修行編:修行最期の時
蘭花は離宮に戻ると、自室の前で突然倒れた。すぐに、景容は彼女を寝床に寝かせ、宮殿から連れてきていた医者を呼ぶ。
医者が診察している間、景容は特にすることもないので、街に出ることにした。
さっき蘭花と通った通りを、今度は一人で歩く。その途中、米屋で米を買い、魚屋で白身魚を、肉屋では鶏肉を買い、八百屋では人参とごぼう、レンコンだけを買って、離宮に戻った。
景容が買ったものを全て厨房に置いてから、自室に戻ろうとしたとき、診察を終えた医者とすれ違った。
「あの、皇女の容体はいかがですか」
と、すれ違いざまに景容が尋ねると、医者は灰色の顔で言った。
「皇女殿下はもう、あまり長くないかもしれません。寒気が滞り、血の流れが全くよくない。しかも、それでいてここのところは食欲がないと来ている。この調子では、もってひと月くらいですね」
「では、皇女殿下の容体がよくなるには、何が必要なのでしょう?」
「食べること。これに尽きます。特に、人参や蓮根などを食べていただきたい。そうすれば、寒気の滞りは幾分かましになるでしょう。ですがそれでも、ひと月以上生きられるという保証はありませんが」
「……そうですか」
「ええ。ところで、あなたも何か不調がおありではありませんか?」
不意に、医者が黒に近い灰色の顔で景容を凝視し始めた。
「え? いや、私は今のところ体に不調などありませんから」
「その症状ですよ。皇女殿下のものとよく似ています。明らかに顔が青くなっていて、唇まで紫色になっている。それはどう見ても体が寒気に侵されているのに、当の本人は何の自覚もない。実は、皇女殿下も最初はそのような状態でした。ですが、その三日後には、外を出歩くのすらやっとの状態になってしまいましたが」
「……ほう。では、その症状は完治させる方法はあるのですか?」
そこまで言うのなら、何か病を治す方法でもあるのだろう、と思って景容が尋ねると、医者は目を伏せてから首を横に振った。
「恥ずかしながら、実はそれに対処する方法はないのです。一見すると、薬さえ調合すれば治りそうなものなのに、昔からどうしてもその病を治すことはできなかったのです。まるで、神仙が人の体を借りて修行をし、それが終わると人の命もまた尽きるかのように」
「そういうことなら、私は一旦そのままで大丈夫です。私が死んだところで、官吏の代わりなどいくらでもいますから。今はとにかく皇女殿下の病を治すことだけに専念していただけると嬉しいです」
景容の言葉に、医者はしばらく考え込んでから、ほぼほぼ真っ黒になって頷いた。
その翌日から、毎日決まった時間になると医者が離宮を訪れるようになった。その三日目、医者に予言された通り景容もまた咳をするようになり、出かけることすらも長い時間はできないようになっていた。だがそれでも、景容は蘭花に毎日蓮根や人参の入った粥を作り、彼女の元へ送り届けていたが。
そんな日々が続き、もうすぐひと月が経とうとしたところで、蘭花の意識がなくなった。景容は看病している間、ただじいっと蘭花の蒼白な顔を見つめていた。少しの間そうしていると、彼はふとあることに気付く。
彼は、部屋中を見回し、卓上に桔梗とカスミソウのかんざしが置かれているのを見つけた。それから、それをそっと手に取り、蘭花の頭に刺す。ちょうどその時、何かを感じ取ったのか、蘭花はそのまま全身から力が抜けた。
そしてその翌日には、彼女を追うようにして景容もまたぐったりと倒れこむようにして息の根を止めたのだった。