修行編:二人きりの外出
まさか本当に二人きりで外出することはないだろう、と思っていたのに、蘭花は本当にただの一人の侍女さえも引き連れなかった。そんな状況で景容は激しく胸を高鳴らせながら、ちらりと蘭花を一瞥する。彼女は、ただただ街中の露店に興味を示している様子だった。
「皇女殿下、何か気になるものでもありますか? もしあればお供しますよ」
「ありがとう。でも、興味のあるものがあまりにも多すぎてどれを見たらいいかわからないのです」
「それなら、そのすべてを見ればよいではありませんか」
「でも、外出があまり長くなってしまうと、侍女たちにばれてしまうから……」
「ですが、たまの外出なんです。そういう時くらい、ご自身の心に素直にならないと。かえって病状を悪くしてしまいますよ」
「それも一理ありますね。では、まずあれを見てみたいです」
蘭花がまっすぐに指さしたのは、宝飾品店だった。その露店は規模こそ全く大きくはないものの、その狭い空間にはびっしりとかんざしやら腕輪やらが並べられている。
「いらっしゃい! おや、ご夫婦でお買い物ですかい?」
景容と蘭花が肩を並べて行くと、その店主に開口一番に言われる。だが、不思議と景容はまんざらでもない気分だった。しかし、そのすぐ後で蘭花の反応をうかがいみる。すると、彼女は彼女で景容と同じように頬を赤らめてわずかに俯いているだけだった。その様子に、店主はさらなる勘違いを起こしたらしい。
「ああ。もうすぐ婚姻されるんですね! 婚礼はもうすぐですか? もしそうなら、かんざしを贈られてはいかがです? 朗君が許婚にかんざしを贈るのは、一生の愛を意味する、とも言われているくらいですし」
「……それなら、かんざしを見てみることにしようか。……その、どう思います?」
景容が恐る恐る蘭花を見ると、彼女は満面の笑みで言った。
「ええ、いいと思いますよ。ただ、かんざしは朗君が選んでください」
「なぜです? 私にはこういった類の是非はわかりません」
「それは重要じゃありません。重要なのは、私の意中の者が私のことを思って選んだかどうかですから」
その言葉を聞いた瞬間に、景容の顔が自分でもはっきりと感じ取れるくらい紅潮する。そしてその光景を見た店主もまた、全てを知ったかのような顔つきになった。
「おおっ。いいこと言うじゃありませんか。さあ、朗君ぜひゆっくりと選んでくださいな」
二人の嘱目の下、景容は並んでいるかんざしの一つ一つをじっくりと眺めた。これから先、なるべく長い間蘭花が身に着けてくれそうで、且つ彼女に似合ったかんざしはどれか。彼が真剣にかんざしを見てからすぐに、これだ、というものが見つかった。それは、桔梗が中心に施され、その周りにカスミソウを模した真珠がちりばめられているかんざしだ。彼はそれをゆっくりと手に取り、蘭花の頭上にそれをかざしてみる。
「これはいかがですか?」
わずかばかりの自信だけを頼りに蘭花へそれを見せる。すると、彼女はまた満面の笑みで言った。
「このかんざしは素敵ですね。朗君が選んでくださったものですし、これをいただくことにしましょうか」
「ありがとうございます! いやあ、この朗君はお目が高いですね。こちらの商品はうちの自慢の商品なんですよ。いやあ、うれしいなあ。あまりにもうれしいので、特製の香り袋を一つ、朗君に私から送らせていただきますね。で、お会計は十両ですよ」
景容は袖から十両を取り出し、店主に渡した。彼の手から十両がなくなった代わりに、蓮の香りがする香り袋が置かれる。
その時に、蘭花が重い咳をし始めたので、二人は離宮に戻ることにした。