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転生王子は婚約者の悪役令嬢と幸せになりたい  作者: 羽山由季夜


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第94話 悪役令嬢の矜持(ウィステリア視点)

 今日のフィエスタ魔法学園には、リオン様がいません。

 リオン様は王城で公務をしないといけなくなり、魔法学園はお休みです。護衛であるヴォルテール様もお休みです。もう一人の護衛のアルパイン様は婚約者のイェーナ様と私の護衛のために残って下さってます。

 王位継承権を放棄なさる予定のリオン様は極力、王位に関わるような公務は私のお父様に相談して、なるべく避けていらっしゃるのですが、避けられない時は仕方なさそうに公務をするために、王城の中央棟に行かれるそうです。

 そういう時は、事前に私に魔法学園を休むことをリオン様は言って下さるのですが、とても切なげなお顔をされます。

 授業で先生のお話を聞きながら、ふと、昨日のことを思い出してしまいました。





「……うぅ、王位継承権を放棄したいのに、何で王位に関わるような公務を俺にさせるのかな。そんな公務より、リアと魔法学園で青春したいのに……」


 フィエスタ魔法学園の王族専用の個室で、ぎゅっと私を抱き締めて、リオン様は切なげなお顔のまま、呟きます。

 十三年、リオン様の婚約者ですが、未だにその攻撃力半端ない憂い顔や笑顔に免疫が出来ません。

 ハイドレンジア様やミモザ様にもリオン様はされますが、お二人曰く、私に対してはそれ以上いえ、むしろ抑えていらっしゃらないそうです。

 長くリオン様に仕えていらっしゃるお二人に言われて嬉しいのですが、受け止める私の身にもなって下さい。

 リオン様の全力を受け止めるのは私だけと思いますが、それでも、限度を作って頂けませんか。

 魔力の覚醒や神のリオン様の権能を使えるようになってから、リオン様の王子力は本当に限界突破されているので、うっかり鼻血が出そうです。一応、公爵家の令嬢なので、意地でも出しませんけれども。顔が赤くなるのは仕方がないと思います。


「リオン様。お気持ちは分かりますが、今は第二王子殿下なのですから、仕方がありません。早く終わるように私も魔法学園でお祈りしておきます」


「そうなんだけどね。名ばかりの第二王子みたいになりたかったのになぁ……。子供の頃に無茶しなかったら、目立たなくて良かったのかな……いや、そうすると、建国記念式典でリアも両親もヘリオトロープ公爵達も守れなかっただろうし、ああもう、ジレンマだよね」


 私を抱き締めていたのを少し緩めて、リオン様は私の顔を見ながら力なく微笑みます。


「俺も早く終わらせて、明後日からリアとまた魔法学園に通えるようにするね。ディルやオフィ嬢はもちろん、アルパインやイェーナ嬢、グレイ、萌黄、紫紺、父様にはリアを守ってくれるようにお願いしてるから、絶対にチェルシー・ダフニーには近付かないでね。特に、今は何をするつもりか分からないから」


 心配そうに、リオン様は私を見ます。

 確かに、最近のチェルシーさんは様子がおかしいように見えます。

 リオン様を攻略出来ないからなのか、焦っているように思えます。

 乙女ゲームと今とでは、大分変わってしまっていて、ほとんど指針にもならないのですが、今の二年生の夏頃……リオン様の十七歳のお誕生日を越えるまでが、ゲームのヴァーミリオン王子のルートのエンディングの種類が変わります。

 ヴァーミリオン王子の十七歳のお誕生日までに、ヒロインと恋仲になっていた場合は、聖女ルート。

 お互いに愛称を呼び合っていた場合は王妃ルート。

 特別な愛称をお互いに呼び合っていた場合は聖女と王妃ルート。

 友達関係の場合は宮廷魔術師ルートになります。

 あまり知られてないみたいですが、逆にヴァーミリオン王子の十七歳のお誕生日までに友達にも恋仲にもなっていない、好感度がゼロの場合はヒロイン達に断罪されたショックで悪役令嬢の魔力が暴走して、ヴァーミリオン王子や攻略対象キャラ、ヒロインは悪役令嬢に殺される、というバッドエンドがあります。

 多分、これはリオン様はご存知ないように思います。私は前世で掲示板を見たことがあったので、そのバッドエンドはプレイしました。あまりバッドエンドを見た、という人はいませんでしたが。

 あのバッドエンドの悪役令嬢に感情移入をしてしまい、しばらくヴァーミリオン王子のルートをプレイ出来ませんでしたが、バッドエンドを出した人にしか見られないトゥルーエンドというのもあり、その時のヴァーミリオン王子が格好良いスチルを見てからは私の気持ちも浮上しました。

 ちなみに、トゥルーエンドは悪役令嬢を断罪する前に、ヒロインとヴァーミリオン王子に説得され、婚約は破棄されますが、殺されず、ヴァーミリオン王子の妃になったヒロインの侍女として生きるという内容でした。

 生き延びましたけど、何だか悪役令嬢としては腑に落ちない内容でしたけど……!

 どうして、侍女なんですか! そこは、修道院でシスターでいいのでは?! と前世で画面の前で突っ込んだのは良い思い出です。

 ヴァーミリオン王子のスチルは確かに格好良かったのですが……今思うと、今のリオン様の方が格好良くて、ゲームのヴァーミリオン王子が霞んできてますが……。

 推しなのは変わらないのですが、リオン様に上書きされた気がします。

 乙女ゲームのヴァーミリオン王子のルートを攻略しているつもりのチェルシーさんの焦りは、多分、バッドエンドを知っているのでしょう。

 もうすぐ、リオン様の誕生日です。

 そこが、ヒロインと悪役令嬢の分岐点です。

 だから、悪役令嬢の私とリオン様を引き離したいのに、離れないので怒っていらっしゃるのではないかと。

 私はリオン様から離れるつもりはありませんから、毎日、チェルシーさんは私を睨んできますし、その視線にすぐ気付いてリオン様が睨み返し、逃げるというのが最近の恒例になっています。

 リオン様のような美人に睨まれると怖いですよね。


「リオン様は、乙女ゲームのヴァーミリオン王子のバッドエンドやトゥルーエンドのことはご存知ですか?」


 リオン様を見上げながら私が尋ねると、リオン様はその珍しい金色と銀色のオッドアイの目をゆっくり見開きました。


「……いや、初めて聞いた。俺自身は前世でプレイしてなくて、したのは俺の部屋で姉と妹だったから……。俺は話を聞いたりしただけ。あの乙女ゲーム、バッドエンドやトゥルーエンドがあるんだね、知らなかった」


 二人共知ってたかな……と呟きながら、リオン様は顎に手を当てて、何かを考えていらっしゃいます。


「リア。その内容、念の為に教えてもらえる? 今が大分、乙女ゲームのストーリーとかけ離れてるのは確かだけど、知っていおいた方がいい気がする。今後のためにね?」


 悪戯を思いついたような、とても良い笑顔でリオン様は私に笑い掛けます。

 私に対してではないのは知っているので、その被害に遭ってしまう方々にはつい、可哀想だなと思ってしまいました。

 それが顔に出てしまっていたらしく、リオン様は苦笑しました。


「リア、その相手達は自業自得だよ。貴女が気に病むことではないよ。リアは優しいね」


 そう言って、リオン様の口が私の頬に触れました。







 そんな昨日のことを思い出して、リオン様に会いたくなってしまい、小さく溜め息を吐いてしまいました。

 一日。たった一日離れただけで、寂しく思うのは、学園生活でリオン様とずっと一緒にいられるのが楽しくて、嬉しくて仕方がないからなのは分かっています。

 乙女ゲームでは、ヴァーミリオン王子は名ばかりの婚約者のような扱いを悪役令嬢にしていましたから。

 あの乙女ゲームでは、四歳の王妃様主催のお茶会で悪役令嬢の方がヴァーミリオン王子に一目惚れして、父のヘリオトロープ公爵に無理を言って婚約者になりますから。

 そうなると、今の私とリオン様はかなり違いますけれど。

 だから、余計に、今、リオン様がいらっしゃらないのが、とても寂しいです……!


「……ウィスティちゃんも、ヴァル君のことを言えないわね」


 隣に座っていらっしゃるオフィ様が苦笑して、私に言いました。


「え? オフィ様、それはどういう……」


「その憂い顔、ヴァル君がいたら、すぐに囲って、隠すわよ?」


「……え? 憂い顔? してましたか?」


 目を何度も瞬かせ、オフィ様を見つめると、オフィ様と更に隣に座っていらっしゃるディル様が笑いました。


「そういうところ、本当にヴァルにそっくり。婚約期間が長いから、余計に似るのかな。似た者夫婦だよな、ヴァルとウィスティ嬢」


 どういうことなのか分からなくて、首を傾げるとまたお二人に「そういうところ」と言われてしまいました。

 何だか、腑に落ちないのは何故でしょうか。







 授業が終わり、お昼の休憩時間になり、いつもなら王族専用の個室で、友人の皆様と昼食……なのですが、王族であるリオン様がいらっしゃらないので、今日は食堂で食事になりました。

 リオン様がいらっしゃらないせいか、イェーナ様とグレイ様が周囲を警戒されてます。

 特に、グレイ様が。


「……まぁ、気持ちは分かるけどさ、グレイも落ち着けよ」


 ディル様が苦笑しながら、グレイ様に仰います。


「……いえ。恐らく、ヴァル様がいらっしゃらないこの時をあいつは狙って来ます。普段より強い魅了魔法を今、使われて、掛かってしまったら、ヴァル様に申し訳が立ちません」


「ヴァルがいるといないとでは、周りの雰囲気や視線が違うのは分かるが、冷静にならないと、ちゃんと対処出来ないぞ」


 お二人の会話を聞きながら、確かに、リオン様がいらっしゃるのと、いらっしゃらないのとでは雰囲気と視線、聞こえてくる言葉がいつもより違っていますし、気になります。

 リオン様に守られていたのだなと思うくらいに、私達に向ける目は違います。


「でも、ディジェ君。グレイ君が警戒するのは当然と思うわよ。ヴァル君がいない今が、ウィスティちゃんを狙う好機だもの」


「そうだけどさ、フェリア。そんなに簡単に動くのか? 向こうも分かりきってるだろ」


「あの、ディル様。ヴァル様にも以前、言いましたが、あいつ、本当にそこまで考えていませんよ。その時、思いついたことを“自分は何て天才なんだろう”と言うくらい、後先考えずに吟味もせずに動くヤツです。なので、すぐあいつは動きますよ」


 実体験なのでしょうか。

 グレイ様は分かりやすくお伝えすると、ディル様が正面を見て嫌そうな顔をしました。


「……あー、うん。グレイの言う通りだわ。単純な奴だったみたいだ。あんなのを毎回、あしらうヴァルは凄いわ」


 食堂の正面を嫌そうに見るディル様につられて、私達もその視線の先へ顔を向けると、そこにはチェルシーさんがいました。


「ウィステリア! ヴァーミリオン王子との婚約を破棄しなさい!」


 仁王立ちで私に向かって指を差して、チェルシーは大きな声で言い放ちました。

 えー……何故、婚約破棄しないといけないのでしょうか。

 突然のことで、驚いて固まっているとグレイ様が私の前に守るように立ち、ディル様はオフィ様を、イェーナ様、ピオニー様、リリー様も私の両隣に、周囲から庇うように立って下さいました。アルパイン様とアッシュ様は更に左右の外側に立って下さいます。

 皆様がガチガチに固めて下さったことに感謝しつつ、私が話さないと先には進まないので、固めて下さった隙間からチェルシーさんに声を掛けます。


「……何故、ヴァーミリオン殿下との婚約を私が破棄しないといけないのでしょうか、ダフニーさん」


「破棄するのは当然でしょう?! あたしがヴァーミリオン王子と結ばれるのだから! あんたが裏で悪いことをしているのは知ってるんだからね!」


 チェルシーさんの叫びに、食堂にたまたま居合わせた生徒の皆様がざわつき始めます。

 ……それは、貴女でしょう。と、友人の皆様が言いそうになるのをぐっと堪える音が、耳まで届きました。

 言ってしまうと、リオン様が考えていらっしゃることが水の泡になってしまいますから。

 それに私も、乙女ゲームの悪役令嬢も特に悪いことをしていません。

 リオン様の隣は確かに目立ちますが、私はひっそりと生活をしているつもりです。

 高位の、貴族筆頭の公爵家としての義務はしています。例えば、週に一回の孤児院の訪問とお手伝い、第二王子妃としての公務等をしていますし、時間が合えばリオン様に会いに行っていますので、悪いことをする暇はありません。


「……悪いこと、ですか。私は特に悪いことをしておりません。するつもりもありませんし、ヴァーミリオン殿下の婚約者である私には王家から護衛の方々が就いています。その護衛の方々が四六時中いらっしゃるところで、どのように悪いことが出来るのですか?」


 静かに、通る声を意識して、食堂で私達とチェルシーさんの話を聞いている皆様にも聞こえるように私はチェルシーさんに尋ねます。

 正確には護衛ではなく、王家の影の方々が遠くで護衛兼素行調査をされているのですが……。

 ちゃんと護衛をして下さるのは、リオン様の召喚獣の次期風の精霊王の萌黄ちゃんです。最近は光の精霊王の花葉様や水の精霊王の竜胆様も側にいて下さるので、フィエスタ魔法学園入学前のリオン様のお話を聞いたりしてます。

 ……話が逸れました。

 こちらの無実をチェルシーさんに告げると、彼女の顔が怒りに歪みます。


「……そんなの簡単よ! 魔法でその護衛達を操れば出来るじゃない!」


 チェルシーさんが怒りで真っ赤になった顔で、私を睨みます。


「……いや、それ、お前じゃん」


 怒りの感情剥き出しのチェルシーさんの言葉を聞いたディル様が小声で突っ込みます。チェルシーさんには聞こえてないようですが。


「おかしいですね。そのような精神に作用する魔法は世界で禁止されていると授業でも習ったと思いますし、その魔法の属性は無や闇で、上位魔法にあたります。上位魔法はその属性を持っていないと使えません。私はその属性は持っていませんし、そもそもの話、精神に作用する魔法自体を記した本が封じられているのに、どのように私が使えると仰るのですか?」


「そんなの、本がなくたって使えるでしょっ! あたしは使えたもの!」


 チェルシーさんのその言葉を聞いた、友人の皆様を含めて周りの生徒達がざわつき始めます。

 私も少し、動揺しているくらいです。

 その言葉を言ってしまったということは、ご自身が《《そういった》》魔法が使えると暗に言っていることになります。

 そのことに気付いていらっしゃるのでしょうか。

 チェルシーさんの様子だと、気付いていらっしゃらないようですが。

 これは、言質を取ったことにはならないのでしょうか。魔導具で録音、しておけば良かったです。


「少しお待ち下さいませ。チェルシー・ダフニーさん、貴女、禁じられた魔法をお使いになるのですか?」


 私が聞くより前に、先にイェーナ様が前へ出てチェルシーさんに質問します。

 そこでご自身が失言をしたことにチェルシーさんは気付いたようで、焦り始めました。

 魅了魔法が禁じられた魔法というのはご存知なのですね、と突っ込みたくて仕方がありません。お父様の話では、それは卒業パーティーまで泳がすそうなので、言いませんけれど。


「ち、違う! あたしは使えない!」


「……でも、さっき“あたしは使えた”って言った。それはどういう意味?」


 リリー様も静かにイェーナ様の言葉の追撃をします。


「そ、それは言葉のモヤよ!」


「……言葉のモヤ? それを言うなら、言葉の綾ではなくて? 誤用にも程がありますわ。耳が悪いようですし、良い医師をご紹介致しましょうか? チェルシー・ダフニーさん」


 呆れた声音で、イェーナ様がチェルシーさんに告げると、チェルシーさんが恥ずかしさで顔を真っ赤にしました。


「それに、以前も言いましたけれど、貴族を呼ぶ時は名前を呼ばずに、家名で呼ぶのが常識ですわ。ましてや特別に名前を呼ぶことを許している、または友人ならともかくとして、ウィステリア様は貴女と友人でもない。ただの同級生ですわ。ウィステリア様を呼ぶなら、ヘリオトロープ公爵令嬢と呼んで下さいます? ウィステリア様は第二王子であるヴァーミリオン殿下の婚約者様で、第二王子妃になられる方です。呼び捨てだなんて、不敬にも程がありますわ」


 扇を広げ、イェーナ様が私の代わりに言い放ちました。隣でディル様とオフィ様が小さく拍手されてます。

 お願いですから、煽ることになるので、やめて下さいとちらりと目でお二人に伝えると、苦笑されました。

 何だか、腑に落ちないのですが!

 リオン様もいつもこのように思っていらっしゃるのでしょうか。

 少し、同情してしまいました。


「……それでも、あたしは認めない! ウィステリア! ヴァーミリオン王子と婚約破棄しなさいよ!」


 イェーナ様の言葉に言い返せない様子のチェルシーさんは、強行突破をするように私に向かって怒鳴るように言いました。

 正直な話、私は乙女ゲームのヒロインであるチェルシーさんが怖いです。

 全くないと思いますが、何かの拍子でリオン様のお心が、チェルシーさんに向いてしまうのではないかと不意に不安に思うことがあります。

 この世界が乙女ゲームの世界ではないことはよく分かってます。

 それでも、前世でプレイした乙女ゲームの悪役令嬢は何も悪いことをしていないのに、身の潔白を証明する時間もなく、断罪されて国外追放または処刑されてしまいます。

 乙女ゲームをプレイしていた私はヒロインより悪役令嬢に、とても感情移入をしていましたから、その結末は本当に怖いのです。

 乙女ゲームの通りに動こうとする目の前のチェルシーさんも。

 リオン様は乙女ゲームの通りにならないようにチェルシーさんには近付きませんし、私に困ってしまうくらいの愛を囁いて下さいます。もちろん、嬉しいですが!

 不安になる私の気持ちに気付いていらっしゃるのか、形として婚約指輪まで贈って下さったリオン様の気持ちを裏切るようなことは出来ません。

 何より、私もリオン様のお側にずっといたいのですから。

 その気持ちも、リオン様の隣も、誰にも譲りません。

 だから、私も気持ちで負けないように、守って下さる皆様より前に出て、チェルシーさんを見据えます。


 悪役令嬢《私》は貴女の思う通りにはなりません。


「――お断り致します。ヴァーミリオン殿下が仰るのならともかく、関係のない、ダフニーさんに従う謂れはありません!」


 静かに、通る声音を意識して、私はチェルシーさんに言うと、彼女の顔が更に歪みます。


「なっ、悪役令嬢のクセに、生意気なことを言わないでよ!」


 そう言って、チェルシーさんが私に向かって、手を伸ばした時、愛しい方の威厳のある声が食堂に響きました。


「――何度も言うが、誰が悪役令嬢だ?」


 私とチェルシーさんの間に、転移魔法の魔法陣が現れ、そこからリオン様とヴォルテール様、レイヴン様が現れました。


「ヴァル様!」


 たった一日……いえ、半日ですが、会いたくて仕方がなかったリオン様を見て、思わず私は声を掛けてしまいました。


「ウィスティ、今日はごめんね。大丈夫だった?」


 優しい声と顔で、リオン様は私を見つめます。

 ちなみに、リオン様はチェルシーさんを無視されてます。

 先程の言葉は何だったのですか……。


「あ、はい。大丈夫、です。さ、寂しかったですが……」


「ごめんね。陛下の御命令の公務だったからね。でも、もう一つ御命令があってね。もう行かないといけないんだ。とりあえず、ウィスティと皆に声を掛けに来たんだよ」


 苦笑して、リオン様は私の左手を握ります。


「ヴァル、もう一つの命令って何だ? 何があったのか?」


 ディル様がリオン様に声を掛けた時、チェルシーさんが叫び出しました。


「ちょっと! あたしを無視しないでよ! ヴァーミリオン王子、あたしに会いに来て下さったのですよね!」


「何故、婚約者でも友人でもない者に会いに行かないといけない?」


 冷めた声音と目でリオン様はチェルシーさんの方を見ます。先程の私を見つめる熱い目との温度差で風邪を引きそうです。


「それに、先程の悪役令嬢もだが、私とヘリオトロープ公爵令嬢の婚約を認めないというのはどういう意味だ。お前は何様だ。何故、お前に認めてもらわないといけない」


「だ、だって、あたしは聖女だから、ヴァーミリオン王子とあたしが結ばれるのは当然で……!」


 チェルシーさんの大きな声に、食堂にいた他の生徒の皆様がまたざわめきます。

 そのざわめきを押さえるように、リオン様は口を開きます。


「以前にも言ったが、カーディナル王国には現在、聖女はいない。国も王家も認定していない。誰が認めた? それに、十三年婚約をしているヘリオトロープ公爵令嬢がいるのに、何故、自称聖女と名乗る者を婚約者にしないといけない?」


 不要だ、と言いたげな顔で、リオン様はチェルシーさんに言い放ちました。その間も、私の肩を抱いて下さって、先程まで感じた不安はすぐに消えていきます。


「どうして……どうして、あたしを選ばないの……! あたしはヴァーミリオン王子に選ばれるはずなのに……!」


 そう叫んだチェルシーさんの手が延び、リオン様に触れようとした時、二つの影がチェルシーさんの行く手を阻みました。


『その穢れた手でヴァーミリオン様に触れないでもらおうか、小娘』


『そうそう。ヴァーミリオン様に触れていいのは婚約者様とご家族、ご友人、臣下、それと俺達、召喚獣だけだ』


 鎖骨に掛かるくらいに切り揃えた藍白色の髪の少女と、ふわふわとした天然パーマのような薄香色の短い髪の少年がリオン様の前に現れ、チェルシーさんを見えない壁で阻みました。


「なっ、誰よ、あんた達! 邪魔しないでよ!」


『邪魔なのはそっちでしょ。お前が邪魔しなかったら、ヴァーミリオン様のお心は穏やかなんだからさ。そのくらい分かれよ、小娘』


 少年がその姿には似合わない低い声で、チェルシーさんに何処から出したのか、細剣を向けます。


「ひっ……!」


 チェルシーさんが細剣を見て、小さく悲鳴を上げて、ぺたんと力なく座り込みます。

 細剣を向けたままの少年に、リオン様は溜め息を吐き、目の前の二人に近付いていきます。


「落ち着け、地の精霊王、無の精霊王」


 リオン様の言葉に、私も友人の皆様も驚きます。

 食堂にいらっしゃる他の生徒の皆様もまたざわめきます。

 地の精霊王と無の精霊王を召喚獣にしたというのは二ヶ月前にリオン様から私達は聞いていたのですが、少年と少女の姿とは思いませんでした。


『しかし、ヴァーミリオン様。この小娘は貴方様に無断で触れようと……!』


 少女の姿の、恐らく、無の精霊王様が伽羅色の目を少し切なげに伏せて、リオン様を見ます。


「……触れる前に、結界が働くのは知ってるだろう? わざわざ、二人が出なくていい。守ろうとしてくれたのは嬉しいけどね」


 苦笑しながら、無の精霊王様の頭を撫でて、リオン様は無言で口を尖らせていらっしゃる少年の姿の、恐らく、地の精霊王様に目を向けます。


「流石に剣は物騒だ。友人達の前ならともかく、他の生徒の目があるところで出すべきではないな」


『……穢れた手で貴方に触れようとするのが嫌だった。守りの手が多いのは知ってるし、俺達もその一つだけど、アレに近付かせたくない』


「……ありがとう。私には触れられないよ。守りが強過ぎるから」


 そう言って、地の精霊王様の頭をぽんぽんと触れながら、リオン様は座り込むチェルシーさんを見ます。その目は、打って変わって冷たい目でした。


「チェルシー・ダフニー。これが最後の警告だ。次、ヘリオトロープ公爵令嬢に対して侮辱する発言をしたら、不敬罪を適用する。聖女だから、私の婚約者になるのは当然だと言った場合は詐欺罪を適用し、どちらも牢獄行きになる。そうなりたくなければ、私やヘリオトロープ公爵令嬢、友人達に近付くな。それでも私やヘリオトロープ公爵令嬢に近付くのなら、それ相応の覚悟をしておけ。警告はした。首から下がなくなりたくなければ、よく考えろ」


 冷たい声で警告して踵を返し、リオン様はチェルシーさんにもう目を向けることもなく、私の方にやって来ました。


「ウィスティ、皆。少し、話があるのだけど、いいかな?」


 優しい声で私や友人の皆様に尋ねると、私達はホッとしました。

 いえ、だって、リオン様の声の温度差が激しくて、本当に風邪を引きそうなんです!


「はい、もちろんです」


 私が頷くと、友人の皆様も頷き、リオン様はヴォルテール様に目を向けました。

 ヴォルテール様は転移魔法の魔法陣を展開させて、私達を王族専用の個室へと転移しました。





 王族専用の個室に転移してすぐ、リオン様は口を開きました。


「早く終わらせる予定だけど、しばらく俺はフィエスタ魔法学園を休むことになったよ」


「それが、さっきのもう一つの命令ってやつか? 何があった」


 リオン様の苦笑を見て、ディル様が眉を寄せました。


「ワイバーンの群れが王都に向かって来てるみたいなんだ。それを俺と討伐隊で殲滅するように陛下から御命令があった」


「は? ワイバーン? 何処から? 何体くらいなんだ?」


「報告によると百体くらい。カーディナル王国の北だから、グラファイト帝国方面からだね。カーマイン砦でまた殲滅かな」


「ゴブリンやオークなら分かるが、ワイバーンが百体って、多くないか? 武器とか足りるのか?」


「弩弓――バリスタがあるけど、ワイバーンの数が多いから今回は難しいだろうね。だから、俺と紅で対応するように御命令があった訳だよ。前回のオーク討伐と同じで、騎士団と宮廷魔術師団を何人か連れて行くけど」


 肩を竦めて、リオン様は苦笑します。


「すぐに発たないといけないから、ウィスティと皆に伝えに来たんだ。そしたら、まさかのチェルシー・ダフニーに絡まれてるし……。俺がいなくても、この部屋を使っていいからね。タンジェリン学園長には許可もらってるから」


 そうリオン様が言うと、私達はホッとしました。

 チェルシーさんには絡まれたくないというのが、私達の本音です。


「分かった。今回のことで痛感した。あいつの相手は俺達じゃ無理だ。遠慮なく、ここを使わせてもらう」


「俺でも無理だよ。相手したくないし。とりあえず、俺がいない間に何かあってもいけないから、聖の精霊王にもお願いしてるよ。強い魅了魔法を使っても、聖の精霊王なら無効に出来る。それと、もしものことはヴォルテールに伝えているし、緊急の伝言があったら風の精霊王に言って。すぐに伝わるから」


「分かった。しっかり対策してるあたり、流石、ヴァルだな。ん? ヴォルテールは一緒に行かないのか?」


「俺より、こっちの守りを固めたいからね。今回みたいに、俺がいない間が狙い目だし、帰ってきた時に皆が魅了魔法に掛かってたら、俺も動揺するし、あわよくば俺も魅了魔法に掛かれば、あちらの勝ちになるし。そうならないための対策だよ。ヴォルテールと聖の精霊王が守りを固めたら、魅了魔法はかなり抑えられる」


 リオン様の話を聞いて、改めて感心してしまいます。

 国王陛下からワイバーン殲滅を御命令され、その短い間に、チェルシーさんの対策を考えて、対応して下さいます。

 そんなリオン様の隣に、私はしっかり、立てるのでしょうか。

 リオン様に恥ずかしい思いをさせることなく、対応が出来るでしょうか。

 きっとリオン様は気にされないと思いますが、私は婚約者として、恥ずかしくない行動と対応をしたいです。

 それが今後の貴族の皆様の評価にも、チェルシーさんや元女神の思惑を撃退することにも繋がる気がします。



 守られるだけではない、リオン様の隣で一緒に戦えるような、そんな女性に私はなりたいと改めて思いました。

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