修行編:離宮管理者の流言
だが、ほんの一瞬でも脳裏をかすめたその考えを、景容は一瞬で打ち消した。なぜなら、牡丹郷の中でも仙気とはまた異なる霊気を操る寒桜地の者は、仙気を纏う者たちのように人間界での修業を行うことはできないからだ。
「その桜は常に満開に咲き誇っているのですか?」
「ええ。一年を通して桜の花を咲かせていました。でも、それ以上のことは特に思い出せません」
「夢の中で誰かとの思い出があるわけではないのですか」
すると、蘭花は注意してみなければわからないほどわずかに顔をしかめた。
「ええ。ありませんね」
やけにきっぱりと断言する蘭花に、景容はただ「牡丹郷での日々のことを言いたくないだけなのだろう」とひそかに思う。
「ところで、景容殿はどうして離宮に来てくださったのですか」
「? 陛下からそう命じられただけですから」
景容が何の疑問もなく答えると、蘭花はやはり不思議そうな表情でただ彼を見つめるだけだった。その様子に、彼の心の中にはこれまで微塵たりとも沸き起こっていなかった疑問がむくむくと膨れ上がる。
「……それなら、この世での余命が近いのですか?」
「え?」
「え? まさか、景容殿は本当にご存じないのですか? この離宮に皇族の者が療養に来るとき、離宮の管理をするのは、余命が近いか、間もなく官吏の任を退く者なのですよ。ですが、私が見るに、景容殿は私と年齢がそれほど変わらないでしょうから、間もなく官吏を退く者だとは到底思うことができません。それなら、残る選択肢は余命の近い者です。ですから、あのように質問してしまいました。でも、違うならいいんです。ただ、私の思い違いだっただけだと思うので」
懸命に首を横に振る蘭花の釈明を聞き流しながら、景容は人間界で聞いた流言の数々を思い返す。しかし、その中には蘭花が言った内容はなかった。
(……まさか、自分で知らないだけで、自分の寿命はもうすぐそこまで来ているのだろうか?)
景容が自らの修行期間を顧慮し始めていると、蘭花はすでに気を取り直し終わっていた。
「先ほど景容殿に随分と失礼なことを言ってしまったので、お詫びに二人で街へ出ませんか。聞くところによると、近くに小さな露店が並ぶ小規模の街があるそうです。長時間は厳しいかもしれませんが、少しの間だけ共にいかがですか?」
考え事をしていてもひしひしと伝わるくらいの視線を送られた景容は顔を上げて、蘭花の両眼を見ながらはっきりと頷いた。
「ぜひ、行きましょう。これから行きますか?」