お互いソファに座った状態で、対面の大神官と神官長に聞く。
「……お恥ずかしいことですが、我が教団のカーディナル王国の支部で神官を務めている者が反逆をしようとしまして……」
「反逆? それはどういうことだ?」
シュヴァインフルト伯爵が眉を寄せて、大神官を見る。
「ある平民の少女を聖女に擁することを前々から訴えていた神官に、聖女にはしない決定を告げた途端、禁呪の合成魔法を使ってきました。その際に私とグローカス神官長、護衛の神官と聖騎士がワイバーンと合成されました。その後は私と同じく異を唱える神官達を次々とワイバーンと合成されました」
「王都で合成魔法を使われたのですか? その神官はワイバーンは何処から連れて来たのです?」
大神官の話を聞き、疑問に思ったことを俺は尋ねる。
「いえ、神官が合成魔法を使ったのは王都ではなく、ビートル子爵領のダブ村です。ワイバーンはその神官が召喚獣を使い、そこに呼び寄せました」
大神官が緩く首を左右に振り、場所と方法を告げる。
神官がワイバーンを召喚獣にしてるのは、こればかりは召喚してみないと分からないし、更に打ち勝たないといけないので、まぁ、とりあえず置いといて。
「……セレスティアル伯爵。ワイバーンは仲間を呼び寄せるのですか?」
「聞いたことがありませんね。その神官が何か他にも魔法を使った可能性はありますね」
セレスティアル伯爵も小さく首を左右に振った。
その神官、誰かというのは大体予想出来るけど、魔法に関してそんなに博識で多才なら、魅了魔法を防ぐことも可能だったろうと想像出来るのに、何故、掛かったのだろう? 不意を突かれたのだろうか。当時のチェルシー・ダフニーは五、六歳だろうし。
「そうですか。ディーマン大神官。何故、ビートル子爵領のダブ村で、大勢の神官達がいたのです?」
大神官に敢えての質問をすると、隣の神官長の眉がピクリと動いた。
答えは考えたら分かるけどね。
チェルシー・ダフニーとその神官のやらかしの証拠隠滅が出来ないかというのと、本当に聖女の器としてたり得るかの確認のためダブ村に赴き、調べていたところ、聖女ではないと判断したんだろう。
それをその神官――スチール神官に決定を伝えたら、怒りで禁呪の合成魔法を使った、というところだろうな。
権能の過去視を使わなくても、分かるところが何というか……。
魅了魔法に掛かると短絡的――知能が低下するのだろうか。
それに、何より、教団の腰が重過ぎる。
あの事件から三ヶ月以上が既に経っている。
スチール神官の手の者が、ロータスが訪れた五日後くらいには動いていた。
それでも遅いけど。
そう考えると、教団の動きも一枚岩ではないし、情報収集力が弱い。
教団が情弱でいいのだろうか。寄付金とかの意味で。
「……既に、ご存知かと思いますが、ダブ村の住人達が亡くなったことについて、私達も調べておりました。我が教団の神官もダブ村で一人亡くなっておりますので……」
「それは……お悔み申し上げます。確かに、ダブ村についてはこちらにも話が入っています。何か手掛かりはありましたか?」
眉をハの字にして、大神官に聞く。
こちらが証拠らしい証拠は全て押収しているから、証拠は出ないと思うけど。
「いえ。ダブ村の出来事が私の元に届いたのが今から一週間前でしたので、国王陛下方の方がご存知かと思います。何か判明したことがあれば、是非ともお教え頂きたいところです」
「残念ながら、私も詳しくは知りません。国王陛下や王太子殿下ならご存知かと思いますが……」
知ってるけど、その情報を目の前の大神官なら教えてもいいかと思うが、隣の神官長には教えたくないと、何故か直感が訴えている。
そういえば、聖の精霊王の月白が前にカーディナル王国内で聖水が作れるのは大神官と俺だけと言っていた。
それと関係しているのだろうか……。
「分かりました……。後程、国王陛下にお伺いしてみます」
大神官は苦笑して、小さく頷いた。
「ところで、ディーマン大神官。ある平民の少女を聖女にはしないと決定した理由を伺ってもいいですか?」
「え? ええ、そうですね。ヴァーミリオン殿下はその平民の少女をご存知でしたね。更には迷惑を被っていると、部下から聞いております」
それなら止めてくれよ。と喉のところまで出かかった。
まぁ、聖女にはしないと大神官が言っているのだから、言っても仕方がない。
「私がそう判断したのは、ヴァーミリオン殿下や殿下の婚約者であるヘリオトロープ公爵令嬢に対する態度、言動が聖女として資格なしと判断しました。当教団でも彼女は強い聖属性ではあったので、常識や立ち居振る舞い等の教育を試み、それで聖女の器であれば聖女にと思ったのですが、無理でした。他にもございますが省略させて頂きます」
大神官は申し訳なさそうに俺を見た。
これは、神官長は分からないが、大神官は魅了魔法のことを知ってるな。だから、言葉を濁したのだろう。
「成程。そうですか。私達王家も王国も彼女を聖女と認めていないので、彼女が聖女だとフィエスタ魔法学園内で発言しても、パーシモン教団の決定ではないと彼女に伝えても問題ありませんね?」
「はい。問題ございません」
鷹揚に大神官は頷き、俺に微笑んだ。
何となく、この人は協力者として手を組んでも良いかもしれない。
本当に何となくそう感じた。
「ヴァーミリオン殿下。発言、宜しいでしょうか」
今まで静かにしていた神官長が、俺を見た。
その目は大神官と違い、欲望を持つ目だった。
「何でしょうか、グローカス神官長」
「ヴァーミリオン殿下は聖属性をお持ちですよね? 私達を浄化でワイバーンと切り離して下さいましたから。殿下は王位を継がれないようですので、パーシモン教団の聖人になりませんか?」
「グローカス! 不敬なことを言うな!」
神官長の突然の言葉に、シュヴァインフルト伯爵とセレスティアル伯爵、ハイドレンジア、レイヴンが殺気を発し、大神官は驚きで声を上げた。
表情を見ると、大神官はそんなことを考えていなかったようで、神官長の独断のようだ。
「何故、私が聖人にならないといけないのです?」
神官長に言われた俺は表情を変えず、静かに神官長を見据えた。
まぁ、禁じられてる魅了魔法を平気で使う、常識が通じない平民の少女より、王子として育てられた王にならない、自分で言いたくないが麗しの第二王子の方が聖人として祭り上げた方が教団としても、寄付金とか増えるだろうし、信者も増える。更にはその後ろ盾になれば、甘い汁を吸えるとあわよくばを狙ってるんだろうな。
そんな欲望に満ちた目を神官長はしていた。
「殿下は平民の少女よりもちろん、教養も常識もお持ちです。国民の中でも稀な聖属性をお持ちで、更に麗しい容姿もお持ちです。殿下が我がパーシモン教団の聖人になられれば、教団の寄付金や信者も増えますし、殿下ご自身の人気も更に上がりますし、王になれなくても、殿下なら国で……いえ、世界で崇拝されます。殿下にも損はないかと。城と違い、慣れない教団での生活ですから、私が殿下の後ろ盾になり、お世話しますから……!」
欲望の目をぎらつくように輝かせ、神官長は起こり得ない未来を俺に押し付けようとする。
俺は別に人気になりたくないし、崇拝もされたくない。
四歳の時から願っている、ウィステリアと幸せになりたいだけだ。
神官長の思い描く未来の中に、俺の願いもウィステリアもいない。
押し付けられても非常に困る。
「お断り致します。聖人にはなりません」
『聖人どころか、リオンは神だからな。必要はないな』
今まで静かに見ていた紅が俺の右肩に乗ったまま、念話で呟く。
『魂半分がね。魂のもう半分と身体は人間だから』
念話で紅に訂正しつつ、俺は神官長を見る。
さらっと断ったことで、予想と違っていたらしく神官長の目が大きく見開く。
「何故ですか?! 聖人ですよ! 名誉なことなのに!」
「名誉かどうかはその人その人の価値観で変わります。勝手に押し付けないで下さい。グローカス神官長は私のことを要は金儲けの駒の一つとして見ていらっしゃるということですよね? 寄付金や信者が増えると仰るくらいですから。それに、私がもし聖人になったとして、後ろ盾はディーマン大神官が妥当では? お世話とは、グローカス神官長は私に何をするおつもりで?」
作り笑顔で淡々とした俺の言葉に、特にハイドレンジアとレイヴンが過剰に反応して、腰に佩いている剣の柄を握ったのが見え、右手を上げて止める。
俺の左右では剣と魔法の師匠が冷ややかな殺気を放っている。
これ、ヘリオトロープ公爵もいたら、誰が止めるんだろう。俺かな、やっぱり。
「……ヴァーミリオン殿下。聖人が如何に名誉なことなのか、それが分からないとはっ」
「名誉かどうかはその人その人の価値観で変わると言いましたが? 私にとっては聖人はお断り、勝手にグローカス神官長の価値観を押し付けないで欲しいと言ったまでです。それに、聖女と紹介された者があまりにも使えないから、使える私の方がご自身の利益になるから、という名誉なのですよね? グローカス神官長」
冷笑して告げると、右隣のセレスティアル伯爵が小さく咳をした。
魔力、漏らしてませんよ? 少し、魔力の圧は出してますが。
神官長は自分の思惑がバレてしまったのが嫌だったのか、苦虫を噛み潰したように顔を歪め、俺の魔力の圧で苦しそうだ。
「グローカス! 何という不敬なことをヴァーミリオン殿下に言うとは! 何を考えている! 殿下は私達の恩人であることを忘れたのか!」
大神官が真っ青な神官長に怒鳴り、彼の左肩を掴んだ。
これ、大神官の方が聖人でいいんじゃないか?
今のところ、大神官の好感度、俺の中ではうなぎ登りだ。
多分、情報が大神官まで行かなかったのは、この神官長がわざと止めていたんだろうな。
神官長、性格悪そうな上に、典型的な残念貴族の思考と似てるし。
それを大神官が気付いていたかは分からないが。
「ヴァーミリオン殿下。部下が大変不敬なことを申しまして、本当に申し訳ございません。グローカス神官長の処分については、私に一任頂けないでしょうか」
「構いません。元々、教団の人事権も含めて、運営等は王家も王国も関与していませんので、ディーマン大神官にお任せします。ただ、後程、王家と王国から抗議させて頂くことになるかと思います」
「ヴァーミリオン殿下の御厚情に感謝申し上げます。抗議に関しては、当然のことです。私も止めることが出来ず、誠に申し訳ございません」
静かに大神官は頭を下げた。
その動きに、左隣のシュヴァインフルト伯爵が息を飲む音が聞こえた。
剣の師匠は、大神官が頭を下げるとは思っていなかったようだ。
「ヴァーミリオン殿下。神官長を拘束後、殿下に個人的にお話をしたいことがございます。お時間を頂けないでしょうか」
「大神官、それは我等が殿下のお側にいることは難しい内容ですか?」
セレスティアル伯爵が警戒するような声音で大神官に問う。
「ええ。出来れば、殿下と私のみで。難しければ、殿下の側近のエクリュシオ子爵殿とレイヴン卿でしたら構いません」
「殿下……」
シュヴァインフルト伯爵がちらりと俺を見る。
紅もいるし、ハイドレンジアとレイヴンがいてもいいのなら、大丈夫だと思う。
「分かりました。私とエクリュシオ子爵、レイヴン卿で話を聞かせて頂きます」
「ありがとうございます。では、後程、お時間を下さい」
俺に頭を下げ、大神官は真っ青な神官長を連れて、応接室を後にした。
そして、時間は今に戻る。
大神官が言った、後でお時間下さいが今になる。
わざわざ剣と魔法の師匠を外して、俺に話って何だろう。ハイドレンジアとレイヴンはいいというのも気になる。
カーマイン砦の俺に当てられた部屋ではなく、先程の応接室で再び、大神官に会うことになり、目の前にその彼がいる。
しかも、何故か、満面の笑顔。
ハイドレンジアとレイヴンは困惑の顔だ。
念の為、防音の結界は張っている。
「改めまして、ヴァーミリオン殿下。先程は部下が誠に申し訳ございませんでした。神官長は先程、魔力封じの腕輪を着け、拘束し、逃亡しないように私が信頼する神官を見張りにつけています。殿下の召喚獣が見張っているという脅しも彼に伝えております」
にっこりと笑顔で、大神官は俺に告げた。
まるで、褒めて下さいと言いたげの顔だ。
萌黄か!
いや、確かに青藍に見張りをお願いしたけど……。
「それで、私に個人的な話というのは……」
何だか嫌な予感がしつつ、対面のソファに座る大神官を見る。
「はい。この世界を創られたハーヴェスト様の弟君であられるヴァーミリオン殿下に、個人的にご挨拶を致したく、お時間を頂きました」
尚も大神官は満面の笑顔で、俺に頭を下げた。
え。何で、大神官がハーヴェストの名前を知っている?
確か、俺の父親になるはずだった初代国王のアルジェリアンこと月白がパーシモン教団の経典を破壊したはず。
なので、パーシモン教団はこの世界を創った女神を崇めているのに、ハーヴェストの名前を知らないという意味の分からない宗教だったはず。
ちなみに、パーシモン教団は女神の名前を知らないので、名前を知ることは恐れ多いとか何とか理由を付けて、信者には伝えている。
それなのに、何故、大神官がハーヴェストの名前を知っている?
「ご安心下さい。枢機卿も教皇もハーヴェスト様のお名前は知りません。知っているのは私だけです」
疑問が表情に出ていたのか、大神官は苦笑した。
「……何故、彼女の名前も、私のことも知っているんです?」
「実は半年くらい前に、私の前に突然、ハーヴェスト様がご降臨されまして、その際に、お名前もヴァーミリオン殿下のこともお聞きしました。その、殿下のご事情も……」
苦笑したまま、大神官は俺を見る。
何処まで喋ってるんだ、ハーヴェスト……!
そういうの、先に教えて欲しかったんだけど……!
固まっている俺に大神官は尚も苦笑している。
すると、ふわりとよく知る気配が俺の隣から現れた。
『ごめんね、ヴァーミリオン。話すタイミングがなくて』
申し訳なさそうに、俺の双子の姉のハーヴェストが謝った。
いや、タイミング、結構あったと思うけど?
そんな思いを込めた目で、隣のハーヴェストを無言で見る。
いきなり現れたハーヴェストに、ハイドレンジアとレイヴン、大神官が声も出ないのか驚いたまま固まっている。
『あのね、ほら、お父さんがずっといた訳で、対応が……』
小声でハーヴェストが俺に耳打ちした。
トワイライトの行動を思い出して、俺は頷いた。
あー……うん、それなら仕方がない。
額に手を当て、小さく溜め息を吐いていると、視線を感じてそちらを見ると、大神官の榛色の目が子供のように輝いていた。
「ディーマン大神官? どうしました?」
「あっ、いえ。申し訳ございません。その、やはりヴァーミリオン殿下は、ハーヴェスト様の双子の弟君なのだなと……。そっくり過ぎて、尊い……!」
崇拝するように目を輝かせて、大神官は俺とハーヴェストを見た。
大神官から尊いという言葉が出て、何というか、言い知れぬ不安を感じた。
「……大神官様が壊れた……」
呆然と大神官を見て、レイヴンがぼそりと呟き、それを聞いた紅が小さく吹いた。
「あの、ヴァーミリオン殿下。もし、宜しければですが、その、ハーヴェスト様と同じお姿になって頂くことは出来ますか?!」
さっきの威厳というか、大神官然とした姿は何処へ行ったのか、大神官は俺へ目を輝かせて訴えてくる。
「……で、出来ますが、何故……」
「神のお姿のヴァーミリオン殿下を拝して、ハーヴェスト様とヴァーミリオン殿下に誠心誠意お仕え致したく……!」
目を輝かせたまま大神官が言うと、ハイドレンジアが前に出た。
「聞き捨てなりません! 我が君にお仕えしているのは私とレイヴン卿です! ぽっと出の大神官に我が君は渡しません!」
ハイドレンジアが叫ぶと、隣でレイヴンが何度も頷いている。
カオスな空間になってるのは何でだろう。
『……紅。助けて。逃げてもいい?』
許容量がオーバーした俺は、右肩に乗る紅に念話で助けを求める。
『逃がすことは可能だが、顔を合わせれば、毎回、似たようなことが起きそうな気がするのは我の気のせいか?』
念話で紅からそう返され、目の前で繰り広げられている俺の側近と大神官の言い合いを見て、否定出来ず、俺は小さく息を吐いた。
『ヴァーミリオン。今はわたしやヴァーミリオンを見て興奮してるけど、大神官があの教団の中では一番マトモだからね。他は聖の精霊王が言っていた通り、聖水も作れない程の者だから』
「え、枢機卿と教皇も?」
『ヴァーミリオンが会うことはないから言うけど、そうよ。だから、わたしは大神官の前に現れることにしたのよ』
いつの間にか、俺の良いところや尊いところを言い合いしているハイドレンジアと大神官は無視して、俺はハーヴェストと会話をする。
あちらの言い合いに触れない方が俺の精神は安定すると思う。
「ディーマン大神官の前に現れたのは何故?」
『困った元女神と、自称聖女、それを擁しようとする神官を一年後に断罪するにはパーシモン教団のカーディナル王国の支部の上層部と協力関係があった方が楽でしょう? そのためには、女神のわたしが顕現して全て伝えておいた方が信憑性が増すでしょう?』
「まぁ、俺が話すよりは信じてもらいやすいだろうけど、似たようなことを元女神がしてるんじゃないの?」
『しているというか、アレ、聖属性が強い大神官の前には現れることは出来ないよ。魔に堕ちてるから浄化されるもの。出来るとしたら、神官長までね』
ハーヴェストが肩を竦めて、苦笑した。
それはそれでカーディナル王国の支部内で広まらないだろうか。
元だけど、女神様が顕現したとか吹聴して。
「ヴァーミリオン殿下。ご安心下さい。グローカス神官長は人望がありませんから、他の神官達は誰も信じませんよ」
さらりと大神官が、神官長が聞いていたらショックを受ける言葉を告げた。
事実なのかもしれないけど、もう少しオブラートに包んであげてもいいのでは。
人望ないのに、神官長なのは何故だ。実務力があるのだろうか。
「そ、そうですか……。それで、ハーヴェストから私の話を聞き、協力して下さるということが個人的なお話ということでしょうか?」
「はい。ご挨拶ももちろんしたかったのですが、本題はそうです。ダブ村の件は先程は知らない振りを致しましたが、全て存じています。グローカス神官長がわざと情報を私に寄越さないようにしていたのも。ダブ村の住民達を救えなかったのは非常に悔やまれます。まさか魅了魔法を幼い時から使い、重ね掛けしているとは思いませんでした」
悔やむ表情で、大神官は目を伏せる。
それは俺も同じだ。こんなに被害者がいることも知らなかった。
「今回のワイバーンとの合成魔法も殿下と接触する良い機会と考え、わざと掛かりました。掛けた者の魔力は弱いですからね。魔力回復の媒介を持っていたようですが、それでも私と比べても弱いので掛からないのですが。国王陛下や王太子殿下、宰相閣下と比べて、ヴァーミリオン殿下と接触することはほとんどありませんから、仕方なく掛かりました。殿下が一年後に行う予定の卒業パーティーでの断罪の際には、私も出席して、神官のスチールを捕らえる予定です。それまでは民達に被害が出ないように気を付けながら、泳がせるつもりです」
にっこりと余裕の笑みを浮かべて、大神官は俺を見た。
ですよね。流石に情弱ではないですよね。
安心するのもおかしいが、何だか安心した。
「……ディーマン大神官となら、協力関係を築いても良さそうですね。ヘリオトロープ公爵やシュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵に伝えても宜しいですか?」
「もちろんです。私の部下は聖水を作ることは聖属性の魔力を鍛えている最中で、まだ出来ませんが、私に忠実です。グローカス神官長のような野心はない者達ですので、その者達が接触出来るように態勢を整えておきます。宰相閣下方は殿下のご事情はご存知ないのですよね?」
「はい。伝えていません。知っているのは私の婚約者や友人、側近達だけです。知ることで関係を壊したくなかったので」
特に、家族には言いにくい。
親や兄弟が他にもいるというのは、何だか言いにくいし、神になるはずだったとなると、無意識でも家族の俺に対する態度が変わってしまうかもしれないし。
友人達に言うのもかなりの勇気が必要だったから、家族となるとそれ以上必要になる。
俺の様子を見て、大神官は穏やかに目を細めた。
「殿下はとてもお優しいですね。だから、こんなにも綺麗な魔力なのでしょうね」
流石、大神官。
魔力が見えるようで、俺を見て、穏やかに微笑んでいる。
「このパーシモン教団のカーディナル王国の支部の大神官であるゼウス・サラテリ・ディーマンは、全身全霊を以て、創造と豊穣を司る女神ハーヴェスト様と、再生と守護を司る神ヴァーミリオン様に忠誠と信仰を誓います」
俺とハーヴェストの前に跪き、大神官は口上を述べた。
大神官の強い聖属性の魔力が、言霊となり、俺とハーヴェストに向かってくる。
ハーヴェストは女神だから慣れているのか、にこやかに大神官へ頷いた。
慣れていない俺は戸惑い、向かってくる魔力が手に触れた途端、反応して姿が服装はそのままで神の俺になったのが分かった。
普段より少し長い前髪で、ハーヴェストと同じ、青みを帯びた黒――濡羽色になったのが分かった。
閉ざされた世界にいた神の俺の姿になり、紅とハイドレンジア、レイヴン、大神官が驚いて目を見開く。
「……信仰されるとこんなことになるのか?」
ハーヴェストに問い掛けるように、溜め息混じりに呟く。その声も普段の俺の声より少し低く、閉ざされた世界で聞いていた自分の声だ。
『明確に再生と守護を司る神のヴァーミリオンに誓うって言われちゃったからね。そうじゃなければ、姿は変わらなかったかもね』
苦笑してハーヴェストが俺の髪を撫でる。
久し振りに神の俺の姿を見たからなのか、嬉しそうだ。
『少し時間が経てば、戻るから安心して』
「……信仰されるとは思わなかったから、気を抜いてた。防げば良かった……」
神の俺なんて隠されているようなものだから、信仰されるとは思わなかった。
次がないとは思うが、次はこうならないように防げるようにしよう。
「神のお姿のヴァーミリオン様にお目見え出来るなんて……! もし、もし、カーディナル王国からパーシモン教団を排除するのでしたら、すぐ仰って下さい。その時は、お二人の宗教を作りますから……!」
目を輝かせて、大神官は言い放った。
やめて! ハーヴェストは良いけど、俺のはやめて……!
「俺のはいらない。作るなら、ハーヴェストだけにして欲しい……」
神の俺に依っているのか、口調が普段と変わる。
「神のヴァーミリオン様は一人称は何処でも変わらず“俺”なのですね。ヴァーミリオン殿下は人前では“私”で、普段は“俺”なのだろうと思っていたのですが、神のヴァーミリオン様になるとそちらに依るのですね。成程!」
目を輝かせて、大神官は懐から用紙を取り出し、メモし始める。
何のメモ?! それに、成程って何?!
「我が君……」
大神官に内心、引いていると、ハイドレンジアが右隣にすっとやって来た。
「……何だ、レン」
やっぱり神の俺に依っているのか、ハイドレンジアのことも普段と変わらない愛称で言ってしまう。
一応、人前ではちゃんとハイドレンジアで言うようにしているのに。
それが嬉しいのか、ハイドレンジアが微笑む。
「神のお姿の我が君も素敵ですね」
「そ、そうか……。ありがとう……」
それ、今言うこと? と思いつつ、とりあえず、お礼を言った。
今、思ったが、神の俺ってツンデレのツンが強い気がした。
それから元の人間の俺の姿に戻ったのは夜明け前で、ハーヴェストは神界へ、大神官は用意された部屋に戻ったが、それまでハイドレンジアとレイヴンに普段よりも他人行儀に接され、人間の俺に戻った時に少し落ち込んだ。
大神官、堅物なキャラにするはずが、何故か過激派に……(笑)
一応、予定では卒業パーティーまで新キャラは出ないはず、です。
キャラの名前を考えるのが辛いです……。




